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対談 阿古真理さん×村井理子さん 私たちは「ダメ女」なのか?

昨秋発売された、生活史研究家・阿古真理さんの『料理は女の義務ですか』が好評だ。夫婦間の家事分担をめぐる論争が活発になってはいるが、現状はなかなかうまくいかない。本書のなかでも引用されていた、キャスリーン・フリン(村井理子訳)『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』がヒットしたことで、「料理や家事ができない自分はダメなんだろうか?」と悩む女性の存在も顕在化した。家事ってなんでやらなくちゃいけないの? 誰がやるべきなの? 生活者として、そして情報を発信する立場として共通点の多い、阿古真理さんと村井理子さんの濃密な対談をお届けする。

料理は女の義務ですか
阿古真理/著
2017/10/14発売

――阿古さんが書かれた『料理は女の義務ですか』の中で『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』(以下、『ダメ女』)にも紙幅を割いて言及なさっていました。それを読んだ村井さんがTwitterで紹介したのをきっかけに、今日の対談が実現しました。

阿古 この『ダメ女』は、37歳でパリの名門料理学校「ル・コルドン・ブルー」を卒業して料理研究家となった著者キャスリーン・フリンが料理教室を開いた体験ルポです。単なるルポに終わらず、その背景にある、食が内包しているたくさんの社会問題が浮き彫りになっていて、とてもおもしろかったです。なにより、料理を学んでいる女性たちの切実さが胸を突きました。
 キャスリーンは料理を教える前に、生徒たちの自宅の台所を訪問していますね。あそこで「親の手料理を知らないまま育った」などといった、なかなかつらい、とてもアメリカ的な、でも日本にもあるような問題をそれぞれが抱えていることが判明します。そういった事情が料理を難しいと思わせているということが、今までなかったような視点と掘り下げ方で書かれていて感銘を受けました。
 担当編集者が先にこの本を見つけてくれて読んだのですが「これは絶対本に入れましょう」と私から言いました。そのおかげで深みが増したと思いました。

ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室
キャスリーン・フリン/著
村井理子/翻訳
2017/2/9発売

村井 どうもありがとうございます。確かにあの本自体が、日本ではなかなか難しいのではないかと思われる踏み込み方をしてますね。最初にまずスーパーマーケットで偶然出会った女性をキャスリーンが尾行するところから始まるのもアメリカ的です。キッチンの中に入れてというだけでもかなりハードルが高いし、料理教室に入るためにラジオ番組を聞いて電話やメールをするというところも、個々人の事情のさらけ出し方もアメリカ的。今までなかったパターンの物語ではないでしょうか。
 後日談もあって、あの本に出てきた女性の生徒ほとんどがもう離婚しています(笑)。引っ越して遠くにおられるとか、シングルマザーになったとか、いろいろ人生も移り変わっていて、そこもなかなかアメリカっぽい。
 日本の女性は、こと料理になると深いところで悲しみやつらさを抱えている人が意外に多くいると思っていたのですが、アメリカでも同じだとわかりました。この2、3年ぐらいで、今までずっとあまり表に出してこなかった、料理に対する複雑な感情をカミングアウトするタイプの本が出てきましたね。そのためか、「ある過去の出来事によってつらい思いをしたせいで、今料理をするのが大変だ」という方が前に出て言葉にできるようになってきたというムーブメントを感じます。

阿古 それはアメリカにおいてということですか。

村井 いや、日本においてもです。というのは、キャスリーンが来日したときに、ファンイベントを何回か行いましたが、その熱気がものすごかった。各回100人ぐらいの女性がわっと来られて、皆さん涙しながらキャスリーンの話を聞いたり、自分の体験に即して「この本を読んで救われた」みたいなことをおっしゃって、私自身もびっくりしました。ここまで抱え込んでしまうほど、料理というのは女性の人生を大きく左右するものなのかなと、私も改めて学びました。

阿古 なるほど。料理って生活そのものですし、それまでの生い立ちとか経験とかが全部絡んできますね。
小林カツ代と栗原はるみ』という料理研究家の本を書いたときに、歴代の料理研究家の方の話を調べていくと、料理研究家になってから離婚する方が多いという印象を受けました。一般的にも、主婦だった人が仕事を持つことで夫婦がうまくいかなくなって離婚というのはよくあるパターンではあります。夫婦は一緒に変わっていかなければ、ずっとパートナーでいることは難しい。女性だけがどんどん変わっていくことによって夫婦の間が離れていくというのは、とても皮肉な現象だなと思ったんですね。皆さんに家庭で温かい食卓をつくってもらうために仕事をしているのに、その本人はそんな食卓を囲むどころではないほど忙しいし、つくっているのは家族に対してではなくて不特定多数の読者に対してだから……。

村井 本当に皮肉な状況ですね。

阿古 そう、そこがやっぱりすごく皮肉な仕事だなとは思ったんですね。
 あと、この本をつくっているときに、料理をどう考えるのかということにちゃんと一度向き合わないといけないと思ったんです。そのときから、この『料理は女の義務ですか』の構想は自分の中には以前からありましたが、あまりにも壮大なテーマなのでなかなか形にならず、目次をつくるまでに2年ぐらいかかっています。料理ってこんなに難しいテーマなんだなと痛感しました。

村井 すごくよくわかります。私も料理に関してはアップダウンがあって、今はすごくイヤな時期です。面倒くさいというか、苦痛で仕方がないぐらいイヤ。自分が食べるものは何でもよくなってきていて、家族のためにつくらなくちゃいけないことに葛藤している時期ですね。

阿古 いつごろからそうなんですか。

村井 この3、4年はずっとしんどいですね。同じメニューを何とか回していくだけ。レシピ本を買いはしますが、レシピを読んでまで料理するパワーが、今は他のことに奪われている。今や、料理は自分の作業を止めるものでしかない。

阿古 ああ、わかります。

村井 自宅で翻訳などの仕事をしていますが、夢中になっているときに料理によってぶちっと途切れるのがすごくイヤ。一回書いていて止めちゃうと、またそこから戻るのに、何時間、何日もかかるときがある。

阿古 私は結婚したころから10年ぐらいは、そういう期間がありまして。

村井 長いですね(笑)。

阿古 長かったですよ。途中体調を崩して、ほとんど料理できない時期も含めてですが。
 実は『小林カツ代と栗原はるみ』を書いたことが転機になりました。歴代料理家の方々が真摯に料理に取り組んで、こんなに料理は楽しいと言っていることに胸打たれまして、それと同時に、女性の問題にも真正面から取り組んだことで、地平が開けて料理が楽しくなったんです。
 それまでは偏ったフェミニズムの知識が自分の中にあったり、先輩たちから「家事も分担しないといけないよ、大変だよ」とさんざん聞かされたりしたんですね。そのせいか、ひとり暮らしのときはそれなりに家事を楽しくやっていたのに、結婚した途端、なんで私ばっかりやらなきゃいけないのと不満を抱くようになりました。

村井 独身のときは、私もすごく楽しかったんですよ。

阿古 そう。なのに、私が家で働いているときに、こっちでくつろいでいる人がいると気持ちが変わる。

村井 腹立ちますね(笑)。
 あと「野菜炒めでいいよ」っていうセリフは許せない。いいよってどういうこと? 今日はしんどいから野菜炒めで我慢してやるというニュアンスが腹立たしい!

阿古 「面倒くさかったら鍋でいいよ」も同類ですね。

村井 そうそう。全部面倒くせえよ!(笑)

阿古真理氏
村井理子氏

野菜売り場のオーラにやられる

阿古 料理をするほうが損している感って、料理は買い物する前の段階から始まっているから生ずるのではないでしょうか。献立を考えたり、買い物に行ったり、残り物をチェックしたりする作業もぜんぶ含めて、「料理」ですから。

村井 一週間の献立なんて、どうやって立てたらいいんですか? 一週間で買うべき何十という買い物をエクセルシートに打ち込んだらいいの? なんて考えてしまう。
「献立を考える」ってすごく高度な技ですよね。今でも買い物はものすごく苦手。行ったら面倒くさくって、時々一周回って帰ってくるときもあるぐらいです。オーガナイズできない。

阿古 買い物は時間がかかる。私の場合は、肉売り場に行ってこの肉を買ったから、野菜売り場に戻ってあの野菜を買い足すみたいな感じになって、売り場と売り場の間を何往復かしてしまうんですよ。

村井 わかります、わかります。スーパーに入るとまず最初は野菜売り場じゃないですか。あれってちょっと萎えません? 自分が元気でないと、野菜は買えないんですよ。野菜のオーラというか、生命感にうわーってやられるんです。

阿古 あ、なるほど。肉は完全に死んでいますからね(笑)。

村井 野菜売り場は、メンタルに来るんですよ。

阿古 だって肉は切られて死んだ状態で売ってますが、野菜は冷蔵庫に入れたら育つぐらいですからね。まだ野菜は生きているんですよ。だから、それのせいではないかなんて思います。

村井 私も時々、生協の申込書を一番最後のページから見てみたり、スーパーでも一番最後のヨーグルトのあたりから行ったり、そうやって気分を変えないと面倒くさくって。

阿古 気分を変えるって結構大事ですね。私は数年ほど前から、食のイベントに行って、珍しい食材や生産者が直売する元気いっぱいの食材を買って帰る楽しみができました。そうしたらそれを使わなきゃいけないから、じゃあこれはどうやって食べようかなとウキウキするんです。でもそのウキウキ感は、日常のスーパーではないんですよ。

村井 そうですね。ちょっと特別感がありますよね。かわいらしい文房具を買ったときぐらいの高揚感が、ファーマーズマーケットに行くとありますね。

阿古 しかも買い手と売り手とのやりとりの中で、あの人が売ってくれたんだから大事に使わなきゃなとか、自分が知っている生産者のものだったりとかすると、ああ、頑張ってつくったんだから食べてあげなきゃなと思う。
 もしかしたら、包丁とか調理道具を替えるといいかもしれません。うちは夫がなぜか包丁好きで、5本持っているんですよ。パン切りナイフ以外は全て夫のリクエストで。『小林カツ代と栗原はるみ』がそこそこヒットしたものだから、合羽橋(かっぱばし)(東京にある、調理道具専門店が建ち並ぶ一画)に菜切り包丁を買いに行こう、って2人でなぜか張り切っていて。

村井 うちの夫も同じです! この前『人間をお休みしてヤギになってみた結果』が出たあと、夫がバイクのエンジンを買っていました(笑)。なんか気が大きくなったみたいです。自分の仕事じゃないのに、図々しいですよね(笑)。

第2回はこちら

料理は女の義務ですか

料理は女の義務ですか

阿古真理

2018/10/14発売

小林カツ代と栗原はるみ

小林カツ代と栗原はるみ

阿古真理

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ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室

ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室

キャスリーン・フリン,村井理子

2017/02/09発売

人間をお休みしてヤギになってみた結果

人間をお休みしてヤギになってみた結果

トーマス・トウェイツ, 村井理子

2017/11/01発売

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考える人とはとは

何かについて考え、それが「わかる」とはどういうことでしょうか。

「わかる」のが当然だった時代は終わり、平成も終わり、現在は「わからない」が当然な時代です。わからないことを前提として、自分なりの考え方を模索するしかありません。

わかるとは、いわば自分の外側にあるものを、自分の尺度に照らして新しく再構成していくこと。

“Plain living, high thinking”(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)*を編集理念に、Webメディア「考える人」は、わかりたい読者に向けて、知の楽しみにあふれたコンテンツをお届けします。

*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹

著者プロフィール

阿古真理
阿古真理
1968(昭和43)年兵庫県生まれ。作家・生活史研究家。神戸女学院大学卒業。食や暮らし、女性の生き方などをテーマに執筆。著書に『昭和育ちのおいしい記憶』『昭和の洋食 平成のカフェ飯』『小林カツ代と栗原はるみ』『なぜ日本のフランスパンは世界一になったのか』等。

対談・インタビュー一覧

村井理子
村井理子

翻訳家。訳書に『ブッシュ妄言録』『ヘンテコピープル USA』『ローラ・ブッシュ自伝』『ゼロからトースターを作ってみた結果』『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『兵士を救え! マル珍軍事研究』『子どもが生まれても夫を憎まずにすむ方法』『人間をお休みしてヤギになってみた結果』『サカナ・レッスン』など、エッセイに『(きみ)がいるから』がある。『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』(KADOKAWA)で、「ぎゅうぎゅう焼き」ブームを巻き起こす。ファーストレディ研究家でもある。

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