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考える四季

 イタリアに対して、何の特別な知識も興味も無かった。フィレンツェの美術学校に入学をした時私は17歳で、数世紀も時を経た石造りの建造物の間を歩きながら、「自分はなぜこんなところに居るのだろう」と自問自答を繰り返していた。しかし時間が経つにつれ、次第に人がどこで何をして生きていくのか、それが決して自分の意志とは関係なく決められてしまったとしても、別に執着するほどのことでもないと開き直るようになっていた。

 パゾリーニの作品に出会ったのはまさにそんな時期だった。フィレンツェ大学の学生達とシェアして暮らしていたアパートで、私の隣部屋を借りていた学生からある日映画を見に行かないかと誘われたのだ。文学部の学生だったジュゼッペというこの青年はいつも小脇に19世紀のロシア系作家か、イタリア人の聞いた事も無い作家の本を挟んでいて、夕食の後は共有の台所の片隅におかれたボロのソファーに座って、それらの本のページを思慮深い顔で捲っていた。新参者として現れた日本人である私に何度か川端康成や谷崎潤一郎に対する見解を求めてきたが、手応えのある興味深い答えどころか自国を代表するそれらの作家の作品すらろくに読んだ事のない無知な日本人に呆れて、言葉を掛けてくることもなくなっていた。なのに、何の魂胆か、自分の知識欲を萎えさせる腹立たしい存在でしかないはずの私をいきなり映画に誘ったのである。イタリアへ引っ越してから映画を見に行けるような精神的ゆとりが全く欠落していた私は、二つ返事で承諾した。

 フィレンツェ中央駅のそばにあるサンタ・マリア・ノヴェッラ教会からほど近い場所に、その「Spazio Uno(一の空間)」という怪しい映画館はあった。私はてっきり流行りのハリウッド映画でも見に行く感覚でいたので、まずその味気も素っ気も無い侘しげな佇まいの映画館を見て軽く気後れした。サッシ枠の簡素なドアを開けるとその向こうにはタバコの煙が充満し、ロビーでは髭面や瓶底のような度の強い眼鏡をかけた学生風の若者達がぎっしりとたむろしていた。ジュゼッペは私をその中の何人かに紹介してくれたが、「日本人なのに川端を知らない」と漏れなく付け足して失笑を誘い、私を嫌な気分にさせた。「そんな君にパゾリーニ作品なんて理解できるのかな」とジュゼッペの友人が皮肉な笑みを浮かべて私に問いかけてきたが、無論その時点で私にはこれから見ようとしているのがどんな映画なのかを知る術も無く、壁に貼ってあるポスターを見て辛うじて今その映画館で上映されているのが、パゾリーニという人の映画なのだということを認識できる程度だった。

 私達がその映画館へやってきたのは既に一本目のパゾリーニ作品が上映された後で、ロビーでタバコの煙をくゆらせているインテリ学生達の殆どが、鑑賞後の感想や見解を熱く交わしている最中だった。

「イタリアまで留学に来たからには、イタリアを代表する作家の映画を見ておくべきだと思って」とジュゼッペは立ち話をしている友人に向かって、私に聞こえるようにそう言った。イタリア映画ならかつて「自転車泥棒」も「ひまわり」も見た事があると、思わずそのイタリア映画無知を決めつけたような言葉に反応して見せるも、「パゾリーニという作家はそれとはまた違う次元の作家」とあしらわれてしまった。その後二人の会話はパゾリーニの死が一般で報道されたように彼が好意を寄せていた青年によって殺されたのか、または右翼やマフィアによって仕組まれたものだったのかという論議に及んだ。

 二人の会話を耳にした周りの連中まで介入してきて、気がついたらその一帯が大きな輪になっていた。私はパゾリーニの映画を見る前に、そこに集まったそれらのファナティックなパゾリーニ支持者によって、この監督が様々な側面において難儀な扱いを受けていた事実を知った。男色で左翼。スキャンダルな死。性的嗜好や具体的な政治に対する理念など、何となく三島由紀夫を思い浮かべるも、深く知っている訳でもない作家の話を振るとまたその場のインテリ書生達から容赦なく突かれるのは間違い無いので、敢えて黙っていることにした。

 その後に上映されたその日二本目の作品は、パゾリーニの遺作となる「ソドムの市」だった。彼の作品の中でも恐らく内容的にも映像的にも最もグロテスクなものだ。マルキ・ド・サドの「ソドムの120日」という作品が原作になっているが、舞台はサドの時代ではなくファシズム政権下のイタリアの街サロ。ナチ傀儡政権の権力者達がそこに美男美女を集めて小国家を形成し、日々彼らを使って様々な変態行為を繰り広げ、最後はそれらの男女が死に至る拷問に掛けられるという内容は正直壮絶極まりない。数年前まで日本の修道女の居る学校に通わされていた私にとっては、あまりに衝撃的な映像の連続で、目に映る物全てが何一つとしてスムーズには消化してくれなかった。

 本国イタリアにおいてもこの映画の様々なシーンが部分削除され、上映を禁止する国も多数あったというが、ジュゼッペの説明によると私が視線をそらしたくなるような強烈なシーンは、全てパゾリーニの社会的思想や右翼に対する政治批判の比喩であり、それを前提に見ればさしてスキャンダラスな印象を受ける事はないのだという。しかし、いくらどんな説明をされようとも、イタリアの外側も内側もろくに知らない私には、映像の内容がどんな思想とシンクロしているかなど憶測できるわけがなかった。

 映画が終わった後、再びロビー兼サロンでこの作品に対する激しい論議が展開されることとなった。パゾリーニを殺したとされる青年が映画の中に出ていたらしいが、誰だったのかは私には解らない。再び彼らの話題はパゾリーニの死の裏側に何が隠されているのかに集約し、延々とキリスト教民主党に対する不信感や右翼テロによるボローニャ駅の爆破事件の真相などといった政治議論に繋がっていった。私はジュゼッペの傍らで、聞いた事も使った事も無いイタリア語の羅列に押し黙り続けているしかなかったが、自分の意志とは関係のない経緯でしばらく暮らす事になってしまったイタリアという国の複雑さと底知れない奥深さからは、もう無関心ではいられなくなりそうな気配を察していた。

 パゾリーニという一人の繊細な表現者から放たれているイタリアに対する詩的で過激なアプローチが、私の意識を力強く捉えて放さなくなっていた。ジュゼッペがなぜあの日私をあの映画に誘ったのかは謎だが、私はその後数年かけて全てのパゾリーニ作品を網羅し、自然の流れで大学の左翼組織にも関わった。パゾリーニとの出会いが私のイタリアにおける暮らしの方向性を少なからず指し示した事はとりあえず間違いない。時は1980年代後半、イタリアにバブルで盛り上がる日本人の観光客が溢れていた頃の話だ。

(「考える人」2012年秋号掲載)

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 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

ヤマザキマリ

1967年東京都生まれ。漫画家・文筆家・画家。東京造形大学客員教授。1984年にイタリアに渡り、フィレンツェの国立アカデミア美術学院で美術史・油絵を専攻。比較文学研究者のイタリア人との結婚を機にエジプト、シリア、ポルトガル、アメリカなどの国々に暮らす。2010年『テルマエ・ロマエ』で第3回マンガ大賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞を受賞。2015 年度芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。2017年イタリア共和国星勲章コメンダトーレ綬章。著書に『プリニウス』(新潮社、とり・みきと共著)、『オリンピア・キュクロス』(集英社)、『ヴィオラ母さん』(文藝春秋)、『パスタぎらい』(新潮社)、『扉の向う側』(マガジンハウス)など。

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