隣国イラクに逃れてきているシリアの青年。道の向こうにはシリアの大地が見える。すぐそこにある母国への道のりは、彼らにとっては途方もなく遠い距離だった。

 

 4月、外には美しい風景があふれているのに、心はざわついたままだった。理由ははっきりしていた。シリアで化学兵器が使われ、さらにアメリカがそのシリアを突如空爆、というニュースが届いたからだ。米中会談中、空爆決行は会食の終焉と共にトランプ氏から習近平氏に告げられた。トランプ氏が語るところの、〝これまででもっとも美味しいチョコレートケーキ〟を食べながら。

 湧き上がる怒りの正体を探り続けた。化学兵器に対して? それとも蹂躙する権力に対してのものだろうか? ぐるぐると考えを巡らせるうち、ふと気づいた。それは自分に対する怒りだった。これだけの事態を前に、何もなすすべのない自分に。

 空爆の翌日、シリアの首都ダマスカスにとどまる友人から、ネット越しにメッセージが届いた。「この2カ月、シリアは最も血塗られた日々を過ごした」。そんな彼女が最後に、真っ白に咲き誇る花の写真を添付してくれた。「綺麗! 桜なの?」「日本の桜にそっくりでしょ。ダマスカスは今、アーモンドの花の季節なの。いつかここで一緒に見れる日が来ますように」。

 シリアにも春がくるのだろうか。本当の、春が。

隣国に逃れてきているシリアの少女。少しでも心が晴れるようにと、難民キャンプの壁には至るところに花が描かれていた。