2023年3月14日
断捨離できない
著者: Superfly越智志帆
「今まで心の奥の方にひっそりとしまったままにしていた、日々感じたことを言葉にしてみます」。
Superfly越智志帆さんの人気連載「ウタノタネ」が、書きおろしエッセイを大幅に加え、単行本『ドキュメンタリー』として2023年4月13日に発売決定。
書籍刊行を記念して、書きおろしエッセイ「断捨離できない」を大公開!
「第三者の目で今の私の家の中を見たら、きっと余計なもので溢れているようにしか思われないでしょう」
物理的な断捨離が苦手な志帆さんが、お休みの期間にしていた「心の整理」って? どうぞお楽しみください。
引っ越しをしようかな、なんて思い始めて、なんとなく家にあるものを整理しようとあれこれ手に取ってみたら……全然片付けられない! というか、捨てられない!
基本的に私は物欲があまりないタイプなので、あれが欲しいこれが欲しいっていうふうにはならないし、収集癖みたいなものもないんです。必要最低限で生きているな〜って改めて家の中を見渡してみても思います。でも、第三者の目で今の私の家の中を見たら、きっと余計なもので溢れているようにしか思われないでしょう。
そう言えば、子供の頃によく家族から、「それをどうして持っているの? いる?」って怪訝な顔をされたものです。
モノって不思議なもので、その価値は一律じゃないというか。その人によって変動するから面白いですよね。高価かそうじゃないかが価値ではない。例えばいつかどこかの海で拾った貝殻にその人の思い出が詰まっているのだったら、それはものすごく大切なモノだし、その超個人的な感じに私はすごく魅かれたりします。
音楽もそうですよね。ヒットチャートや売上枚数だけでは音楽そのものの価値は決して測れないですから。だからモノの価値はその人にとっての「一点モノ感」なのだと思います。私の曲も誰かの記憶のフォルダになっていてくれたらこんなにうれしいことはありません。曲に出会うのが、リリース直後の最新の状態ではなく、ずいぶん時間が経過して何かの拍子に「いいな」って思ってくれたのだとしても、そこにその人の思い出がちょこんと乗っかってくれたら、その曲は新しい命を吹き込まれたことになります。
そう考えると、ひとつひとつのモノは過去の記憶のフォルダのようになっていて、自分の記憶がそのモノの形を宿してそこにあると言えるのかもしれません。いつからか、ちょっとした旅行とかドライブとかに行ったりした際に、土産物屋さんで必ずマグネットを買うようになったんです。ほら、その土地のランドマークの写真やイラストなんかがものすごくわかりやすく商品になっているやつ。いかにも、ザ・土産物、みたいな(笑)。あれを買っちゃうんです。それまでは、どうしてそんなの買うの〜? なんて思ったりもしてたんですけど、今ではマグネットこそその時の思い出を蘇らせるスイッチになるんだと思うようになりました。
そんなふうに思えるようになったのは、あるタイミングからでした。
何年か前に初めて長期間のお休みをいただくことがあったんですけど、そこでようやく日常生活と向き合うことができたんですよね。わけもわからず上京して、がむしゃらにやっているうちにデビューが決まって音楽を仕事にするようになり、とにかく右も左もわからない状態で、言ってしまえば人の後をついていくように生きてきた数年間だったので、自分の身の周りのことを振り返ったり、じっくり考えたりする余裕がほとんどなかったんです。
ポッカリと時間ができて、そこではたと考えることになりました。
「私の好きなものって何なんだろう?」って。
ひとつひとつ確かめるように、「この感触は好きだな」とか、「これは苦手だな」とか、「これがそばにいてくれたら元気が出ちゃうなー」とか。そうやって、“好き嫌い”や“いるいらない”を自分の中ではっきりさせていきました。
断捨離というのが一時期ブームのようになりましたけど、モノを捨てるという実際的な意味での断捨離には私は向いていません。なぜなら捨てられないから。でもそれは、今私にとって必要なモノに囲まれて生活しているからなんだと捉えています。というのも、お休みの期間に、私は無意識に断捨離的なことを行っていたんですよね。それはもっと精神的なものに根差した線引きのような気もしますし、抽象的なものかもしれないんですけど、とにかくそこで一度、私なりの心の整理をかなり大規模に行ったんです。だから、捨てられないモノが多いのは仕方がないんです……って、なんだろう、書いているうちにどんどん整理のできない言い訳が募っていくように感じるのは(笑)。
かといって、志帆さんってモノを大切にされていてすごいですねって褒められると、それはちょっと違うと言いますか……。もちろん大切にしようとは思っていますよ。私は古着が大好きで、前の持ち主さんが大切に着ていたものを私がしっかり預かります! っていう感覚で着ています。ただ―洋服ではそういうことはあまりないんですけど―モノが消えてなくなることがあるんですよね〜。つまり、失くしちゃうんです、はい。これは非常に困っています。あんなに目立つところに置いてあったものが、どういうわけか消えているんですよね。
今でも一番心に引っ掛かっているのは、母がおばあちゃんから受け継いで私に譲ってくれたリングを失くしてしまったこと。モノ自体の価値としてもきっと高価なものだろうと思うし、それ以上におばあちゃんから受け継がれてきたということで、絶対に大切にしようって思ってたのに……。ある時母から、リングの鑑別書が出てきたから送るねっていう連絡をもらった時に気づいてしまいました。あれ? ない……、どこへ行っちゃったんだろ?(汗) 家中を探しましたが見当たりません。きっと、外で落とすか忘れるかしてきたに違いない。母に正直に打ち明けると、とても悲しそうでした。その体験があってからというもの、より一層モノを大切にしなければいけないと肝に銘じたのでした。
今持っているもので、一番古くからあるのは、保育園の時から使っている水色のホチキス。「おちしほ」って名前が書かれているのがとても可愛くて、これはもうここまで一緒にいたんだから、ホチキスとしての機能が使えなくてもずっと持っていようと思っています。それで、リングの時の苦い経験から、私はホチキスとは適度な距離をとるようにしているんです。あまり大切にしようって意識したら、どこかへ消えてしまいそうだから。あなたのことはあまり気にしてませんよっていうよそよそしい感じを装いつつ大切にしています。
-
Superfly 越智志帆
2023/4/13発売
新潮社公式HPはこちらから
-
Superfly越智志帆
スーパーフライ おち・しほ 1984年2月25日生まれ。愛媛県出身。2007年デビュー。「愛をこめて花束を(2008)」「タマシイレボリューション(2010)」「Beautiful(2015)」「フレア(2019)」「Farewell(2022)」など代表曲多数。シンガーソングライターとしてのオリジナリティ溢れる音楽性、圧倒的なボーカルとライブパフォーマンスには定評があり、デビュー16年目を迎えてもなお表現の幅を拡げ続けているアーティストである。2023年には全国9ヵ所13公演の待望のアリーナツアーの開催も決定し、精力的な活動を続けている。Superfly公式サイト
この記事をシェアする
ランキング
MAIL MAGAZINE
とは
はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。
「考える人」編集長
金寿煥
ランキング
ABJマークは、この電子書店・電子書籍配信サービスが、著作権者からコンテンツ使用許諾を得た正規版配信サービスであることを示す登録商標(登録番号第6091713号)です。ABJマークを掲示しているサービスの一覧はこちら