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料理は基準

2024年10月11日 料理は基準

第10回 味噌汁にトーストという大問題(9月7日筆)

著者: 土井善晴

一汁一菜でよいという提案』がベストセラーになり、「一汁一菜」を実践する人が増えてきました。土井先生の毎日の実践を、旬の食材やその日の思考そのままに、ぎゅっと凝縮するかたちで読みたい! というたくさんの声を背景に、土井先生に、日々の料理探求を綴っていただきます。四季折々にある料理の「基準」とはなにか、ぜひ味わって、そして、自分なりの料理に挑戦してみてください。

 味噌汁にパンを入れるなんて⁉︎

 西洋料理ならポタージュスープにクルトンを浮かべることで、和食なら汁に麩を浮かべることだから、なんの違和感も私にはない。だが、パンを入れることを面白がる、テレビディレクターに聞いてみた。

 「どうして味噌汁にパンを入れたらいけないと思うのですか」

 味噌汁にパンを入れたら怒られそうだと言う。彼は誰に叱られるのだろう。

 それが若い人にとっての常識なのだろうか。常識が他者との共通善なら、パンを入れることは悪、罪にもなる。人間は一人で罪を犯せるか。罪とは神への冒瀆であり、他者への冒瀆だ。他者とは自然であり、人であり、物である。

 味噌汁とトーストという朝ごはんの献立で、自分でバターを塗ったトーストを味噌汁に浸して食べた。フランスの人が硬いパンを焼き直し、カフェオレに浸して食べるのと同じだ。とはいえ、飲食店で、味噌汁にトーストを突っ込んで出されたら、私はたぶん怒ると思う。お茶漬けも、お茶をかけて出されたら嫌だなと思う。それは自分ですることだ。

 食事とは、料理して食べること。食べるだけなら動物と同じ野性だと思う。料理という理性が野性を制御する。理性は秩序を守っているからこそ、その中に自由がある。  

 人間の進化の出発点は野性だ。だが、だから野性は素晴らしい、自由はすばらしい、とは言えない。都合の良い自由は破壊に繋がり、傲慢な自由は戦争になる。

 一人で食べるだけなら、好き勝手にして構わない。けれど、味付けは自由ではいけない。そして、料理する人の工夫、味付けはクリエーションだが、万人を喜ばせるものではないのだ。

 

*第11回は、10月18日金曜日配信の予定です。

 

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

土井善晴

1957(昭和32)年、大阪生れ。芦屋大学教育学部卒。スイス、フランス、大阪で料理を修業し、土井勝料理学校講師を経て1992(平成4)年、「おいしいもの研究所」を設立。十文字学園女子大学特別招聘教授、甲子園大学客員教授、東京大学先端科学技術研究センター客員研究員などを務め、「きょうの料理」(NHK)などに出演する。著書に『一汁一菜でよいという提案』(新潮文庫)、『一汁一菜でよいと至るまで』(新潮新書)、『くらしのための料理学』(NHK出版)、『味つけはせんでええんです』(ミシマ社)、『お味噌知る』(土井光さんとの共著、世界文化社)など多数。


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