シンプルな暮らし、自分の頭で考える力。
知の楽しみにあふれたWebマガジン。
 
 

コンフェッシオーネーーある告白

2026年2月25日 コンフェッシオーネーーある告白

8.「信仰は危険だ」と英国人は言った

著者: ヤマザキマリ

約40年前、17歳の少女はイタリアへと旅立つ。背中を押したのは、敬虔なカトリック信者にして音楽家の母。異国での生活を前に動揺する少女に、400年前、遠くヴァチカンを目指した4人の少年たち(ルビ クアトロ・ラガッツィ)の影が重なる――。科学と芸術、そして宗教が色濃く共存し続けるイタリアで培ったものとは、何だったのか。人生でもっとも貧しく苦しかった画学生としての生活と、自らの裡に沈殿していた“信仰”を告白。これまで封印していた記憶の扉をひらく、渾身のメモーリエ。

日本にキリスト教をもたらしたのは

 母に託されたローマ法王の横顔を(かたど)ったメダルをぶら下げ、自分がカトリックの洗礼を受けていることを知らせた直後、いつ日本にキリスト教が布教されたのかという突然の質問に、携帯もパソコンもなかった時代、答えることも調べることもできない自分の無能さが、とてつもなく恥ずかしかった。それまでも、マルコから何かを質問されるたびに「お前はイタリアはおろか、故郷である日本のことすら何も知らん」と呆れられていたが、そもそもノーヴェに連れてこられてから猜疑心の塊となっていた私には、彼と真剣に向き合って何かを話すという意欲も無かったうえ、マルコに自分の不勉強を非難されたところで痛くも痒くもなかった。しかし、リアーノとミリアムの前で、自分の無知を晒すことはできれば避けたかった。カトリックであることを伝えたことに加え、本来イタリアへ美術という勉学を志してやってきたはずの自分を擁護するために、マルコと言い争いまでしてくれたリアーノに対し、これではまったく示しがつかない。ふたりは私が返事に困っていることに気がついていない様子だったが、私はしばらくの間自己嫌悪に陥った。

 マルコの家から運んできた荷物をひととおり片付け終えたあと、昼食に招かれたリアーノの母親の家で、生ハムとメロンが並べられた皿を前に食前の祈りを捧げている最中、私の座っている位置のちょうど向かい側に(しつら)えられたサイドボードの上に、子供を抱いた修道士の像が置かれているのが目に入った。その瞬間、教科書に載っていたフランシスコ・ザビエルの、頭頂部の禿げたヘアスタイルと髭の生えた顔が脳裏に浮かび上がった。彼こそが日本にキリスト教をもたらした人物であることを思い出し、祈りのために両手を重ね合わせている隣の席のミリアムに「…たぶん、四、五百年前」と小さな声で伝えた。ミリアムは何のことかわからず、黙って私の顔を見つめた。慌てて「キリスト教、日本に来たの、四、五百年前」と補足すると、ミリアムは「ああ!」と反応し、親指を突き立ててにっこりと笑った。

 私がカトリックであることは、リアーノの母親には既に伝わっていたようで、祈りが終わると彼女は右手を裏返して私のペンダントを示し、「ヨハネ・パウロ2世はブラビッシモ(素晴らしい)な法王様よ」と満面の笑みで褒めた。そして、イタリアにいる間に一度はヴァチカンへ行って、サン・ピエトロで法王様のミサを受けてくるといい、というようなことを言った。その傍らで、リアーノは私を見ながら左右に首を振り「カオス」と小さく一言つぶやいた。どういう意味かよくわからなかったが、気にしなくていい、真剣に考えるな、というリアクションのように受け取れた。

 フランシスコ・ザビエルを思い出したのを機に、幼いころ、母と一緒に祖母の故郷である島原の、雲仙岳の麓に暮らす親族を訪ねたときの記憶も徐々に蘇ってきた。布団の敷いてあった客間の壁には着物を着た聖母マリアの日本画風の絵の額が飾ってあったこと、そしてその家に暮らしていた高齢の女性(関係性は不明)が、むかし九州にはキリスト教を信仰していた大名たちがいて、その親族の子供らがヨーロッパへ渡ったという話をしていたことも思い出した。ただ、リアーノたちに伝えられるほどそのことについての知識もないし、何かまた質問をされたところで答えようも調べようもないので、そのまま黙って生ハムとメロンを食べることに集中した。

メジュゴリエの天使

 昼食と後片付けがおわり、マンマはもう昼寝の時間だから我々は帰るよとリアーノが居間のドアを開けようとしたその時、「ちょっと待って!」とマンマの声が我々を引き止めた。「見せたいものがあるの、ちょっと待って」と腕を伸ばして私たちの動きを制したまま、修道士の像が飾ってあるサイドボードの引き出しから写真のようなものを取り出し、机の上に広げた。「え、なんだいこれ」とリアーノがランダムに散りばめられた写真を覗き込みながら問いただすと、「7月にメジュゴリエへ行ったでしょ。そのときに写した写真だけど、すごいものが写っていたのよ」とマンマは頬を紅潮させながら、広げられた写真のうちから1枚を手に取って、私の前に差し出した。中高年の団体20名くらいの集合写真だが、一見したところ特に気になる物が写り込んでいる様子はない。黙って写真に視線を落としている私の顔をマンマは興奮した眼差しで覗き込み、「マリ、ほらこれをご覧なさい!」と写真の空のあたりを指さした。「ね、天使が写っているでしょ!?」

「いい加減にしなよ、マンマ。天使じゃないよ、ただの雲だよ」と、私と一緒に写真を凝視していたリアーノが呆れたように言い捨てた。するとマンマの口調は強気になり、「いいえ。巡礼の仲間もみんな同じ意見よ。この雲の中に写っているのは、まちがいなく天使よ」と譲らない。私にも彼女が天使だと言い張る陰影は雲にしか見えなかったが、見方によっては雲の凹凸が人の顔に見えないでもなかった。子供の頃、学校から帰ってくるとテレビでやっていたワイドショーの心霊写真特集で、やはり雲に人の顔が写っているのを「霊ですね」と専門家が解析していたが、ここではそれらしきものが“天使”と解釈されることが興味深かった。

 メジュゴリエは旧ユーゴスラビア、現在のボスニア・ヘルツェゴビナにある小さな村だが、1981年にこの地に突如聖母が現れ、数名の若者たちに目撃されただけではなく、彼らと会話まで交わし、平和を唱えたとされている。その噂が全国から世界に広がり、このころは年間約100万人もの人々が訪れていたらしい。その時の私には、メジュゴリエがいったいどこにあるのか知る術もなかったが、写真を手にしたリアーノが眉間に皺を寄せながら、「マンマ、いいかい、そんなことはありえない。そもそもメジュゴリエに本当に聖母が現れたかどうかも疑わしい」というようなことを執拗に繰り返していた。

 リアーノのマンマが熱心なカトリック信者だということはよくわかったが、リアーノはどうなのだろうか。それほどでもないのだろうか。二人の問答が終わるのを黙って立って待っていると、ミリアムが近寄ってきて「たぶん観光で儲かるから、聖母が現れたっていう嘘をついているのかもしれないわね」と耳打ちをした。「え?」と振り返ると、ミリアムは首を引っ込めたポーズをとって、いたずらな表情でニヤニヤ微笑んだ。「ヴェネト州の人はみんな信仰深いのよ。おばあちゃん、一昨年は同じ仲間たちとフランスのルルドへ行っていたし」ということだった。「じゃあ、あなたもそういうところへ行くの?」と聞くと、「まさか、行くわけないわよ!」と金髪を揺らしながら大袈裟に首を振った。胸元で金の十字架が揺れていた。

 帰ろうとドアノブに手を伸ばしてからすでに20分ほど雲の天使を巡って論争を交わしていた二人だったが、途中でリアーノも諦めたらしく、マンマの背中をぽんぽんと叩くと「さあ、天使はわかったから、もう昼寝をしてください」とベッドルームの扉を開けた。マンマは私を振り返り「チャオ」と寂しげな声色で言い残すと、寝室へ入っていった。外へ出るとリアーノは私に向かって「マイ、マンマ、イズ、オールド!」と(たわけ)けたように声を上げ、「天使だって? お前にはあれが天使に見えたか?」と娘たちに問いかけた。「パパ、ほっておきなよ。おばあちゃん、おじいちゃんが亡くなって寂しいんだから仕方がないよ」と自分を(なだ)める娘たちに「たのむから、お前たちもいつか雲を見て、あら天使がいるわ、とか言い出すなよ」と天を崇めるようなジェスチャーをして見せた。

「フレッド・パイ」と名乗る英国人

 その夜だったか、別の夜だったか忘れたが、リアーノの家に移ってしばらくした頃、来客があった。呼び鈴が鳴り、リアーノに出てくれと頼まれてドアを開けると、背が高く、白髪がもそもそと綿埃のように頭に絡み付いている、不思議な雰囲気の男性が立っていた。自分の前に現れた見慣れない東洋人に一瞬驚いたような表情をしたその人の大きく見開かれた目は透き通るように青く、二つに割れた頑丈そうな顎は白髪混じりの無精髭で覆われていた。その人の背後に立っていた中年の女性は、男性のリアクションとは正反対のフレンドリーな笑顔で「チャオ!」と声をかけてきたので、私もチャオと答えた。彼女の両腕にはピッツァという文字の印刷された平たい箱がいくつも抱えられていた。

 男性は私に格調高いイントネーションの英語で「なるほど。あなたが日本からやってきた客人ですか」と問いかけてきたので、そうだと答えると、「フレッド・パイ。イギリス人です」と自分の名前と国籍を名乗り、握手のための右手を力強く差し出してきた。慌ててそれに応えつつ「マリです」と答えると、「オーケー。で、本当の名前は?」と即座に問い返された。はい、だからマリです、と繰り返すと、「それは、日本の名前ではないだろう」と不思議そうな顔をした。背後からリアーノが現れ、フレッド・パイと大袈裟な抱擁を交わすと、フレッドは英語訛りのイタリア語で彼女は日本人なのに名前がそれらしくないんだが、というようなことを問いかけた。「マリはカトリックなんですよ」とリアーノが答えると、「何だって?」とフレッドの表情が歪んだ。いつのまにかリアーノが私の名前を聖母マリア由来と捉えているのを知って、私はフレッドに、自分はカトリックではあるが名前はそれとは関係ないと伝えた。マリという名前は日本にもたくさんいること、自分に関しては生まれてきたときに顔が丸く、日本古来のボールである鞠が由来になっていることなどを頑張って説明した。

「なにはともあれ」とフレッドは私を真っ青な目で見据えた。「カトリックでもイスラムでも何でもいいが、神など信じるな。信仰は危険だ。生き延びていくためには、信じるより、疑え」と、シェイクスピアの戯曲を読み上げるような声色で朗々と言い切ると、「さあピッツァを食べよう」とずかずかとリビングへ入っていった。ドアの前で放心したように立ち尽くしている私に、フレッドの傍にいた中年女性が「夕方から飲んでいるからもう酔っているのよ。ごめんなさいね、あの人の言うことは気にしないでちょうだい」と落ち着いた様子で声をかけてきた。その女性はフレッドのパートナーで名前はサンドラといい、その日のお昼にロンドンから着いたばかりとのことだった。

 その後、サンドラが持ってきたピッツァを家にいた全員で平らげ、リアーノがステレオで掛けたアドリアーノ・チェレンターノのヒット曲「24000回のキス」に合わせて踊るフレッドとサンドラのゴーゴーをミリアムとカルラがゲラゲラ笑い、賑やかな夜はあっという間に更けていった。私も久々に心置きなく楽しい時間を過ごしていたが、頭の中では「信仰は危険だ」というフレッドの言葉がいつまでも止まないやまびこのように響き続けていた。

 

 

*次回は、3月23日月曜日更新の予定です。

この記事をシェアする

ランキング

MAIL MAGAZINE

「考える人」から生まれた本

もっとみる

テーマ

  • くらし
  • たべる
  • ことば
  • 自然
  • まなぶ
  • 思い出すこと
  • からだ
  • こころ
  • 世の中のうごき
  •  

考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
 「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
 どうして自分が「考える人」なんだろう―。
 手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
 それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

ヤマザキマリ

漫画家・文筆家・画家。日本女子大学国際文化学部国際文化学科特別招聘教授、東京造形大学客員教授。1984年にイタリアに渡り、フィレンツェの国立アカデミア美術学院で美術史・油絵を専攻。97年、漫画家デビュー。2010年、『テルマエ・ロマエ』で第3回マンガ大賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞を受賞。2015年度芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。2017年、イタリア共和国星勲章コメンダトーレ綬章。2024年、『プリニウス』で第28回手塚治虫文化賞マンガ大賞を受賞。著書に『プリニウス』(新潮社、とり・みきと共著)、『ヴィオラ母さん』(文藝春秋)、『パスタぎらい』(新潮社)、『扉の向う側』(マガジンハウス)など。現在「少年ジャンプ+」で、「続テルマエ・ロマエ」を連載中。撮影:ノザワヒロミチ

対談・インタビュー一覧


ランキング

テーマ

  • くらし
  • たべる
  • ことば
  • 自然
  • まなぶ
  • 思い出すこと
  • からだ
  • こころ
  • 世の中のうごき

  • ABJマークは、この電子書店・電子書籍配信サービスが、著作権者からコンテンツ使用許諾を得た正規版配信サービスであることを示す登録商標(登録番号第6091713号)です。ABJマークを掲示しているサービスの一覧はこちら