一段と冷え込む夕暮れ時。家路をたどる時間の中で、ちょっとした楽しみがある。民家に挟まれ、ひっそりとした小さな公園で、時々見かける猫の姿だ。
少し灰色がかったその毛はふっくらとしていて、道端で見かける野良猫たちよりもずっと大柄だ。物おじすることなくどっしりと座り、話しかけるとちょっぴり野太い声で「ま~(にゃ~ではない)」と答えてすりよってくる。どうやら私以外にも彼女に会えることを楽しみにしている人たちがたくさんいるらしい。少し人通りの増える昼間に公園脇を通ると、工事の合間にお弁当をほおばるおじちゃんたちの足元でごろんと昼寝をしている。「こいつあ、人懐っこいよなあ」と、強面のおじちゃんたちの顔も緩む。
そんな彼女の姿をおさめようと、時々カメラを向ける。ところがいざシャッターを切ろうとすると、するりするりとしなやかに、ファインダーの視界から消えてしまうのだ。結局彼女が納得してくれそうな美しい写りの写真は撮れずじまい。「プロとしてまだまだね!」と何だかからかわれているようだ。
そんな茶目っ気たっぷりの彼女だが、この頃、なぜだか自分の心が晴れないときほど現れてくれることに気づいた。無くしものをして落ち込んでいたとき、亡くなった友人のことを考えていたとき。公園にふと目をやると、闇夜にふっと白っぽい影が浮かび、彼女がじっとこちらを覗いているのだ。
しばらく姿を現さないとき、彼女が実は幻だったのではないかと思うことがある。「少し元気になったでしょ? あとは日常に戻って頑張んなさい」と言葉を投げかけるように、しっぽを振りながらまた闇の中へと去っていく彼女の姿を思い出しながら、私は今日も、同じ道を駅へと向かう。
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安田菜津紀
1987年神奈川県生まれ。認定NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『写真で伝える仕事 -世界の子どもたちと向き合って-』(日本写真企画)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。
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とは
はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。
「考える人」編集長
金寿煥
著者プロフィール
- 安田菜津紀
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1987年神奈川県生まれ。認定NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『写真で伝える仕事 -世界の子どもたちと向き合って-』(日本写真企画)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。
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