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阿古真理×村井理子 私たちは「ダメ女」なのか?

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対談場所「新潮社クラブ」のキッチンにて。「おばあちゃんちみたいで懐かしい!」とお二人から歓声が上がる。

サバイバル能力としての「料理」

村井 阿古さんのところはお2人とも料理なさっていいですね。本当に全くうちの夫は何もやらない。
 最近、『子どもが生まれても夫を憎まずにすむ方法』という本を訳したのですが、締め切りがキツくて時間がなかったので、ゲラを夫にチェックしてもらっていたら「俺に嫌がらせでおまえはこれを読ませているんじゃないか」って。「違う、時間がないからとにかく読んで」って答えましたが、そうしたら、少しはキッチンに立つようになりました。ペペロンチーノやラーメンを自分でつくったり、双子の息子と一緒に、男3人でバーベキューをするようになりました。

子どもが生まれても夫を憎まずにすむ方法

ジャンシー・ダン/著
村井 理子/訳
2017/9/26

阿古 村井さんがいないときに、せめて子どもたちの分をつくってくれたら、だいぶ違うと思います。

村井 全然違いますね。
 とはいえ、夫はどうでもいいんだけど(笑)、子どもにはきちんと食べさせたいと思うから、どうしても料理をやってしまうんでしょうね。40を超えた男の人に一からキッチンに立ってやってと言うのはなかなか難しくて、説得するというか、教えるのに1時間かかるんだったら、自分は10分でできるじゃないですか。だからやってしまうんですよね。

阿古 息子さんたちが大人になったときに、料理のできない男は多分モテないし結婚も難しいだろうから、そうするとお父さんが料理をする背中を見せてあげないといけないという「食育」の観点からのアプローチはどうですかね。

村井 それはずっと言っていて、息子たちは自分たちでやるようになりました。私が「料理には、男の子とか女の子とか関係ないんだよ。自分がどうやって生きていくか、サバイバル能力なんだ」と子どもたちに言っているからです。
 子どもって意外に工作みたいなノリで料理をやりますよね。先入観のない、真っ白なままだったら、別に料理が女の子の仕事とも思わない。ただ、火を触られるのは怖いので、なかなか全部はやらせませんけれども。

阿古 もう10歳なら家庭科の授業も始まっていますから、そろそろ火を使わせてもいいかもしれませんよ。

思い出したくない「ワンオペ双子育児」

村井 子どもが生まれても夫を憎まずにすむ方法』を訳して思ったのですが、夫婦間のコミュニケーションも、なかなかうまくいかないことが多いですね。「言ってくれればよかったのに」と「言わなくてもわかっていると思っていた」という両者の言い分が交差する。いつまでたってもその繰り返しで、いつになったら2人で同じ方向を向いていけるのかな。
 これから先、子どもが大きくなって手がかからなくなったと思ったら、今度は他のいろいろな問題がやってきますよね。人生が大きく動き出すときに、ベースとなるところでお互いにきちんと信頼関係を築いていないと大変ですよね。

阿古 夫婦を長くやっていると、以心伝心だと思い込んでしまって、「言わなくてもわかってくれよ」という甘えがお互いにどんどん出てくる。だから『子どもが生まれても~』を読んで、ああ、私のことだと思いながら読んでいました。言わなくてもわかるようになる部分ももちろん出てきますが、でもやっぱり別の人間なんだから、言わなきゃわからない。

村井 私自身は一番しんどかったのが、子どもたちが小学校に入るまでの時期でした。双子な上に、完全なワンオペの育児。ずっと双子が家にいて、私もずっと家で仕事をしていて―そのころの記憶を私はもう封印しています。写真も見ない。それぐらいイヤな記憶。誰が悪いわけでもないし、誰かを憎んでいるわけじゃないけど、もういいやっていう。
 だから、私の子どもたちが結婚して誰かと夫婦になったときに、同じことが起きなければいいなとすごく思いますね。まさか自分の子どもが赤ちゃんのころの写真を見たくないと思うような未来が来るとは思ってなかったので。

阿古 かなり現代的な問題ですね。そのとき村井さんの旦那様は会社員で、村井さんのお仕事はどういう状況だったんですか。

村井 今とほとんど同じです。家で翻訳をしていました。

阿古 だから家にいるほうに、どうしても家事の負担がかかってきますよね。それまで家事をシェアしていた夫婦なのに、子どもという複雑な手のかかる存在が出てきたときに、妻のほうが圧倒的に多い家事を分担するようになるというのはよく聞く話です。

村井 突然9:1になるんですよね。なぜそのバランスが急に崩れるのか。

阿古 日々こまめに動いている自分が動いちゃったほうが早いって思ってしまうんでしょうね。そうするとやらなくて済むことはやらないほうがいいと、夫は甘えていく。やはりそこで溝が生じるというのがよくあるパターンではないでしょうか。

村井 そうですね。「女の門番効果」といって、妻側も夫の家事参加をシャットアウトしてしまう。男性は「うんちをしたおむつは替えないが、外では遊ばせる」といった選択的育児参加で、どこの世界でも同じことが繰り広げられているんだなとびっくりしました。アメリカはもう少し男の人が育児に積極的に参加するイメージがありました。『子どもが生まれても~』に、インスタグラムをやっている人は、赤ちゃんにパンケーキを焼いた写真を載せても、トイレ掃除をしている写真を載せないと書かれていて、「ああ、そうか。確かに男性は選択的な育児参加をするな」という発見がありました。

阿古 あとは、妻が自分の無能さをどれだけ夫に見せるかというのもポイントではないでしょうか。うちの夫は最近お風呂とトイレ掃除をやってくれるようになりましたが、以前は私が「やったよ」と言っても「これは掃除できてない」と指摘されていたんです。その繰り返しだったので、どこかで匙を投げたようです。俺がやったほうがきれいになるし、そのほうが俺は気持ちいい、と。

村井 でもそこで、女性が「じゃあやって」って言えるか。

阿古 いつの間にかやるようになっていました。それは、私が仕事が忙しくなった時期と重なるんです。だから、奥さんが大変なんだということがわかるということと、奥さんに言っても無駄だなというふうに思わせることと、あとは俺のほうができるって思わせる。「俺のほうができる」は、意外と大事かもしれない。

村井 できるわと言っておく。うちも、さっき部屋の中を掃除した写真が送られてきましたが、このアピールは何ですかっていう(笑)。

阿古 この間もエッセイで書いてらしたじゃないですか。自分が…。

村井 そう、いなくなると夫が家の中をピッカピカにするんですよ。自分はピッカピカのほうが好きだから。そして、写真を送ってくる。

阿古 だから、それはチャンスですよ。あなた、これすごい、私にはこんなことはできないって言って。

村井 前回の東京出張で、彼は大きく変わったんですよ。すごくきれいに掃除もやるようになったし。私も、もうあなたがやったほうがいいよって言えるようになった。以前はどこか行く前は、私も部屋の中を、完璧にして行ったんです。冷蔵庫にタッパーとか全部詰めて。今回はそういった準備はゼロ。荒れ地のようにして出てきました。

阿古 すごい。そこで、インスタントラーメンを食べていても目をつぶるんですよ。一年に何回かバランスの悪い食事したって、別に健康は壊れないと思います。

村井 でも、そこをなぜか言っちゃうんですね。一回ぐらい食べたって死にやしないのに、何で子どもにこんなものを食べさせるのとかね。男性は、いくら頑張っても奥さんからのチェックが入るから、最終的に嫌になっちゃう。それでどんどん自信を失って、結局やらなくなっちゃう。お互いに悪いところはあるんですね。

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阿古真理

阿古真理

1968(昭和43)年兵庫県生まれ。作家・生活史研究家。神戸女学院大学卒業。食や暮らし、女性の生き方などをテーマに執筆。著書に『昭和育ちのおいしい記憶』『昭和の洋食 平成のカフェ飯』『小林カツ代と栗原はるみ』『なぜ日本のフランスパンは世界一になったのか』等。
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むらい・りこ 翻訳家。訳書に『ブッシュ妄言録』『ヘンテコピープル USA』『ローラ・ブッシュ自伝』『ゼロからトースターを作ってみた結果』『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『子どもが生まれても夫を憎まずにすむ方法』『人間をお休みしてヤギになってみた結果』『サカナ・レッスン』『エデュケーション』『家がぐちゃぐちゃでいつも余裕がないあなたでも片づく方法』など。著書に『(きみ)がいるから』『村井さんちの生活』『兄の終い』『全員悪人』『家族』『更年期障害だと思ってたら重病だった話』『本を読んだら散歩に行こう』『いらねえけどありがとう』など。『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』で、「ぎゅうぎゅう焼き」ブームを巻き起こす。ファーストレディ研究家でもある。

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

阿古真理
阿古真理
1968(昭和43)年兵庫県生まれ。作家・生活史研究家。神戸女学院大学卒業。食や暮らし、女性の生き方などをテーマに執筆。著書に『昭和育ちのおいしい記憶』『昭和の洋食 平成のカフェ飯』『小林カツ代と栗原はるみ』『なぜ日本のフランスパンは世界一になったのか』等。

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