2023年3月7日
毛髪一本勝負
著者: Superfly越智志帆
「今まで心の奥の方にひっそりとしまったままにしていた、日々感じたことを言葉にしてみます」。
Superfly越智志帆さんの人気連載「ウタノタネ」が、書きおろしエッセイを大幅に加え、単行本『ドキュメンタリー』として2023年4月13日に発売決定。
書籍刊行を記念して、原稿を再公開! 1本目は「毛髪一本勝負」。注連縄(しめなわ)? エノキ茸? 髪の毛にまつわる「知られざる格闘」をコミカルに綴った一篇、どうぞお楽しみください。
髪型を変えました。
意識的に変えたというよりステイホーム中にメンテナンスができず自然に伸びてしまっただけなのですが、いい感じに伸びてくれたのでベリーショートからショートウルフに進化しました。
わ……わずか数ヶ月で……。
ご存知の方もいらっしゃると思いますが、私の髪の毛は異常な速さで伸びます。なんと人の約二倍で、長さでいうと一ヶ月に二センチほど(スゴー!)。この速さなので、カットの頻度はだいたい二週間に一度です。頻繁すぎて面倒じゃないかと思われるかもしれませんが、私は髪を切るという行為がかなり好き!! 以前は髪を触られながら、ほぼ初対面の美容師さんに身の上話をするのが苦手でしたが、今はそんな気持ちはゼロです。だって美容師さんってヒーラーなんだもの!心の断捨離ができるような……まるで新しい自分に生まれ変われるような……。深いリラクゼーション効果を感じています。ということでカットの日は楽しみでしょうがないのです。本当は週一でもいいくらい。
私の髪の毛の特徴は伸びるスピードだけではありません。
多毛で、一本一本がそれはそれはたくましく、強い。傷み知らずの剛毛です(笑)。
以前から毛量と強さについては自覚がありました。デビューから十年ほどは、ジャニス・ジョプリンやオノ・ヨーコさんに憧れてロングのセンター分けスタイル。二十代はどうしても肌に幼さが残るので、張り裂けんばかりのピチピチの顔をカバーするためにもセンター分けは直線的でクールに演出できてよかった。野外ライブで風に吹かれボサボサになる髪の毛をまとめたくてヘッドバンドを付けていたら(めちゃくちゃ機能的)そのまま衣装になり、スタイリストさんはありとあらゆる布を頭に巻き始め、結果的にキャッチーなヘアスタイルを作り出せました。ボサボサでもストレートでも、ゆるいウエーブを出すのもムードがあってお気に入りだったけど、存在感のある髪の毛は目立ちやすい。プライベートでは変装の意味でも髪の毛をまとめていました。
意外にもテレビに映っている私の髪の毛は剛毛には見えていないらしく、実物を目の当たりにした方からはけっこう驚かれます。当時、おしゃべりしながら髪の毛を左に流して三つ編みを作る癖がありまして、目の前で太く長く仕上げられた三つ編みを見て「注連縄か‼」と爆笑されたこともあります。そんな感じ。
とはいえ、ロングの時は剛毛であることもさほど気になりませんでした。四年前くらいにベリーショートにしてからというもの、私の毛質はとんでもない問題毛だという事実に直面するのであります……。
面倒くさがりなので人前に出る仕事でなければ髪型を気にするようなタイプではないのですが、数え切れないほど存在するミュージシャンの中で Superfly を覚えてもらうためにも髪型には地味にこだわりがあります。ポイントは、「絵に描きやすいかどうか」。おでこあたりに紐を巻いてるとか、黒くて超長いとか、前髪超短いとか、大胆でシンプルということです。
アーティストによっては顔面にインパクトがあって、どんな髪型にしても、どんな衣装を着てもその人だと認識できる方もいらっしゃいます。私は残念ながら顔のパーツにそれほどインパクトがないので、ヘアメイクや衣装で覚えてもらえるようにと考えています。
昔から感じていることですが、私はハッキリとした髪型でないと、顔がぼんやりしてしまって覚えてもらえないのです(涙)。過去にもいろいろトライしてみたけど……結局ロングのセンター分けに戻っていきました。あぁ、曖昧な髪型は似合わないのかな〜とショックでしたが、今思えば、昔であればあるほど物事をハッキリさせておきたい性格でもあったので、そういう内面も表面化していたのかもしれません。
ベリーショートにしたのは、三十代に入ってから。顔がそれまでよりシャープな印象になり、直線的で重い黒髪ロングもそろそろ卒業かな〜と思っていた頃、体調不良でお仕事をお休みすることになりました。せっかくだから休養中は Superfly のイメージから思い切り離れて生活してみようと断髪式を決断したのです。
ロングからショートになる記念すべき日なので、一発目のハサミは私が入れさせていただきました。左右に一つずつヘアゴムで束に結わえてもらい、まずは左から。
しっかりと髪の毛を握りしめ、ヘアゴムの二センチくらい上に狙いを定めて、勢いよくザクッと。……なんという快感、なんという感動!!! そして切断された束になった髪の断面を眺めて毛の太さと密度に驚いた! それはそれは極太で、エノキ茸を包丁でカットした断面とそっくりでした(エノキ茸を見るたびに思い出します)。
そんな自分のエノキ茸に感謝と別れを告げた私は、プロの手によってショートヘアへと変身。そしてこの日からすっかり髪を切る快感を覚えてしまい、ショートだったはずがベリーショートへ、どこまでも短く進化を遂げていくのです。
ショートヘアの生活はとても快適でした。シャンプーはラクだし、とにかく気持ちが晴れやか! しかし短いなりの悩みも勃発。今までは、髪のボリュームや強さについて悩むことが多かったのが、ショートにしてからは、冒頭で書いたとおり伸びるスピードが目立つようになってしまったのです! 自分が気にしてるだけならまだしも、いろんな方から「髪、伸びましたね(驚)」と言われるように……。身近な人、お友達、たまに立ち寄るコーヒーショップの店員さんにまで、ほぼ100%の確率です。それも髪が伸びて素敵ですねといった言い方ではなく、単に伸びてる事実を教えてくれる感じなので(笑)、異常なスピードで伸びてるんだという自覚を持ちました。そして、同じ言葉を繰り返し耳にするうちに、良いことも悪いこともネガティブに刷り込まれてしまうという私の被害妄想のクセが現れ始めたのです。「人と違って変なんだ、ダメなんだ」。こんな気持ちが襲ってきて、晴れやかだったはずの心の中が曇るようになってしまって……。
「憎き剛毛めー!」それからというもの、伸びるスピードは変えられないけど、せめてこの生命力のありすぎる毛質を変えたいというモードに入り、ひたすらブリーチして細く柔らかく変えようとエスカレートしていきました。もはやファッションの域を超えている(笑)。
日々自分の髪を見つめ続けているわけで、それなりの愛着が湧いたり楽しみもあったのですが少しだけ胸の奥がチクチク痛む感覚がありました。そりゃそうです、毎日自分に否定的な気持ちを向けているのですから。
こんな風にコンプレックスと格闘すること数ヶ月。おそらく平均的で、扱いやすい毛質になりました。ところがある時、鏡越しに見る「普通になれた」自分を見て、「え……この人誰……?!」と感じた瞬間があったのです。そのとき、面白いことを発見してしまいました。
我々を悩ませるコンプレックスというものは(特に外見)、集団生活の中で個々を見分けるために神様(?)がわざと与えてくれたものではないか?! と思ったのです。
もしも、世界中の人の顔・体型・髪型など、全て同じだとしたら、どうやって人を見分けるんだろう?? 会社や家族の中だったとしても、想像するだけで結構パニックだと思いませんか? 誰だかわからなくて不安な気持ちになるような気がします。
違いがあるから名前と顔が一致して、コミュニケーションが成立してるのかもしれない。違うって面白いじゃないか。コンプレックスってありがたいものではないか……?!
こうして私は毛質の呪縛から解き放たれ、現在の髪型へと進化していきました。
嫌な部分をカバーするためではなく、自分の毛質や癖を活かしたニューヘアです。
絵に描きづらいような曖昧な髪型は似合わないと思っていたけど、コンプレックスを受け入れた途端に曖昧な髪型がハマるように感じられ、相変わらず猛スピードで成長中の髪の毛に対しても、「伸びましたね」よりも「素敵ですね」と言われる頻度の方が多くなり、予期せぬ変化をもたらしてくれています。これはコンプレックスを受け入れられたご褒美だと信じています!
そして先日、新しいアーティスト写真の撮影をしました。今の心境を写真に残したい! という思いから衣装も私服です。私は短足でスタイルも良くない。衣装は本来スタイルアップさせるものだけど、そもそも私はモデルさんではないし、自分らしいシルエットが出ることが大切! 心から好きな洋服たちに包まれて写真を撮りました。歯並びだって悪いけど、気にせず大口開けて笑って撮りました。
無理やり「普通」に矯正して、世界中が同じにならなくていい。
コンプレックスには、自分を好きになるヒントが隠されていました。
私を作ってくれて、ありがとう!
(2020年11月3日公開)
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Superfly 越智志帆
2023/4/13発売
新潮社公式HPはこちらから
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Superfly越智志帆
スーパーフライ おち・しほ 1984年2月25日生まれ。愛媛県出身。2007年デビュー。「愛をこめて花束を(2008)」「タマシイレボリューション(2010)」「Beautiful(2015)」「フレア(2019)」「Farewell(2022)」など代表曲多数。シンガーソングライターとしてのオリジナリティ溢れる音楽性、圧倒的なボーカルとライブパフォーマンスには定評があり、デビュー16年目を迎えてもなお表現の幅を拡げ続けているアーティストである。2023年には全国9ヵ所13公演の待望のアリーナツアーの開催も決定し、精力的な活動を続けている。Superfly公式サイト
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とは
はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。
「考える人」編集長
金寿煥
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