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考える四季

2023年4月3日 考える四季

四国遍路を世界遺産に!――札所住職の考えるその魅力と課題

著者: 白川密成

 四国にある88の霊場を巡礼するお遍路。そのひとつ第57番札所・栄福寺(愛媛県今治市)の住職・白川密成さんが、68日をかけて歩いた記録をまとめた『マイ遍路 札所住職が歩いた四国八十八ヶ所』(新潮新書)を上梓。本稿で、その魅力をあらためてプレゼンします。また近年は、外国人参拝者が増えるなど世界的にも注目されており、「お遍路を世界遺産に」という動きもあるようです。その可能性と課題について考えます。 

白川密成『マイ遍路

2023/03/17

公式HPはこちら

四国にある八十八の霊場を巡礼するお遍路。本書は、そのひとつ第五十七番札所・栄福寺の住職が、六十八日をかけてじっくりと歩いた記録である。四万十川や石鎚山など美しくも厳しい大自然、深奥幽玄なる寺院、弘法大師の見た風景、巡礼者を温かく迎える人々…。それらは人生観を大きく揺さぶる経験として、多くの人々を魅了する。装備やルートまで、お坊さんが身をもって案内する、日本が誇る文化遺産「四国遍路」の世界。

第78番札所・郷照寺(香川県宇多津町)にて

令和の遍路風景を描く

 

 弘法大師・空海の御誕生1250年を迎えた今年3月17日、新潮新書より『マイ遍路 札所住職が歩いた四国八十八ヶ所―』を上梓した。2019年4月〜2020年12月に、1200キロの道を8回に分けて68日間徒歩巡拝し、その様子を描いたのだ。

「歩き遍路の紀行本」は、古くは江戸期の僧・真念による『四国辺路道指南(しこくへんろみちしるべ)』(ちなみに、こちらは貞享4[1687]年に刊行され、版を重ねるベストセラーになり、多くの僧侶以外の人々も遍路をする契機となった)の時代から数多くある。

 その中で本書は「札所住職が歩いた」という意味では、今まで類書のなかった本であると自負している(「札所」とは、お遍路における88ヶ寺のこと)。そこでは、遍路の風景に喚起された「空海の言葉」を数多く紹介することで、「空海の考えていたこと」についても、新たな角度から光をあてる——そんな狙いもこめている。

 また、宿泊したすべての宿とその価格も明記し、装備やルートも記載することで、「私もいつか遍路に行ってみたい」という人たちに情報提供するとともに、「令和の遍路」がどのようなものであったか、という素描としても、後世の読者を想像しながら執筆した。

自由に歩くこと、そして祈ること——「四国遍路」の魅力

 あらためて感じた遍路の魅力は数多いが、その中でも、1日中野外を自由に移動し、歩き回ること自体が、ちょうどコロナ禍の発生をはさんだ巡拝になったこともあって、想像以上の解放感と楽しさを感じた。身体がクタクタに疲れていても、そのこと自体がなんだかうれしいのだ。

 まずは本書で気になった地域を、1泊か2泊でも歩いてもらうと、そのことを体感してもらえるような気がしている(そのように88ヶ所の途中の寺から、遍路をはじめる人も実は少なくはない)。

 聖域を訪れて「祈る」という行為を、日々積み重ねることも、あらためて手応えのあることだった。それは、現代の中でかなり見過ごされていることでもあるだろう。

 四国遍路をお参りしている人たちは、空海が開いた真言宗の信仰者ばかりでなく、仏教の他宗派や、キリスト教などあらゆる信仰を持つ人々が集まっている。「自分は明確な信仰を持たない」と感じている人も多いだろう。

 そういった人たちでも、聖地に身を運び手を合わせ祈る。それを繰り返す中で、何やら「替えがたい大切なことを行っている」という素朴かつ新鮮な感覚を受けるからこそ、一度ばかりでなく、何度も遍路を訪れる人が多いのだろう。遍路を全周した回数が50回や100回を超える巡拝者は珍しくなく、彼らは遍路に魅せられた自身を評して、自虐的に「四国病」だと笑う。

 また時に四国遍路の代名詞のようにも語られる「お接待(せったい)」の文化も、やはり実際に何度も体験すると心動かされるものがあった。四国では、地元の人たちが巡拝者にお金や食べ物などを差し上げる習慣が、今も続いている。

 見ず知らずの人から突然渡されるお金、小さなお堂でご馳走になった素麺、川を渡る時に停まった車から手が伸び、渡された飴。今日も私が住職を務める57番札所である栄福寺の境内では、歩き遍路を経験した若い女性によるドリップコーヒーのお接待が行われている。

 他にもお遍路の魅力はたくさんある。遍路道に点在する宿のユニークさ、年齢や貧富の差を問わず、あらゆる人たちが集まっている風通しの良さ、吉野川、石鎚山、瀬戸内海、室戸岬などの自然をたっぷり経験できる(何日も太平洋岸を歩き続けることもあった)ことなどである。私自身、宗教的な巡礼でありながら、「ああ、今までの旅で一番楽しいな」と何度も感じることになった。

世界の注目を集める「四国遍路」

 コロナ・ウイルスの影響でその動きが一時停止を余儀なくされたとはいえ、長い歴史を持つ四国遍路の中で、新しい動きがある。それは歩き遍路を中心とする外国人参拝者の増加である。

 欧米、アジアなど地域を問わず、この数年で、ずいぶん増加傾向にあることを寺にいても肌で感じていた。サバティカル休暇を利用したフランス人銀行員、NPOに就職が決まって卒業旅行で遍路を歩いているハーバード大学生、台湾の旅行雑誌が募集して団体で歩いている人たちなどであり、その中にはチベット仏教、上座部仏教、韓国禅など各国の僧侶が混じっていることも、さらに興味深い。

 2015年には、「NYタイムズ」の世界の行くべき52ヶ所(52 Places to Go in 2015)で日本から唯一「四国」が選ばれ、45番札所の岩屋寺の写真が掲載された。2021年には世界的な旅行ガイド「Lonely Planet」の地域ランキングでも四国が世界の中で6位に選出され、四国遍路が紹介されている。各国の雑誌、ネット動画などでの紹介も続いており、私もドイツのフリーペーパーに寄稿した。『マイ遍路』では、この新しい動きを含めた、現代に続く四国遍路文化を思い切って「四国仏教」と呼んでみた。

 

第11番札所・藤井寺(徳島県吉野川市)

「四国遍路3.0」?

 その一方で、国内での「お遍路さん」の数は減少傾向にある。具体的な数字を四国経済連合会(遍路は地元の経済にとっては、貴重な“観光”資源でもある)の調査報告から引用すると、四国21番札所太龍寺のロープウェイの輸送人数は、1998〜2002年度が、年平均13.5万人であったが、2014〜2018年度は年平均7.8万人まで減少しており、この十数年だけで、じつに4割の減少が見られる。これは人口減に加えて、「一生に一度は遍路を」という大衆の信仰心の相対的な低下が主要な原因として想像できる。

 しかし、「歩き遍路」は全体から見ると、割合的には多くはなくても、数を減らすことなく推移している。2017年の調査では、遍路を歩く外国人のお遍路さんは、10年前から10倍の増加が見られ、歩き遍路全体数の約17パーセントであった。この海外からの「歩き遍路」増加傾向を、調査報告では「四国遍路3.0」と名づけている。(ちなみに「四国遍路1.0」を昭和の団体バス遍路、「四国遍路2.0」を平成のマイカー遍路としている)。

世界遺産化の動きと懸念

 世界的な注目を集める中で、「四国遍路を世界遺産に」という動きが活発さを増している。スタート地点からゴールへ向かう直線的な巡礼ではなく、遍路のようにぐるっと1周する“円環型巡礼”が、稀だということもある。

 平成22年に設立された「四国遍路世界遺産登録推進協議会」は、会長を先述の四国経済連合会・会長が務め、副会長を四国四県の県知事、構成員として四国八十八ヶ所霊場会、58の市町村、大学、NPO団体などがあたる。

 世界遺産の登録には、まずは日本国内で正式に候補として認められる必要がある。現状、候補になっていない理由として文化庁からは、「札所寺院と遍路道の多くが文化財として保護されていない」「世界遺産にふさわしい価値の学術的証明が必要」という趣旨の指摘があった。また同時に「生きている資産としての価値は高い」という評価を得ている。

 そこで具体的な活動として、かつてないほどの規模で、札所寺院や遍路道の学術調査が進められている。例えば52番札所太山寺の調査は、愛媛県美術館や国立大学である愛媛大学などが行い、聖教、文書類だけでも1万7千件がその対象となった。

 住職を務める57番・栄福寺で行われた愛媛県と元興寺文化財研究所による調査に立ち合っていると、平安時代や鎌倉時代の仏像などを調査するだけでなく、近世や近代の資料(例えば大正時代の大般若経典に手書きされた寄進者名)を悉皆調査(しっかいちょうさ)(対象をすべて調査する手法)することで、現代に続く遍路のネットワークを解明しようとしていた。先日行われた境内の発掘調査では、弥生土器や中世鎌倉期の寺社の瓦、江戸時代の焼き物などが出土した。こういった調査が、88ほぼすべての札所寺院で行われる予定であり、それにより今後数年間で、“新たな遍路像”の輪郭がかなり明確になるだろう。

 そして文化庁の審議を経て愛媛県では(40番)観自在寺道や(42番)仏木寺道などの遍路道、(46番)浄瑠璃寺境内や(49番)浄土寺境内などの札所寺院が、「国指定史跡伊予遍路道」として指定され、この動きは次々と四国全体に広がっている。

 また受入態勢の整備のために、各言語の案内標識の設置、トイレマップの作成とホームページの公表などがなされ、毎年行われている「おもてなし遍路道ウォーク」は2023年2月23日、過去最多の約5700人が参加し、四国一斉に遍路道を歩き、危険箇所や整備状況を点検した。

 その一方で、「四国遍路を世界遺産に」という取り組みに、懸念を抱く意見がないわけではない。例えば、スペインの巡礼道「カミーノ・デ・サンティアゴ」のように急激に巡拝者が増えたとしたら、今までのような習俗や雰囲気は守られるのだろうか?

第20番札所・鶴林寺(徳島県勝浦町)への遍路道

 また世界遺産になると当然、原則的に景観や建物等の「現状維持」が求められることが多くなり、その改変には逐一手続きが必要になるだろう。しかし札所寺院にしても、遍路道にしても、人々が歴史の中で長く「暮らしてきた場所」であり、今までがそうであったように、これからも現代社会や新しい文化に応じた風景や機能の新陳代謝が、必要である場所だ。しかし「世界遺産」に認定されると、そのような変更が場所によっては容易にはできなくなる可能性がある。それだけ「四国遍路」が、そこに住む人々の生活と密着している証拠でもある。

 しかし、私はそういった課題をひとつずつクリアしながら、可能性があれば、四国遍路を世界遺産登録に向けて進めるべきだと思っている。四国遍路が持つ貴重な宗教性や精神性は、多くの人が潜在的に求めているものだというたしかな手応えがあるからだ。このまま国内の人口減にともない、だんだんと巡拝者が減ってゆき、「過去の遺産」になってしまっては、あまりに惜しい。世界遺産への取り組みを通して、その価値に、人々があらためて気づき、実際に巡拝をする契機になってほしい。

 「海外からの巡拝者の急増」を歓迎する人のみではないことも承知している。しかし、四国遍路を開いた弘法大師・空海は、法を求め海を越え異国の地(唐の長安[現在の西安])で密教を授かり、日本に真言密教をもたらした。それは当時の唐の人々が、海外からの修行者を受け入れてくれたからこそ可能になったことである。世界の人々が、四国遍路に休息を求め始めている今、今度は私たち四国が、手を広げたい。

 世界遺産に向けた取り組みは、登録することだけを目標とした「打ち上げ花火」になってはならない。その活動を通して、あらためて遍路の貴重な魅力と文化的な価値を再考し、受け入れ体勢を整備しながら、“世界遺産になった後”も価値が広がっていくような、あるいは“世界遺産にならなくても”、十分意味のある動きになるようなビジョンを持って、取り組んでいかなければならない。

 

【参考資料】

「新時代における遍路受入態勢のあり方」四国経済連合会

「四国遍路世界遺産登録推進協議会」

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
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手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

白川密成

第57番札所・栄福寺住職(愛媛県今治市)。真言宗僧侶。1977年生まれ。高野山大学密教学科卒業後、書店勤務などを経て、2001年より現職。デビュー作『ボクは坊さん。』が、2015年に映画化。著書に『坊さん、ぼーっとする。』『空海さんに聞いてみよう。』などがある。2023年3月、自身の「歩き遍路」体験をまとめた『マイ遍路 札所住職が歩いた四国八十八ヶ所』(新潮新書)を刊行。


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