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往復書簡「小説⇔演劇」解体計画

2019年3月11日 往復書簡「小説⇔演劇」解体計画

(15)次の戯曲、次の小説へ[最終回]

著者: 滝口悠生 松原俊太郎

松原俊太郎→滝口悠生

初稿二稿、最終稿と読まれるのは大変だったのではないでしょうか、それに応じて、というわけではないと思いますが、異なる「文体」の入り混じったご感想、うれしく読みました。ありがとうございます。以下のご指摘、興味深いです。

文章の有り様は、宛先によって微妙に変わるものなのかもしれず、しばしば「文体」が発信元(書き手にしろ、語り手にしろ)の技術や創造性、あるいは独自性のように言われるのとは逆に、「文体」とは宛先なのではないか。語り手と宛先の隔たり方。それによって自ずと、もしかしたら仕方なく、要請され、受け入れた形。

カギカッコは、「宛先」を変えるんですね。発話者が明示されていれば、地の文とは区別され、そのカギカッコ内はその発話者の発語になり、聞き手(宛先)も明らかになる。ネタバレみたいな。別に隠すようなネタでもないとは思いますが、そこでバレることで変わってしまうものは「文体」なのでしょう。最低限の手続きさえ踏めばあからさまな口語を使っても大丈夫だという読者との相互了解。地の文からいくら地続きに見せかけてもそこには語りや描写の断絶があり、また、発話者の明示などのためにカギカッコ内の発話に地の文の語りや描写が従属するという反転も起きているように思います。こうした宛先の変化や断絶や反転によってリズムが生まれることもたしかで、慣れてしまえば読むのは苦ではなくなります。ともすれば多くの小説に倣って安易に使ってしまいがちなカギカッコを、違和感のなかで立ち止まり、慣れず、使わないということは語り、「文体」にとって重要なことだと思います。カギカッコが使われている小説を滝口さんがどうやって読んでいるのか気になりますが、それはまた今度お会いしたときに教えてください……

『カオラマ』の二稿、最終稿では、初稿ではまだ前提にしていた「顔」「身体」「来るべき上演」もひとまず前提にしないで書き始めてみたのですが、「宛先」は変わりませんでした。二稿の冒頭にも書きましたが、今回、戯曲を書くにあたって「上演を前提にしない」とした理由は「演劇計画II」という企画の趣旨だから、です。そもそもの戯曲の構成要素たる上演を消去しても戯曲が成立するのか、そこに新たな要素を足して組み合わせて戯曲を再考しようという試み、一つの実験に参加してみたということです。それでわかったのは、戯曲というものを書く時点で、そこにはすでに「来るべき上演」への期待が紛れ込んでいるということです。刷り込みでしょうか。書き手はその期待からは逃れられない、上演がないなら戯曲なんてまったく書く必要はないとすら思います。書けば書くほど上演が観たいと思うようになりました。これは読み手もそうなのかもしれず、僕が誰かに、いま戯曲を書いている、と言うとすぐさま、いつどこで上演されるの、と聞かれ、上演されないことを告げると、怪訝な顔をされます。

しかしながら、上に書いたことは書き手の書くうえでの根拠、動機みたいなもので語り手を無視した話です。語り手は根拠なく現れて、根拠なく語り終えました。

書いていておもしろかったのは、語り手の言葉はどうやってもその語り手がいる空間の外に向けられてしまうということでした。もちろんすべての言葉が外に向けられているわけではありませんが、「顔」が必要とされることで、外に向くように感じられました。滝口さんが言われたように、初稿では当然のようにそこにあった「顔」が二稿・最終稿では失われ、探し求めるものとなりました。どうすれば「顔」が現れるのか、書き手も語り手もわからないままに手探りで進んでいくのは、辛くもあり楽しくもありました。読者は「顔」なんてどこにでもあると『カオラマ』を放り投げるかもしれないし、その辛さと楽しさを追体験するかもしれないし、別のところから「顔」を見つけてくれるかもしれない、語り手によって発せられる言葉が向かっていた外がどのように応じるのか、書き手も語り手もわかっていません。

戯曲単独で、読まれ、使われるというのは夢のような話ですが、戯曲は上演との関わりでここまでつづいてきました。戯曲が書かれ、読まれ、上演されることで、書かれた言葉と舞台上の身体、発せられた声に関係がつくりだされる。読むことでなされる紙面上の上演と舞台を重ね合わせることで、異なる複数の経験が読者−観客の身体にもたらされる。今回は上演が「ない」ので、舞台の上演、読みの上演とは異なる上演を考えなければなりませんでした。ただ書いて、「来るべき上演」を待つというのとは違った態度が必要になったということです。戯曲と上演の新しい関係。そのひとつの応答が『カオラマ』です。

自作についてはここまでにしてあとは読者の応答を楽しみに待ちたいと思います。この書簡も最終回ということで……毎月の楽しみがなくなってしまうのを寂しく感じます。振り返ってみればこの書簡も、滝口さんによって上演という行為を結節点として戯曲と小説の差異が生みだされたことで、「鮮明で線的」になっていったように思います。この書簡中に気づいたのですが、演劇に関わる前から僕は小説を読む際にも声が聞こえてくることを求めて読んでいました。そのような小説は多くなく、聞こえてくる部分も小説内の数箇所というようなものでした。年を経て読む本が増えるにしたがって、その聞こえてくる部分は多くなってきて、読むのが楽しくてたまらないという時期もありました。しかしながら、おそらくそのなかで聞いていた声は、読み手である自分が勝手に語り手に付与してきたものだったのだと思います。聞いていると思っていたけど聞いていなかった、という悲しい事態です。もちろん正しい読み方、聞き方があるわけではありませんが、相手に応じた聞き方、耳の澄ませ方はたくさんあるわけで、なにかしらを書いている限り、これからもこの事態には何度も立ち返って、自らに相対化を迫られては抜け出し、書く、ということになるのだと思います。

今年は12月の文学座の公演のために新作戯曲を書き下ろす予定です。地点とは大きく異なる方法を持った劇団でどうなるのかまったく予想がつきませんが、新しい声や身体との出会いをとても楽しみにしながら書いています。また書簡をきっかけにたくさん気づきもあったので、今年こそは小説を書いてみたいと思っています。滝口さんの出られる映画、楽しみですね。気づいたらいた、あるいはいたけど気づかなかったというのもおもしろそうですが、気になるので今度教えてください。新しい長い小説も楽しみにしています。

2月26日 松原俊太郎

松原俊太郎『カオラマ』

3ヶ年の執筆期間を経た最終稿、Amazon Kindleにて3月11日(月)発売!

KAC S/F Lab. オープンラボ vol.7 シンポジウム『科学と虚構』

3月23日(土)14:00 - 18:00
第一部:14:00 - 16:15 篠田千明による「ギリギリ上演しないプログラム」
第二部:16:30 - 18:00 批評とディスカッション
会場:京都芸術センター
登壇:松原俊太郎、山本健介(委嘱劇作家)、佐々木敦(批評家)、篠田千明(演出家・作家)、松葉祥一(哲学研究者、同志社大学嘱託講師)、森山直人(演劇批評家、京都造形芸術大学舞台芸術学科教授)
入場無料(要事前予約)・途中入退場自由
http://www.kac.or.jp/events/25447/

『演劇計画Ⅱ -戯曲創作-』

委嘱劇作家:松原俊太郎、山本健介(The end of company ジエン社)
演劇計画Ⅱアーカイブウェブサイト http://engekikeikaku2.kac.or.jp/
京都芸術センター http://www.kac.or.jp/

茄子の輝き

茄子の輝き

滝口悠生

2017/06/30発売

離婚と大地震。倒産と転職。そんなできごとも、無数の愛おしい場面とつながっている。芥川賞作家、待望の受賞後第一作。

山山

山山

松原俊太郎

2019/05/08発売

プラトニック&アレゴリックな独白的文体に、選考委員も震撼! 純粋劇作家・松原俊太郎のデビュー作品集。第63回岸田國士戯曲賞受賞作品。

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*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹

著者プロフィール

滝口悠生

1982年東京生まれ。2011年、「楽器」で新潮新人賞を受賞してデビュー。2015年、『愛と人生』で野間文芸新人賞、2016年、「死んでいない者」で芥川賞を受賞。他の著書に『寝相』『茄子の輝き』『高架線』などがある。

連載一覧

松原俊太郎

作家。1988年熊本生まれ。2015年、処女戯曲「みちゆき」で第15回AAF戯曲賞大賞受賞。2019年、『山山』で第63回岸田國士戯曲賞受賞。他の作品に戯曲「忘れる日本人」、「正面に気をつけろ」(単行本『山山』所収)、小説「またのために」など。

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