考える人

シンプルな暮らし、自分の頭で考える力。
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小さい午餐

 用事があって、目的地を設定したグーグルマップを頼りに歩いていた。地元の、別に家からそう遠くないし車で通り過ぎたことも多分あるのだが降りて歩いた覚えはないあたり、液晶画面に表示される現在地と目的地、推奨ルートを眺めつつ無事たどり着き用事を終え帰り道はまあ適当にとスマホをしまって歩き出す、しばらくすると妙に懐かしい感じがした。信号のある横断歩道があってその数十メートル手前に信号機なしの横断歩道がある。真新しそうな、駐車場が広いコンビニエンスストア、むちうち捻挫に保険適用と大書きしてある接骨院、学習塾、どれも見覚えがないのになぜ懐かしいのだろう。美容室が並びそのうち1軒は看板にプードルの絵がついたペット美容室で、中から小型犬か猫サイズと思しき茶色いペットキャリーを抱いたモヒカンの男性が笑みを浮かべて出てきたところだった。と、突然見覚えがある店が現れた。中華料理店、赤いのれんに屋号が白く染め抜いてあって営業中という木札もすりガラスも年季が入っている。店の前にアロエが上下左右に伸びているのも多分昔から、昔っていつよ、多分私が子供のころ、と思ってはたと気づいた。このお店を過ぎてゆるくカーブした道を行くとすぐ先に眼科がある。この道は私が子供のころ眼科へ行くときに通っていた道だ。
 私は10歳から眼鏡をかけている。当時はクラスに眼鏡をかけている女子は私だけだった。男子はいた。子供のころは多分成長中ということもあって視力がしょっちゅう変わる。せっかく眼科で検眼して気球が見える機械をのぞいて間抜けロボットのようになる眼鏡で調整して眼鏡を作っても、半年とか1年でまた、目をすがめてものを見ているのを親に咎められてしまう。姿勢が悪いからとか暗いところで本を読むからとか言われ、見えてるこれでちゃんと見えてると言い張っても聞き入れられず眼科、眼鏡屋、そして毎回、新しくなったレンズを通して見る世界の鮮明さに驚いて、少し気分が悪くもなってもしかしてこれ度が合ってないんじゃないか私が検査のとき上下左右を言い間違ったんじゃないか不安になってでも1時間も経たないうちにしっくりしてよく見えるとさえ思わなくなる、その道のりを今歩いている。もっと近所にも眼科はあったが親がここを選んだのはなにか理由があったのか、この眼科に通っていたのはいつごろまでか、大学生になってコンタクトレンズを作ったのは違う眼科だった気がする。初めてコンタクトで登校した日、確か夏休み明けとかだったと思うがあまり親しくない同級生や先輩からいいじゃんコンタクトじゃんと褒められて、褒められているのだから嬉しがればよかったのに当時は、なんというか、じゃあ今までの、自分で選んで気に入ってかけていた眼鏡の顔はなんだったとも思ってちょっと憮然とした。疎遠な先輩にわあ垢抜けたねと褒められ思わず今までそんなに垢溜まってましたか私と言い返し座がシンとなった……だからまあ最後にこの中華料理店の前を通ってから20年くらいは経っていて、入ったことはないが当時からこれくらい古びて見えていたと思う。ということは、たとえば創業30年とか50年とかかもしれない。住宅地で、昔からある飲食店がどんどん減っているのを考えると老舗と言ってもいいだろう。仮に安かったってなんだって、おいしくなきゃそんなに続かない。中は見えないが、人が動いている気配があるなと思っていたら引き戸が開いて中から紺の前掛けをつけた男性が出てきた。手に銀色の岡持ちを持っている。彼は店の脇に停めてあったバイクに岡持ちをセットしてヘルメットをかぶって走り出した。
 そのときはすでに昼を食べていたので店には入らなかったが、後日改めて行ってみた。今度はその店を目的地に設定してグーグルマップ、店に着いたのは11時半少し過ぎだった。厨房には男性と女性が1人ずつ、どちらもなにかを調理中で私に気づいていないように見えた。店内は5人掛けのカウンターが厨房に面してと、その背面に座敷席が3卓分ある。カウンターには上着を脱いだサラリーマン2人連れと、初老の男性1人客がそれぞれカウンターの端っこに座っていた。座卓には、私くらいの年齢に見える女性とその両親らしい家族連れが座って具の多い麺料理を食べている。いらっしゃい、と厨房の中から声がして、女性と目が合った。私はこんにちはと言いつつ軽く頭を下げ、この場合1人客はカウンターに座るべきだろう、初老の男性の隣に座った。カウンターに置いてあるメニューは1枚ものでラミネートしてある硬い紙の下に木の重しがついてスタンドになっている。裏と表に同じことが印刷してある。メニューが多い。麺料理はラーメン、ワンタン麺、ちゃんぽん味噌ラーメン味噌バターラーメン五目そば焼きそば揚げ焼きそば、ご飯ものはチャーハンを始め天津飯や中華丼麻婆丼、一品料理は白肉のてんぷら豚肉のてんぷらエビのてんぷら八宝菜酢豚ムースーローレバニラエビチリ餃子さつまいも飴炊き……およそ、こういう町の中華料理店にありそうなものは全部あって、さらにカレーカツカレー親子丼オムライスなどもある。ランチもある。中華ランチ酢豚ランチ八宝菜ランチ、いっそファミレス的な、隣のサラリーマンを見ると2人とも平皿に盛られたオムライスをスプーンで食べている。半ば以上食べられていて、昔ながらの薄焼き卵とケチャップライス、脇に真っ赤な福神漬けが添えてある。男性が2人そろってオムライスを中華料理屋で、名物なのかもしれない。私の隣の男性はジョッキのビールを置いて餃子を食べている。小さいスープの器もある。おそらくチャーハンのサービススープだろう。チャーハンはすでに食べ終えたのか今から出るのか、餃子を食べながら漫画雑誌を広げくつろいだ風だ。壁際にマガジンラックがあって、新聞や週刊誌もたくさん差してあったし絵本も何冊か見えた。座敷席に子供連れが来たりもするのだろう。なにを頼もうか、オムライスも気になるが座卓で食べられていた麺も気になる、五目そばかタンメンかなにか、野菜らしきものがたくさん載っていた、厨房の女性がジョッキに入った氷水を脇に置いてくれた。悩みながらまあここは無難にと中華丼を頼んだ。初めての中華料理店の無難がなにかはおそらく人によって日によって全然違うと思うが今日の私は中華丼だ。ラーメン店ではない中華料理店では最初はご飯が食べたいし、栄養バランスもまあよさそうだし、あとは中華丼が信じ難くおいしくない店というのはあまりないのではないか。白っぽいか黒っぽいか、餡は濃いのか薄いのか、具に練り物は入っているか海鮮か野菜が多いのか。「中華丼ね」頷いた女性が厨房に戻り、すぐとって返して隣の男性の前にチャーハンを置いた。半球形に盛り上がっている米は濃いめの醤油色で、卵の黄色とチャーシューのらしきこげ茶に混じって人参のオレンジ色が目立つ。やや量が少なめに思えたがメニューを見ると500円、妥当というべきだろう。中華丼は630円だ、オムライスも同額、男性は「ドモ」と言ってレンゲをとった。チャーハン脇にはやっぱり赤い福神漬け、カウンターには割り箸立てようじ立て、ラー油塩胡椒醤油、サントリーの灰皿も並んでいるから喫煙可らしいが、幸い今は誰も吸っていない。厨房では男性が調理している。小柄で頭に白いタオルを巻いて、出前姿を見たのとは違う人だった。シンクの脇に茶色い濁った液体が入ったジョッキが置いてある。ミルクコーヒーだろうか。大きな寸胴に片手鍋くらいあるおたまというか柄杓がつっこんである。スープと思しき湯気が立っている。寸胴型ではない鍋に木の蓋、中華鍋、小型の鍋、壁を這うように固定してあるホース様のものはガス関係か水道関係か、鍋釜類や機器含む厨房全体が長年中華を作ってきましたよという色をしている。窓際になぜか大きならっきょうの瓶がある。厨房の中から手が伸びて、オムライスをあらかた食べ終えたサラリーマンたちにラーメン丼が差し出された。「はいちゃんぽんね」「と、ワンタン麺」カウンター越しに受けとった手前の1人の腕がモリッと太めに筋肉質だった。ワンタン麺の方はこげ茶のスープの上に丸く膨らんだワンタンがいくつも見えかなりボリュームがある。男性らは割り箸を割り丼に屈みこんだ。ごちそうさま、と言って座卓の一家が会計をした。長い髪をクリップで脇に留めた娘らしい女性が長財布からお札を出した。「ごちそうさまでした」「ありがとうございました、またどうぞ」「あいた、た」「ゆっくりにせい」父親が、足が悪いかしびれたかした母親に手を貸しているらしい声が聞こえた。サラリーマンたちは喋らずひたすら麺を食べている。湯が沸く音に麺をすすったり汁を吸う息遣いが聞こえる。ジャジャっとなにかが炒められ始めた。私のだろうか。引き戸が開き、髪の長い若い女の子が入ってきた。手に巨大な皿を持っている。「こないだのお皿返しに来ました」「あらありがとー、わざわざ」女性が出てきて嬉しそうに両手で受けとった。「みんな元気?」「はいー、おかげさまで」化粧をしていない、眉毛の薄い女の子はそう言うと、長い、茶色い髪をさらっと揺らして店を出て行った。「またお願いねー」厨房に戻った女性に、今の様子が見えていなかったらしい男性が今のは誰、だかなに、だかいう感じのことを問い、女性が「ほら、出前のお皿、昨日の。あすこの」ああ、と男性は頷いて、炒める音で聞きとれなかったがおそらくわざわざ悪いねえというような事を言い、女性は「ねえー」と大きく頷いた。お皿はかなり大きな平皿で、おそらく、中華オードブル盛り合わせ的なものが載っていたのではないかと思った。麺類やチャーハンだと皿が大きいし平ら過ぎる。餃子と白肉てんぷらと唐揚げと春巻きとエビチリと、中華じゃないけどポテトサラダとかマカロニサラダとかパセリとかそういうものも盛り合わせた大皿、お誕生会とか内輪の打ち上げ、中華丼がきた。こげ茶色の餡にイカ、エビ、豚肉、キクラゲ、白菜、人参、玉ネギ、鮮やかな色の青菜は小松菜だろうか、「うまそ」と初老男性が私に聞こえるか聞こえないかくらいの音量でつぶやいたので軽く顔を向けてでも目は合わさないようにしてそうですねえ、というような顔をして見せた。上に藍色の作務衣のような合わせのシャツ、下は少し薄い色のデニムズボン、豊かな半白髪が耳の後ろで波打ち茶色から黄色のグラデーションになった色眼鏡をかけている。餡の下の米めがけてレンゲを入れるとぐっと中から白い湯気が出てきた。餡のとろみはあまり強くなく具が多い、噛もうとすると歯がジンと熱い、口から空気を入れつつ噛んでいくと舌に醤油の味が広がる。豚肉の脂の味、白菜の葉先の煮こまれた上でのシャキシャキした繊維質、中華スープの香り、ご飯は硬めだ。「ごちそうさまでした」サラリーマン達が立ち上がった。ちらっと見るとスープもほぼ飲み干されているようだった。ちゃんと、カウンターの上に食器を返している。2人とも福神漬けも全部食べている。ありがとねーと男性が受けとり、女性がレジの方へ行った。「別々?」「一緒で」サラリーマン風の男性がランチで2人以上連れ立っていたとき、ほぼ必ず、別々かと聞かれて一緒でと答えるような気がする。どちらかが明らかに上司や先輩だったらまあおごるかなと思うが、同年代に見えても彼らはどちらかが支払いをする。たまたまかもしれないが、1歳だけでも、何ヶ月かだけでも年かさだったらそちらがおごるのか、あるいは交互に支払う的なルールがあるのか、どちらかの方がよく食べてそれでもめたりはしないのか。彼らと入れ違いに3人連れの男性が入ってきて座敷に座った。シャツにズボン、多分50代くらい、あまりメニューを検討した風でもない間合いで中華ランチとカツカレーとオムライスが発注された。またオムライス、この店の今日のランチ客9人中3人がオムライス、やっぱり人気なのだ。次来たらオムライスを食べよう。具はなにか、やっぱりチキンかハムかチャーシューなのか。中華丼はおいしい。色よりも塩辛すぎない餡にはきくらげもぷりぷりふんだんに入っている。もともと早食いであまり噛まないのがいけないと思いながら、でも熱々を過ぎ口中に適温になった中華丼は噛まずにどんどん食べてしまう。多分胃に悪い、だから胃カメラを飲む羽目になる。あちゃあ、と小声が聞こえて、見ると隣の初老の男性で、「お腹いっぱいになっちゃった」とすごく小さい、でも私には聞こえる声で、見れば皿に餃子が2切れとチャーハンが半分強くらい残っている。ジョッキは飲み干されて白い輪っかがいくつかガラスにへばりついている。なぜか目が合い微笑まれる。先端がタレ色に濡れている割り箸が餃子の上でぶらぶら揺らされている。「お腹、いっぱい」どこか甘えているようにも見える顎を引いた上目の顔つきで男性はもう1度そう言い私はまあ、とかはあ、というような音声を出しながら笑顔に見えなくもないだろう顔をしてから中華丼に戻った。細かく包丁が入ったイカ、小さいエビ、すっごいボリュームですもんねえここのお料理! とか受け答えられるほどの量でもないし、餃子とチャーハンとビール、まあ人によったら満腹かもしれませんねという話だ。持ち帰りに包んでもらったらどうですかと、言ってもいいがなんで私がそんなことを言わなきゃならないのだとも思う。まだ暑いし、包んで持ち帰って傷んだりしてもあれだからお店が断るかもしれないし……私はそれから息つく間もなく中華丼を食べ終え水を飲んだ。横目で見る初老男性は(かし)いで座って頬杖をつきながらチャーハンをぼろぼろほぐしている。ガラリと戸が開いて、この前見た岡持ちの男性が入ってきた。前掛けもTシャツの感じも前見たのと多分同じ、よく日焼けしている。彼はいらっしゃいませーと言いながら厨房の中に入り2人の店員さんには特になにか挨拶するでもなくでも自然に手を洗い小鍋を火にかけスープを掬い入れ調理を始めた。もしかしたら今までどこかに出前をしてきて帰ったところなのだろうか。私は立ち上がってごちそうさまでしたと言った。カウンターの上に食べ終えた丼と水ジョッキを置いた。どーもーと言いながら女性が出てきてレジを打った。厨房からカレーのいい匂いがした。
 外に出ると暑い、アスファルトが太陽に焼かれている。サンバイザーに長手袋姿の自転車女性が向こうから歩道をさあっと走ってきて、もう1人、同じような格好の自転車女性が私を後ろから追い越していって、2人が私の少し先ですれ違いざま「あらまあ!」「あらまあ!」と親しげに高く叫び、しかしペダルを漕ぐ足を止めることも緩めることもなく走り去って行った。歩き出してしばらくすると、後ろから走ってきた自転車に追い抜かれた。濃紺のシャツにデニムにやや長めの半白髪、さっき隣で料理を持て余していた初老男性だった。片手をハンドルにかけずだらんと下げていて、サドルが妙に低い。その速度は自転車としたら遅めだったが徒歩の私より早かった。信号待ちで一緒になってしまいそうだったので私は手前の路地を曲がった。細い住宅街の今まで通ったことのない路地、民家の庭に長期咲きの朝顔が濃い派手な紫色の花を咲かせていた。路上にはしぼんだ花がたくさん落ちていた。花びらを先の方から内側に巻きこむようにしぼんだ花は色が抜けていた。白い外観の眼科があった。新しそうで、看板のロゴには片目に視力検査の目隠し(黒いおたまのようなやつ)をあてながら舌出しでおどける子犬の絵がついている。庭の柑橘の手の届く枝にたくさんセミの抜け殻がくっついている。うちの子も今年もたくさん集めた。このあたりに子供はあまり住んでいないのかもしれない。しばらく路地をうろついてから通りに戻ると遠くにまだ紺色の背中がふらふら走っているのがぼんやり見えた。

庭

小山田浩子

2018/03/31発売

それぞれに無限の輝きを放つ、15の小さな場所。芥川賞受賞後初著書となる作品集。

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考える人とはとは

何かについて考え、それが「わかる」とはどういうことでしょうか。

「わかる」のが当然だった時代は終わり、平成も終わり、現在は「わからない」が当然な時代です。わからないことを前提として、自分なりの考え方を模索するしかありません。

わかるとは、いわば自分の外側にあるものを、自分の尺度に照らして新しく再構成していくこと。

"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)*を編集理念に、Webメディア「考える人」は、わかりたい読者に向けて、知の楽しみにあふれたコンテンツをお届けします。

*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹

著者プロフィール

小山田浩子

1983年広島県生まれ。2010年「工場」で新潮新人賞受賞。2013年、初の著書『工場』が第26回三島由紀夫賞候補となる。同書で第30回織田作之助賞受賞。「」で第150回芥川龍之介賞受賞。最新作は『』。

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