幼い頃、母は絵本の読み聞かせにこだわる人だった。人を無為に傷つける人間とならないよう、内面を豊かにするには絵本が必要だと思い立ったらしい。その数は月に300冊、1日に10冊近くもの絵本を読んでくれた。
母の絵本かばんには、いくつもの図書館のカードが束になってぶら下がっていた。ある図書館で絵本を読みつくしてしまうと、また次へ、また次へと巡っていく。自転車で行ける範囲の図書館を一巡した頃、最初に通っていた図書館に新しい絵本が入っているのでまた探しに行く、ということの繰り返しだった。
ある時、母がいつもより真剣な面持ちで、1冊の絵本を手に取った。いまだ読み継がれている、佐野洋子さんの「100万回生きたねこ」だった。自ら誰を愛することもなく、ただ生き死にを繰り返していた1匹の猫が、最愛の相手を見つける。けれども2匹はやがて、別れのときを迎える。それは死によってもたらされる、決して抗うことのできない離別だった。
私は珍しく母に食ってかかった。「なんでこんな悲しい絵本借りてきたの?」と泣いて怒ったのをよく覚えている。それにも関わらず、母は何度も繰り返し、この本を借りては読み聞かせた。
今なら、分かる。母が私に何と向き合ってほしかったか。誰かと会えなくなる悲しみの深さは、愛の深さである。死と向き合うからこそ、生が輝く。この絵本と向き合えたからこそ、私はその後の父や兄の死を少しずつでも、受け入れられているのだろう。
月に300冊の読み聞かせの中には、他にも私にとって宝物となっている絵本との出会いが溢れている。その中でも最も深く刻まれた物語は、時を経るごとに、むしろ心の中で輝きを増している。
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安田菜津紀
1987年神奈川県生まれ。認定NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『写真で伝える仕事 -世界の子どもたちと向き合って-』(日本写真企画)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。
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とは
はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。
「考える人」編集長
金寿煥
著者プロフィール
- 安田菜津紀
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1987年神奈川県生まれ。認定NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『写真で伝える仕事 -世界の子どもたちと向き合って-』(日本写真企画)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。
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