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ロジャー・ペンローズ インタビュー

2020年10月22日

ロジャー・ペンローズ インタビュー

ペンローズへの巡礼 後篇

著者: ロジャー・ペンローズ , 茂木健一郎

2020年のノーベル物理学賞受賞者のひとり、ロジャー・ペンローズ。受賞を記念して、「考える人」2005年夏号〈「心と脳」をおさらいする〉特集に掲載された茂木健一郎氏によるロングインタビューを改めてここに掲載します。

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脳の中の量子力学

 ペンローズ以外にも、量子重力、より一般に量子力学の効果が、意識の起源に深い関わりをもつと考える研究者は多い。とりわけ、量子力学が、意識の持つ「非局所性」を説明する上で有力な可能性を提供すると考える人は多い。
 その一方で、量子力学が対象としている電子のようなミクロの粒子と、脳の間には大きなスケールの差があることから、意識と量子力学が関係するという考え方は、ナンセンスだとする人もいる。そのような人たちは、脳の中の量子力学的プロセスが重要だとする説(量子脳理論)を次のように揶揄する。

 意識はミステリアスである。量子力学もミステリアスである。だから、両者は関係し合っているに違いないというわけさ!

 二つの「ミステリアス」が安易に結合した結果が、量子脳理論だというのである。
 ペンローズ自身は、そのような批判をあまり気にしていないようである。

「私は、意識の本質は、『細胞』という単位よりも小さなレベルの現象だと考えています。たとえば、マイクロチューブル(*13)(細胞内にある、管状のミクロな構造体)で起こる量子力学的な計算が関与している可能性もあると思いますし、中心体(*14)(細胞内にある構造体、細胞分裂において重要な役割を担う)が、近赤外線を通してお互いにコミュニケーションをしている可能性もあるのではないかと思うのです。
 何よりも、マイクロチューブルや中心体は、はっきりと定義された幾何学的構造をもっており、量子力学的計算の媒体にふさわしいように思われます。このような微小な構造体の中にこそ、意識を支える洗練された量子力学的振る舞いが隠されている可能性があるのではないでしょうか? 量子力学を考えない古典的なレベルで、単なる、大きな神経細胞のネットワークだけを考えているのは、どうも、私にとってはそれほど面白いことのようには思えないのです。
 何よりも、もし、本当に古典的な神経細胞のネットワークだけが全てだとしたら、意識と無意識のプロセスの本質的な差がなくなると考えます。意識は、古典的なレベルと、量子力学的なレベル(*15)が共存するからこそ、生まれてくると私は考えるのです。量子力学的なレベルの古典的レベルへの『染み出し』が、意識なのではないでしょうか」

 ペンローズがこれほどまでに量子力学にこだわるのは、意識の問題を離れても、それが現代の物理学に残された最大の謎の一つだからである。
 量子力学が誕生する以前の「古典的」な世界観の下では、全ての物質はそれぞれの時刻にある定まった位置(点)を占めているという、「粒子」としての性質を持っていた。そのような「粒子」が沢山集まって、私たちの身の回りにある机や椅子、コップといった物質ができていると考えられていたのである。
 二十世紀の初頭に、電子のような目に見えない「ミクロな」粒子は、私たちの身の回りの「マクロな」物質には見られない、不思議な振る舞いをすることが様々な実験によって明らかにされていった。そのようなミクロの世界の不思議な性質を説明するのが量子力学である。
 現在では、電子のようなミクロな粒子は、全て「粒子」としての性質と「波」としての性質の両方を持っていると考えられている。「粒子」としての電子は、それぞれの時刻にある決まった場所にいるという、数学的に言えば「点」としての振る舞いをする。それに対して、「波」としての電子に注目すると、同時に複数の場所にいるという不思議な性質を持つことになる。たとえば、電子を二つのスリット(隙間)が空いたスクリーンに向けて照射すると、電子は「波」としての性質も持つので、二つのスリットを「同時に」通り抜けてしまうのである。
 一つの電子が同時に「波」であり、「粒子」であるという一見矛盾する二つの見方をつなぐのが、量子力学における「波動関数」(*16)である。電子は、私たちがその位置を観測しないうちは「波」として振る舞っているが、写真乾板に焼き付けるなどして「観測」すると、「粒子」としてはっきりと決まった場所を持つに至る。この、広がりを持った「波」から「粒子」への「波動関数の収縮」(*17)の過程を通して、電子がどこで観測されるかという「確率」が決まる。量子力学とは、この、観測の「確率」を予言する理論のことを指すのである。

コペンハーゲン解釈を超えて

 ペンローズは、量子力学の現在の標準的な解釈に対して、一貫して異を唱えてきた。コペンハーゲンに住む学者たちによって唱えられたので「コペンハーゲン解釈」(*18)と呼ばれる現在の標準的な解釈は、「観測する」ことや、観測のために使われる「装置」について、従来の常識的な立場を維持し、その中で量子力学をいわば「便利な道具」として使おうとする。ペンローズは、そのような態度を捨てなければ、量子力学が本来秘めている奥深い世界観には到達できないし、意識の問題も解けないと考えているのである。

 ペンローズは、波動関数の収縮は、観測によってではなく、重力の効果によって生じると考えている。そして、この収縮こそが、意識を支える、「非計算論的」プロセスだと主張しているのである。
 ペンローズの主張は、現在の物理学界において決して主流のものではないが、同時に、もし本当だとすれば、私たちの世界の見方を根底から変える、きわめて大胆で魅力的な仮説である。

「そもそも、現在の標準的なモデルであるコペンハーゲン解釈には、論理的な整合性の問題があります。そこで前提とされている『古典的な測定装置』(*19)や、『観測』といった概念そのものが、量子力学の枠組みの中で論理的な整合性があるのかどうか、大いに疑問なのです。
 確かに、歴史的に見れば、ニールス・ボーア(コペンハーゲン解釈の主唱者)(*20)自身は、あのような選択をするしかなかったと思うのです。どんな形でも、量子力学の基礎を確立しなければ、科学が進まなかったのですから。しかし、だからこそ、コペンハーゲン解釈は、いわば、理論を進めるために一時的につくった『作業仮説』(*21)に過ぎなかったと考えるべきだと思うのです」

―もう、作業仮説としての賞味期限は切れた、とお考えなのですね。

「そうです。私は、量子力学の基礎に横たわる問題を、純粋に物理学の問題として解きたいと思っています。人々は、私が心の問題を物理の問題に持ち込みたがっていると思っているようですが、話はむしろ逆だと思います。コペンハーゲン解釈の方が、むしろ、不用意に物理学に意識の役割を導入してしまっています。何しろ、『波』としての性質を表す波動関数が、『粒子』になるためには、誰かが『観測』することが必要だというわけですから!
 そこでは、意識が何の説明もなしに、暗黙のうちに前提にされてしまっているのです。それでは、量子力学はもちろん、意識の問題も解けるはずがありません」

―それでは、意識の起源と、量子力学の関係は、本来どのようなものなのでしょう?

「意識ある主体が観測することで波動関数の収縮が起こるわけではないと思います。むしろ、話は逆で、波動関数が自然法則に従って収縮する過程で、意識が生み出されると考えられます。私たちの意識は、客観的なプロセスとしての波動関数の収縮をうまく利用してゼロから生まれて来るものなのです!
 意識はいわば自然法則の結果であり、原因ではないのです。私の言っていることは、いわば『汎心論』(*22)のような立場だということができるかもしれません。しかし、同時に、私は不用意に意識の存在を物理学の説明原理として導入することには反対です。まずは、あくまでも物理的過程として様々なことを説明すべきだと考えるのです」

―その場合、「主観」と「客観」の間の関係はどうなりますか?

「あくまでも客観的な立場を貫くことは、重要です。それは、この世界に住む多くの人たちそれぞれの主観的な状態に依存しない形で理論をつくろうとする努力だと思います。
 コペンハーゲン解釈のように、主観性を不用意に前提にすることは、私にとっては満足できるやり方ではないのです」

―量子力学の本当の姿を明らかにするために、当面の目標としていることがありますか?

「現在、波動関数の収縮の過程を実験的に検証しようと試みています。カリフォルニア大学サンタ・バーバラ校の共同研究者と一緒に、波動関数の収縮の過程を実際に観測してしまおうと思っているのです。量子重力の理論を用いると、どのようなスケール、どの程度の時間内に波動関数の収縮が起きるか、ある程度予測することができるのです。
 もう一つのポイントは、ツイスター理論(*23)です。実は、ツイスター理論に関する新しいアイデアを、昨日思いついたばかりなのです」

―それは興味深いですね!どのようなアイデアですか?

「意識の起源を解明する上でも最も重要な量子力学の『非局所性』という性質が、ツイスターを使うと自然に表現できそうなのです。
 量子力学における非局所性というと、今まで、私たちはどうしても複数の粒子が関与したプロセスのことだと考えがちでした。たとえば、お互いの波動関数が『絡み合って』しまった二つの粒子が、宇宙の中でどれだけ離れてしまっても関係性を保ち続ける、『アインシュタイン、ポドルスキー、ローゼンのパラドックス(EPRパラドックス)(*24)』がその一例です。
 ところが、昨夜、ツイスター形式の下では、たった―つの粒子でも、その波動関数の中に、自然に非局所性が含まれているということに気付いたのです」
 ここで、ペンローズは立ち上がると、黒板の上に『ペンローズの三角形』を書いた。
「ツイスターを使うと、量子力学の波動関数はどのように書けるのか。この三角形を使うとうまく説明することができます。この三角形の三つの項点は、局所的に見ると、それぞれつじつまが合っているように見えます。その一方で、全体として見ると、このような三角形はあり得ません。ということは、『ペンローズの三角形』というユニークな属性は、非局所的にしか存在していないことになります。
 ツイスター理論における波動関数の表現も、たとえて言えば、この三角形のような形式で書けます。本質的な情報は、非局所的にしか存在しません。局所的な部分を見ると、そこにはもはや情報はないのです。
 ツイスターのこのような性質を、量子力学において、たった―つの粒子でもそこにすでに本質的な非局所性があるという事実を説明することに使うことができるという事実に、昨夜突然気が付いたのです。うかつでした。考えてみれば、非局所性は、すでに一粒子のレベルで本質的に存在しているのです」

 昨日思いついたばかりのアイデアを説明するペンローズは、心から楽しそうだった。その姿は、まるで珍しいキノコを見つけて踊り出す森の妖精のようにも見えた。
 量子力学と心脳問題を巡るインタビューは、さらに続いた。ペンローズは、問題の難しさを認めつつも、最近の展開に確かな手応えを感じているようでもあった。

美意識と創造性

 最後に、ペンローズ自身にとって、自然法則を記述する数学的法則に現れる美がどのような意味を持つのかについて聞いた。

「美意識は、確かに重要です。そもそも、我々はなぜ苦労をしてまで科学をやるのか、偉大な科学上の発見はどうして人々を感動させるのか。このような問題を考える上で、美の問題を避けて通ることはできません。
 とりわけ、何らかの科学的真理を能動的に理解する際には、はっきりとした美意識が伴うように思います。科学的真理の中でも、とりわけ数学的真理については、それを論理的に理解することと、美的に鑑賞することとの間に、深い結びつきがあるように思います。数学においては、それが深い真理であればあるほど、そこには強い美意識が関与しているように思われるのです。
 その一方で、科学的発見において美意識の果たす役割については、慎重にならなければならないと思います。
 というのも、とりわけ基礎物理学においては、ときに、『これは美しいから正しいはずだ!』と主張する人がいるからです(笑)。美意識はあくまでも主観的なものです。美は、一人一人の内的体験としては間違いなく切実なものですが、それだけで客観的な科学の真理に至るわけではない。『美しいから正しいはずだ』と主張しても、神様はその主張を聞き届けてはくれないでしょう」

―『皇帝の新しい心』の中で、「創造することは、思い出すことに似ている」と書いていますが、その点について現在ではどのように考えていますか?

「創造性と記憶との関係は、すでに古代ギリシャのプラトン(*25)も言っていることですね。
 この問題について、基本的に私の考えは変わっていません。数学における発見は、発見したものが真実であるほど、それを発見した時には、『すでにそれを知っていた』という既視感があります。それは、同時に、確かな論理的なつながりがあることが保証されているという感覚でもあるのです。
 個人的にも、発見したものが、後からふり返ってみると、『すでに知っていた』ものだったという感覚は、体験したことがありました。ツイスター理論を最初に思いついた時も、その前から、すでに『このような性質を持ったものが欲しい』という感覚はあったのです。ただ、そのような感覚に導かれて生み出したものが、自分にとっても意外な性質を持っていた、という新鮮な驚きを与えてくれることもあります」

 そう言って、ペンローズは黒板の上の三角形を見つめた。
 私にとっては、ペンローズとの会話自体が、「それは最初から知っていた」という既視感と、新鮮な驚きに満ちたものであった。これから、東京の日常の中で、あの時間の流れの中で起こったことを、何度も思い出してみることになるだろう。

美意識と経験主義

 二時間にわたるインタビューを終え、ペンローズに別れを告げた。
 テムズ川のほとりを、十三名ものイギリスの首相を輩出した名門、クライスト・チャーチ・カレッジの広々とした緑地に向かって歩きながら、会見の内容をふり返った。
 テムズ川の畔にはオックスフォード大学の様々なカレッジのボートハウスが並び、その前を、エイトたちがコックスに励まされて懸命に漕いで行く。確かに、この風景は美しい。しかし、その美しさを前にしていたずらに感傷的にならないのが、イギリス風経験主義(*26)というものであろう。
 ペンローズその人も、数学における類い希な抽象的思考のセンスを持ちながら、生活者としての実際的センスも失わない。人間がこの地上に肉体を持った存在として生き続ける以上、それこそが唯一の可能な態度だということは判っていても、なかなかそうできないのが人間というものである。
 確かに心脳問題は難しい。ペンローズの天才をもってしても、解明の見通しは立っていない。そのような問題を人類の意識の前に突き付けるこの世界は、過酷であり、美しく、奥深い。
 そんなことを思いながらテムズ川を渡る風に吹かれていると、突然、ペンローズその人がとても近しく感じられた。物理的空間の中でどこにいたとしても、ペンローズが向き合っている数学的イデアの世界は、いつでもすぐそこに広がっている。
 心脳問題には解がないかもしれないが、それに真摯に向き合いつつ、しかも実際的な生活者であり続けることはできる。問題が解けなくても、それはそれで意義深く、美しい人生である。
 心のミステリーに向き合うこと自体が、美しい。
 そんな確信を与えてくれたテムズ川の畔のあの場所に立つために、そしてペンローズその人に会うために、いつかまたかの地に巡礼したいと思っている。

(おわり)

宇宙の始まりと終わりはなぜ同じなのか』(新潮社)

ロジャー・ペンローズ

竹内薫/訳

2014/1/24発売

※13.^マイクロチューブル
マイクロチューブルとは、ニューロンやさまざまな細胞に含まれる構成要素のひとつで「微小管」とも訳される。ペンローズは、意識を説明する試みのなかでニューロンのマイクロチューブルにおいて、量子的な状態が生じていると考えることによって、人間の意識がそなえる非計算論的なプロセスが説明できるのではないか、と推察している。スチュアート・ハメロフとの共著論文「意識は、マイクロチューブルにおける波動関数の収縮として起こる」(『ペンローズの量子脳理論」所収)に詳しい。

※14.^中心体
ギュンター・アルブレヒト=ビューラーによる「細胞視覚」(cellular “vision”)説を念頭においていると思われる。アルブレヒト=ビューラーは、一九九二年の論文で細胞が赤もしくは赤外の光を検出して、他の細胞の方向を検出する能力をもつことを検証している。

※15.^古典的なレベルと、量子力学的なレベル
量子力学に対してそれ以前の物理学(ニュートン力学や電磁気学)を、古典物理学と呼ぶ。古典物理学は、天体や日常的なマクロな物理現象はよく説明するが、電子や中性子のようなミクロなレベルの現象の説明には量子力学が必要となる。

※16.^波動関数
量子力学では、電子や中性子などの素粒子は粒子と波の性質をもっており、観測しないかぎりその粒子としての位置や運動量を確定できない。波動関数は、観測されない状態を確率的に記述するもので、シュレーディンガーによって考案された。

※17.^波動関数の収縮
観測されない素粒子の状態は波動関数により確率的に記述される。「収縮」とは観測される直前まで確率的であった状態が観測により確定する(粒子としての位置や運動量がわかる)ことを指す。「波動関数の崩壊」ともいう。

※18.^コペンハーゲン解釈
量子力学が対象とする素粒子は、観測のさいにその位置と運動量を同時には正確に知ることができないという性質、不確定性(非決定性)をもっている。この不確定性は自然の本質であり、それを記述する量子力学は完全であるとするボーアらの解釈を、ボーア研究所のあるコペンハーゲンにちなんで、「コペンハーゲン解釈」と呼ぶ。これに対して不確定性は量子力学が不完全なためである、との解釈などもある。

※19.^古典的な測定装置
電子などのミクロな系にたいして、大量の原子や分子からなるマクロな測定装置を「古典的な測定装置」と呼ぶ。コペンハーゲン解釈によれば、波動関数はマクロな系ではひとつに収縮する。

※20.^ニールス・ボーア
ニールス・ボーア(Niels Henrik David Bohr, 一八八五-一九六二)。デンマークの理論物理学者。二十世紀はじめに「ボーアの原子模型」と呼ばれる仮説を提出し、原子の構造解明に貢献。その後も量子力学の形成と解釈、原子核研究に中心的な役割をはたす。量子力学の解釈をめぐってアインシュタインとのあいだで行われた論争もよく知られている。ボーアの主要論文は『ニールス・ボーア論文集』(山本義隆編訳、全二巻、岩波文庫)で読める。

※21.^作業仮説
ある現象を説明するための仮定を「仮説」という。研究・調査などにおいて、とりあえず推論のよりどころとなる仮説をつくって、それに基づいて実験・データ収集を行うことがある。このような仮説を作業のための仮説、「作業仮説」という。

※22.^汎心論
一般に、万物に心があるとする考え、または、宇宙全体がそのまま心であるとする哲学観を「汎心論」という。ここでのペンローズの議論に即して言うと次のようになる。私たち人間の心が有機体から構成された身体や脳において実現されていると考えるなら、人間にかぎらず有機体が物質的にある組み合わせになったとき、それは客観的に (=私たちがどう考えようと)心的属性をもちうると考えることができる。どんな物質からも有機体を合成しうるのだから、あらゆる物質は結合のされかた次第で異なる心的属性を必然的に出現させるかもしれない。

※23.^ツイスター理論
ペンローズが考案した物理の理論体系。相対性理論による時空の記述を拡張して、量子力学の考え方を統合する試みで、一九六○年代に提唱されて以来、数学・物理学の領域で発展している。この理論体系では四次元の時空(時間+三次元空間)ではなく、複素数(平方するとマイナス 1になる虚数を含む数)を考慮にいれた複素射影空間と呼ばれる空間を用いる。ペンローズは、量子力学のさまざまな概念を含む基本的な物理学を、ツイスター理論の観点から再構築することを目指している。

※24.^EPRパラドックス
EPRとは、論文「量子力学における物理的実在の記述は完全と考えられるか?」(一九三五)を共同で提出したアインシュタイン、ポドルスキー、ローゼンの名前の頭文字。説明のためごく単純化するとこうなる。ある相関関係をもつ二つの粒子AとBがあるとする。AとBを互いに遠く離して、Aを観測する。本来、Bは観測していないから状態が不明のはずだが、AとBの相関関係からAを観測すると観測していないはずのBの状態も判明する。これは観測できるものだけが実在するという量子力学の考えに反する。つまり、量子力学は不完全なのではないか、とアインシュタインらは指摘した。この指摘では、AとBが遠く離れている場合、相互に関係しあわないこと(局所性原理)が前提とされているが、逆に離れていても相互に作用している(非局所性がある)と考えれば常識には反するが一貫している。この非局所性は後に実験によって確認されている。

※25.^プラトンも言っている
古代ギリシャの哲学者プラトンは対話篇『メノン』(藤沢令夫訳、岩波文庫)において、師ソクラテスの口を借りて「探究し学ぶということは、魂が生前に得た知識を想起することである」と主張した。これは「想起説」と呼ばれる。

※26.^イギリス風経験主義
知識の源泉をもっぱら経験に求め、経験できない物事(生得観念など)には信をおかない知的態度。おもに十七~十九世紀のイギリスで育まれた。哲学者ロックやヒュームが代表格。

ロジャー・ペンローズ

ロジャー・ペンローズ

1931年イギリス・エセックス州生まれ。数学者、物理学者。ロンドン大学ケンブリッジ大学セント・ジョンズ・カレッジで数学を学び、博士号を取得。70年にスティーヴン・ホーキング博士との共同研究で宇宙におけるブラックホールの特異点定理を理論的に証明し、以後、量子重力理論ツイスター理論を発表するなど世界中に圧倒的な存在感を示した。89年、「皇帝の新しい心」を刊行。天才物理学者が意識の解明に挑み、また、その方法として量子力学を導入したことで賛踏さまざまな議論を呼んだ。オックスフォード大学名誉教授、ナイトに叙せられている。2020年、ノーベル物理学賞を受賞。

茂木健一郎

1962(昭和37)年東京都生まれ。脳科学者。ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。東京大学大学院物理学専攻課程を修了、理学博士。〈クオリア〉をキーワードとして、脳と心の関係を探究している。著書に『脳と仮想』『ひらめき脳』『生命と偶有性』『IKIGAI―日本人だけの長く幸せな人生を送る秘訣―』(英語での著書、恩蔵絢子・訳)など。

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

ロジャー・ペンローズ
ロジャー・ペンローズ

1931年イギリス・エセックス州生まれ。数学者、物理学者。ロンドン大学ケンブリッジ大学セント・ジョンズ・カレッジで数学を学び、博士号を取得。70年にスティーヴン・ホーキング博士との共同研究で宇宙におけるブラックホールの特異点定理を理論的に証明し、以後、量子重力理論ツイスター理論を発表するなど世界中に圧倒的な存在感を示した。89年、「皇帝の新しい心」を刊行。天才物理学者が意識の解明に挑み、また、その方法として量子力学を導入したことで賛踏さまざまな議論を呼んだ。オックスフォード大学名誉教授、ナイトに叙せられている。2020年、ノーベル物理学賞を受賞。

茂木健一郎

1962(昭和37)年東京都生まれ。脳科学者。ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。東京大学大学院物理学専攻課程を修了、理学博士。〈クオリア〉をキーワードとして、脳と心の関係を探究している。著書に『脳と仮想』『ひらめき脳』『生命と偶有性』『IKIGAI―日本人だけの長く幸せな人生を送る秘訣―』(英語での著書、恩蔵絢子・訳)など。


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