「スナック」の通過儀礼
地方に行くと、地元の人しか行かないであろう店に行くことにしている。当たり外れはもちろんある。あと、なんだか怖い。でも、多少の外れはあっても、大きくダメということはまずないので行く。
冒険を好まない方々には、若者や観光客を当て込んだ、いかにもな駅前のバルやニューウェーブ系地元料理、メインストリート沿いチェーン店をお勧めする。間違いはない。しかし、それでは私は「食った感」が得られない。「食った感」のなんたるかはよくわからないのでここでは詳述しない。
でも、わかるだろうか? 駅前の小洒落た鉄板焼き屋で食べる鹿肉のソーセージも良いが、やはり「食った感」があるのは「地元の人しかいない店」で食べる“何か”なのだ。だから、リスクはあっても、そちらを選ぶようにしている。
そういう店はよくしたもので、他所者がうっかり入って行けるような佇まいではなく、むしろ、暗に「一見さんお断り」といったような排他的雰囲気を纏っているもの。無論、実際に排他主義を打ち出しているわけではなく、拠なく暮らす人たちの大切なコミュニティが、結果、近寄り難い空気を作っているだけなのである。
そういう店を好むといっても、私とて慣れているわけではなく、毎回緊張する。でも、思い切ってドアを開けてみるのだ。
小料理屋、中華食堂、焼肉店、中でも一番緊張感があるのはスナック。
ちなみにスナックは、地方だろうと都会だろうと、概念としての「田舎」である。日本人の「ローカル心」を結晶化した場所が「スナック」なのだと思っている。スナックで夜毎繰り返されるカラオケや、突発的に始まるママとのチークタイムなどは、その村で行われる呪術祭のようなもので、それはやはり他所者に簡単に見せるわけにはいかないのであり、不文律や掟を理解するに足ると認定されて、初めて“中”へと潜入することを許されるものなのだ。
認定されるには、当然、通過儀礼がある。
店内に入ると、まず訝る客を遮るようにママが「いらっしゃいませ!」と言う。しかし、彼女の目は大概笑ってはいない。以前、私が目撃した例で言えば、そこのママはひょうきんな三角帽を被って、客の膝の上に座っていた。ママの尻下の男性はこちらを睨んでいる。奥の方では、作業服の男が長渕の「とんぼ」を歌うのを止めて「誰?」とばかりにキョトンとしていた。そんな状況下での「いらっしゃいませ!」だ。
ママはすぐさま何事もなかったようにこちらにおしぼりを差し出してきた。同時に、「お仕事ですか?」と。つまり「おまえ、他所者だな?」ということである。先程まで店にあったボルテージはゼロどころか、マイナスになっていて、他の客も明らかに警戒しているのがわかる。
素早く「こちらは敵ではない」ということを示さなくてはいけないが、これがなかなか難しい。「なんか楽しそうな店だったので、入っちゃいました、すいません」とか言う。何故か謝るのだ。でも、謝るぐらいが良い。するとママは「なんで? こんな汚い店なのに?」と、こちらの立場のさらに下へ入って来ようと牽制する。すると食い気味に、カウンターの端から声がするのである。
「汚いのはママの顔、違うか!」
軽口の出所の方に目をやると、こちらを見ていない。「こ、これはどういうリアクションを取ればいいんだ?」と思うや、すぐさまママが「やかましい! 汚いのはAさんの方だら!」とか言う。おまけに「私が汚れてるのは、戸籍だけ! 違うか!」とくる。スナックにようやく笑い声が帰ってきた。
「つ、通過儀礼だ……」
私は密かに興奮する。
豊橋で食べる八丈島料理
これだけじゃない。セレモニーはまだ続く。カラオケだ。
「一曲どうです?」とママが訊いてくる。これが一番ヒヤヒヤする。何故なら、誰かの十八番を歌ってしまうことがあるから。そのためにまずこの「スナック村の長(本日の主役)」が誰かを見極める必要がある。そんな時、私は自ら進んでタンバリンとマラカスを持ち、他のお客さんが歌うのを熱く盛り上げるのだ。良い合いの手を入れたり、火を噴く勢いでひたすらにヨイショをしたりする。そうこうしていくうちに場が溶解していくのがわかる。一安心。そうなって初めて、この場の長が炙り出されてくる。第二関門突破だ。
「あんたはどっからお越しなった?」
「はい、東京です」
「ここら辺は何にも無ぇから困ったら〜」
「いえ、東京とは違って良い街です」
と、ここでママが口を挟む。
「お腹空いてます? 何か召しあがります?」
来た! これが私の望んでいたものだ。現地の、それも滅法、人見知りで恥ずかしがり屋な地元民が食べているもの。
「ここら辺は特に美味ぇもんもないけど、ここのママの作ったもんが一番美味ぇだわ、ま、顔はマズイけどな!」
「やかまし! マズイのはあんたの家庭だら!」
ようやくありつけた現地メシ。それが里芋の煮っ転がしでも、普通の煮魚でもなんでも良い。出来れば、全国に流通している普通のお料理が良い。規格は同じでも、中身の些細な違いが嬉しいのである。同一規格で、下位分類する喜びとでも言おうか、そういうのが楽しい。
件のスナックではイサキやサワラなど白身魚の刺身の漬けが忘れられない。
「ママは八丈島出身だから、刺身を青唐辛子で食べるんだわ」
そのスナック村は豊橋の歓楽街の外れにある店だった。いったいなぜ豊橋くんだりで八丈島の名物を食べるのかわけがわからないが、八丈島から豊橋までの距離感とママの人生に起こったであろう出来事を勝手に重ね合わせていただいた。そこに青唐の辛味が乗っかり、なんとも味わい深かった。
食べたいのは、地元の「息吹と生活」
こんな現地メシの体験もある。鹿児島に行った時だ。
前乗りし、現地料理をなんでもない小料理屋で楽しんだ。九州の甘い醤油で食べる刺身類、きびなご、さつま揚げ、黒豚、さつま汁……。
どれも美味かった。でも、これはしつらえとして、地元の人でも外で食べる物ばかりである。「名物、地元民食べず」という格言があるのかどうか知らないが、本当に地元の人たちが内緒で食べているルックスではなく、どこか他所行き感あるのが不満だった。
しこたま薩摩焼酎をいただいた翌日、同行していたスタッフらとラーメンを食べようということになった。場所は鹿児島中央駅前。すぐにタクシーを捕まえて、運転手に「美味いラーメン屋に連れてって欲しい」と言った。
すると……、
「じゃ、あそこに『ざぼん』って店があるし、みんな並んでるから行ってみたら?」
と言うのである。
「いや、それなら行ったことあるし……」
「じゃ『こむらさき』っていうのがあるんで、そこに行ってください」
と、ついにはタクシーのドアを開けられた。降りてくださいと言うのである。これはどうしたことか?
「あのぉ、そういう店は東京にもあるんで、地元の人、しかもタクシーの運転手さんならグルメだと思いますし、運転手さんの知ってるお店に連れてって欲しいんですが……」
「いやー、そんな店……。んじゃ、若い子らで一番賑わってる『豚とろ』ば言う店があるんで、そこに行ってください。わたしらは食わんけど……」
とにかく頑固過ぎるのである。しかも連れて行けば商売になるのに、それすらしない。尚も食い下がる。
「いや、本当に運転手さんが好きで食べてるやつがいいんです、そういう店を教えてください」
「うーむ、良いですけど、美味いかどうかわかりましぇんよ? 食って不味くっても責任持てましぇんからね」
嫌がる運転手をどうにか納得させ、駅から15分ほど離れた店へと案内してもらう。しかし、その道中もしきりに運転手は「あんなもん、名物だぁ言うて、言ってるけど、わたしらはそんなもん食べん、食ったけど美味いとは思わん。若い人や、観光客が喜んでるから、それは良いけど、わたしは食べん」と、地元の“自称名物類”をディスりまくっていた。
「美味いかどうかわかりましぇんから!」
ラーメン店の前で我々を降ろしても、まだそんなことを言っていた運転手。その彼の羞恥心が、これから起こる体験が「ホンモノ」であることを予感させていた。
その店は、なんの変哲もない、普通の街道沿いのラーメン店。
まず驚いたのが、スープがやや白濁しつつも透き通っていたことである。具材もモヤシと薄切りロースの焼豚、あとは浅葱がパラパラといった“外装”であった。風味も豚骨臭はせず、豚と鶏ガラ、あとは野菜をベースに作られた優しいお味で、麺も柔らかめ、品の良い量感と質感だった。拍子抜けした。
だが、これをズルッと手繰ってみたところ、美味いのなんの。二日酔い気味の頭がすっ飛び、でも胃袋には優しくて、甘味とコクとサッパリ感が程良く、まるで、豚しゃぶをやった残り汁でおじやを食べた時のゴールテープ感があったのである。大変満足した。
「こんなものを隠してたのか!!」
息吹なのだ。地元の人が営む、「仕方のない生活」に吹き込められた息吹を感じたいのだ。それが「食った感」の正体だと思う。意気込み勇んで、その土地の“名物”を「食うぞ! 食うぞ!」と目的に駆られたグルメとは違う。そんな「趣味メシ」とは違う、「生活メシ」を食べたいのである。
そりゃ先方は嫌がるだろう。部屋着でいるところを見られるようなものだから。その意味では私がやっていることは、ヨネスケの「突撃!隣の晩ごはん」と変わらない。
口噛み酒や牛の生き血、猿の脳みそ……そういったエクストリームな名物じゃなくても「現地メシ」はある。「何を食ってるか?」も大事だが、「どこの誰が食ってるか?」も大事なのだ。「普通にいただいている何か」――これが最高に興味深いのである。それを私は「トライブ・メシ」と呼んでいる。
*次回は、10月27日金曜日更新の予定です。
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マキタスポーツ
1970年生まれ。山梨県出身。芸人、ミュージシャン、俳優、文筆家など、他に類型のないエンターテインメントを追求し、芸人の枠を超えた活動を行う。俳優として、映画『苦役列車』で第55回ブルーリボン賞新人賞、第22回東スポ映画大賞新人賞をダブル受賞。著書に『決定版 一億総ツッコミ時代』(講談社文庫)、『すべてのJ-POPはパクリである』(扶桑社文庫)、『越境芸人』(東京ニュース通信社)など。近刊に自伝的小説『雌伏三十年』(文藝春秋)がある。
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とは
はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。
「考える人」編集長
金寿煥
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