近づくと甘い香りに包まれる菜の花畑。木村さんたちの願いが、その命、一輪一輪に込められている。


 抜けるような青空だった。駆け抜ける風が微かに汐の香りを帯びている。波音が近い。時々木々の彼方から、穏やかな鳥たちのさえずりに交じって、短く鋭い鳴き声がこだまする。キジたちが山を練り歩いているのだろう。小さな自然のささやきが交わり合うこの地には、人間の気配がすっぽりと抜け落ちていた。

 福島県大熊町。2011年、東日本大震災が、この街のその後を大きく変えていた。地震、津波、そしてこの街にある福島第一原発の事故。いまだ住人たちでさえ、立ち入れる日数、時間を厳しく制限されている。

 残された家々、畑の中の瓦礫、それを覆う草木が、6年の月日を物語っていた。潮騒を目下に望む、木村紀夫さんのご自宅跡地に静かに手を合わせた。紀夫さんが自ら探し続けた娘の汐凪ちゃんは、昨年12月にようやく見つかったばかりだった。当時は小学校1年生。あの時、捜索が十分になされていれば、すぐに重機が入れられる環境があれば……。尽きることのない家族の無念を思った。

 時折「節目」という言葉がメディアから流れる。けれどもそれは、誰にとっての「節目」なのだろうか。心の内に流れる時間はそれぞれに違う。一人ひとりの心のあり様を、外からはめ込んだ「節目」という言葉で置き去りにしてしまってはいないだろうか。そっと耳を澄まさなければならないものを、また心に刻む。

捜索の中で見つかった遺品。持ち主の分からない服や小物たち。