シリアの人々が避難生活を送る難民キャンプ。遠くの雪山から吹き込む風が、冬を一層厳しいものにする。(イラク・アルビル郊外)


 上越から東京への帰り道。どこまで南下しても真っ白に染まった景色が広がり、今自分がどこにいるのかわからなくなるほどだった。柔らかな雪に包まれた街を見つめながら、ふと10年前に訪れたシリアの寒空が脳裏をよぎった。“中東”と大きく括られると暑さを想像する人が多いかもしれないが、とりわけ北の街はこの時期、大雪に見舞われることもある。

 道端に積み上げられた雪が少しずつ解けだした日、シリアの北部ではトルコの越境攻撃によって5000人以上が避難生活を送っていると報じられた。首都郊外の地区で、再び化学兵器が使用され、民間人が犠牲になったというニュースも舞い込む。隣国イラクでも独立投票後の混乱で、救援の手が届かないのだと知らせがあった。本当の意味での温かな“春”はまだ遠いのだろうかと、もどかしさばかりが募る。

 ある時、爆撃に見舞われた街での取材を終え、私は思わずイラク人の友人にこう尋ねてしまったことがある。

 「人間である限り、争いはなくならないのかな」

 彼は少し考えた後、静かに私にこう語った。

「人間だからじゃない。どうせ人間はそんなものだって諦めてしまう、人の心がそうさせるんだ」

 人間だからこそ、諦めたくない。彼の言葉を思い出す度に、そう思える。温かな春は待つのではなく、私たちの手で築くものなのだ、と。

キャンプで電気が使える時間が限られ、各家庭に配られる支援も年々減らされてきた。凍える日は外で火をおこし、紅茶で体を温める。(ヨルダン・ザータリ難民キャンプ)