前回は愚痴っぽいことを書いてしまった。どんなことを書いたかはバックナンバーを閲覧していただくとして。要は、ラーメンを相対的に語る時代はもう終わってしまったのではないか――ということ。少し寂しい反面、喜ばしいことでもある。
ラーメンをモードやトレンドで語ることのバカバカしさは極限にまで達していて、その方法自体が無効化しているのだ。たしかに“前衛”はあると思う。でも、それはジャンルの大きな流れの中で偶さかたどり着いてしまった「工夫の先端」であり、それが目的であってはならない。職人が目指すのは「最新のラーメン」より、自身が思う「最高のラーメン」だ。評者もそこを評価すべきなのである。それが前提だ。
最近のラーメンは疲れる
さて、ラーメンについて、昔と今では変わったことがある。
「ラーメン、食べに行きたい」
と、ある時娘が言うので、私は近所の「じゃあ、〇〇飯店に行こう」と言ったのであるが、娘は「そういうのじゃなくて、ラーメンだけやっている店のラーメンを食べたい」と言う。「あゝ、進化したのだなぁ」と私は少し感動した。
いわゆる食堂としての「町中華」でもなく、ちょっと気取った感じの「中華飯店」でもない「ラーメン専門店」とを分けている感覚。
ひと塊だったものが分化し、特化することは、その分野が成熟した結果だと思う。平成以降「ラーメン」は確実に多様化し、産業化し、ブランド化した。素晴らしいことだと思う。しかしだ。新たな問題がここへきて噴出しているのである。ある時に私が思った歎きをここに記しておこう。
「ラ、ラーメンがみんな美味しくなってる……」
一難去ってまた一難、これはどうしたことか。
ジャパニーズドリームよろしく、様々な人材が参入してきたことで確実にそのジャンルが活性化し、差別化され、サービス競争も極まり、結果ラーメンがみんなそこそこ美味くなってしまったのだ。
進化と分化を繰り返し、多種多様なラーメンが生まれ、どれもこれも非日常的でカラフルな美味しさになって行ったのはたしかに良きことだった。でも、全部が全部「美味しい」という状況は、なんだか異様だ。
ひとことで言うと……疲れるのだ。
この疲れって何だろう――。それは、一日遊園地にいた時の疲労と似ているんじゃないか?
遊園地には「楽しい」が詰め込まれている。というか、それしかない。
「退屈」を目指してはいけない場は、次から次へと「おもしろ」がインフレ、やがて価値が麻痺してくる。ラーメン屋も同様、逃げ場のない「美味しさ」の波状攻撃を作るしかなくなり、その果てに“壮大な虚無”を招いていったのかもしれない。
「先人たちが頑張った結果がこれかぁ……」
映画『猿の惑星』のエンディングみたいなドンデン返しかと思った。みんなで「美味しい」という“脱出場”を目指したのに、いざ抜け出して見たら壮大な「退屈」が待っていたとは。
時を同じくして昭和までにはあった「不味いラーメン」がすっかり姿を見せなくなっていた。商店街が消失し、大型モールのフードコート的な価値観が蔓延、全てが平均的に美味くなってしまった結果だ。あな恐ろしや均質化、エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス均質化……。
ラーメンの物語化
では、こんなラーメン昏迷な時代(実際は最盛期)に、どのような心持ちでラーメンを食べたらいいのだろう? その答えはわからないが、自分なりに考えたことを提案したい。
まず、腹が減っていることが重要だ。「何を当たり前な」と思うだろう。しかし、本来的な意味で我々現代人は欠乏をしているだろうか? していないと思う。心から「ラーメンを食べたい」と思う、その気持ちを待ってからでもいいのではないか。“空腹をエンターテインメントにする”ことが重要なのは、以前この連載でも書いた通り。
それと「物語」。
大体において現代ではあらゆる事象が、数値化、データ化されていて、客観性が尊ばれる風潮がある。それも大事だが、もっと主観が大事だと考えるのである。無論、ただ思うがままに「これは不味い」と言うのではなく、である。私の言う「主観」は、自分の体験に「食べる」という行為を刻み込み、それ自体を自身の「物語」にすること。第三者の評判や、蜘蛛の巣グラフのような食レビュー表に惑わされることではない。
私は、旅に出た時、落ち込んだ時、楽しかったことがあった時など、つまり、何かしら心が動いたその日に「音楽」を買うようにしている。可能な場合は実際にショップへ行ってフィジカル盤を買うが、実際には難しい時が多いので、その場合はダウンロードなどをする。それからしばらくは、その時の出来事を反芻しながらその曲を聴きまくる。すると、その曲が自分にとって特別なものになるのである。しばらくして、またその曲を聴いた時に、あの日の天気、匂い、気分が蘇ってきたら大成功だ。これが「曲の物語化」である。
これと同じようなことを「ラーメン」でも出来ると私は提案したい。
例えば、カリスマ店主のバイオグラフィーに没入していただくのもアリだとは思う。そういうマニアも多くいる。しかし食べるのは自分だ。己の血肉になるこの食体験は自分だけのものだろう。私小説を書くように、まるで走りながら発電するダイナモのように、である。そうすれば、「不味いラーメン」も「普通に美味いラーメン」も、自分にとって「大事なラーメン」となるはずなのである。
きっと今までは、点と線しかない平面図のような味わい方が主流だったのだろうと思う。ところがもっと立方体のように三次元で考える必要が出てきたのが、ラーメンのややこしさではないだろうか。
「味の傾向(スープおよび麺)」「革新性と保守性」「独自性(プロデュース力&店のこだわりポイント)」から、「ホスピタリティとベネフィット(恩恵)」といったビジネス・タームのような客観性、プラス、自分自身の状態、個人的体験などの主観性まで、点と線が縦横斜めに構成され完成する。
あたかもそれは九鬼周造の『「いき」の構造』にある“趣味をあらわす直六面体”(下図)のような複雑なものになっているのかもしれない。そうでもなければ、「美味い」と「不味い」の中間にある複雑な心理を捉えることが出来ないのである。それこそ九鬼周造が「媚態」と「意気地」と「諦め」の三要素から、フワッと「粋=いき」なるものが浮かび上がると喝破したようにである。なんとも難しいじゃないか。
53歳の挑戦
考えすぎたようだ。どうせ答えなんかないし、私では見つけられない(それに今回もこのラーメン論を締められないようだ)。
最後に、私の「今」を書いておこう。
私には食べられないラーメンが出てきている。
先日、昔からよく行っていた、とあるラーメン屋に別れを告げに行ってきた。とはいえ一方では、「ひょっとしたら別れなくて済むんじゃないか」と淡い期待もあった。そんな思いを胸に秘め、井の頭線沿線のその駅に降り立った。
以前、半年ほど前のことか、約10年ぶりに訪れた時に覚えた違和感が忘れられなかった。その店は普通盛りが250グラムはある多加水麺のお店。表面は照り照りとラードが輝く、魚介系スープが特徴の老舗だ。
20〜30代の頃はせっせと通い、飽きても、また思い出しては食べに行っていた店。そんな大ファンだった自分が覚えた違和感をどうしても認めたくはなかった。休場は続いてはいたけど、まだ優勝できると思っているカド番大関のような気分だ。「俺はまだやれる!」と。
前日から調整はしていた。決戦となる翌日の昼に備え、前の晩はバナナスムージーだけで済ませ、当日の朝は子供の残したうどんの残りを少しだけすすった程度。もちろん数日前からはイメトレにも励み、寝る前には全盛期の頃(大盛りを平らげ、店の人に感心されていた時代)を思い出し、ネットでその店にまつわるストーリーを読んだ。そして当日、子供を強く抱きしめてから家を出た。暑いくらいの、日差しが眩しい天晴れな天気だったと記憶している。
そして結果は……、無念。
食べきれなかった。
お別れだ。否、これから一生あのラーメンを食べないということではないし、ましてや、そのラーメンを否定するのでもない。こちらの「現役引退」だ。
齢53歳。そんな域にさしかかって来ている人物の食エッセイだと思って次回以降も読まれたい。
(次回につづく)
*次回は、9月22日金曜日更新の予定です。
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マキタスポーツ
1970年生まれ。山梨県出身。芸人、ミュージシャン、俳優、文筆家など、他に類型のないエンターテインメントを追求し、芸人の枠を超えた活動を行う。俳優として、映画『苦役列車』で第55回ブルーリボン賞新人賞、第22回東スポ映画大賞新人賞をダブル受賞。著書に『決定版 一億総ツッコミ時代』(講談社文庫)、『すべてのJ-POPはパクリである』(扶桑社文庫)、『越境芸人』(東京ニュース通信社)など。近刊に自伝的小説『雌伏三十年』(文藝春秋)がある。
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とは
はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。
「考える人」編集長
金寿煥
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1970年生まれ。山梨県出身。芸人、ミュージシャン、俳優、文筆家など、他に類型のないエンターテインメントを追求し、芸人の枠を超えた活動を行う。俳優として、映画『苦役列車』で第55回ブルーリボン賞新人賞、第22回東スポ映画大賞新人賞をダブル受賞。著書に『決定版 一億総ツッコミ時代』(講談社文庫)、『すべてのJ-POPはパクリである』(扶桑社文庫)、『越境芸人』(東京ニュース通信社)など。近刊に自伝的小説『雌伏三十年』(文藝春秋)がある。
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