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安田菜津紀の写真日記

2018年2月27日 安田菜津紀の写真日記

沈黙ではない道を選ぶ

イスラエル、パレスチナに生きること

著者: 安田菜津紀

ヘブロン市へのスタディーツアーで、参加者たちに語りかけるアブネルさん。

 静まり返った小路に、時折遠くから爆発音が鋭く響いてくる。爽やかな晴れの日の午後に不釣り合いな緊張感が、街を覆っていた。ヨルダン川西岸パレスチナ自治区の最大都市、ヘブロン。イスラムの安息日である金曜日の礼拝後、毎週のようにパレスチナの人々によるデモが繰り返されている。とりわけ大きな引き金となったのは、エルサレムをイスラエルの首都と認定するという、アメリカのトランプ大統領の発言だった。爆発音はデモ隊に向けられたイスラエル軍の音響弾だった。

 ヘブロンのパレスチナ住民は約21万人。そこに数百人のイスラエル人が入植し生活をしている。街にはその入植者を守るという名目で、3,000人近いイスラエル軍兵士たちが任務についていた。市内の地図を見ると、パレスチナの人々には至るところで、通行や居住、店を開くことに制限が課せられていることが分かる。車両を使うことが許されない地区では、年老いたパレスチナ人男性が、重そうな荷物を休み休み運んでいる姿を見かけた。かつて商店街だったという通りは、文字通り「ゴーストタウン」と化していた。

 「分断はこうした物理的なものだけではなく、精神的なものにも及んでいます」。イスラエル人のアブネルさん(33)はそう語る。彼はイスラエル軍から退役した兵士たちが設立したBreaking the Silence(BTS)という団体のメンバーとして、証言活動やスタディーツアーなどに力を注いでいる。私はそのツアーに同行し、ヘブロンの街を歩いていた。

 イスラエルには徴兵制があり、アブネルさん自身も18歳で軍に入隊している。彼を待ち受けていたのは、パトロールとして街を巡回し、パレスチナの人々の家を問答無用で占拠するという日々だった。軍の監視所として重要な拠点となるため、というのが占拠の理由だった。

 「若い兵士たちの訓練のためだと聞かされていた。けれどもそれは訓練というよりも、軍の存在を見せつけ、住民を威圧するために繰り返されているのではないかと次第に疑問を持ち始めた」。アブネルさんは、平日の間はパレスチナの人々に銃を向け、週末には家族や友達と食事し談笑するという奇妙な日々を送っていた。「今週は何をしていたの?」と食卓で家族に聞かれ、答える言葉が見つからなかった。じわじわと自分の居場所が失われていくような感覚があったという。

 初めてイスラエル兵に撃たれたパレスチナ男性の遺体を見たとき、ショックを隠し切れない自分の傍らで、同僚たちは“成果”を喜んでいた。イスラエル人の安全を守るという目的のために、パレスチナの人々の安全は脅かされる。自分自身もそういった理不尽な暴力に加担しているのだと、アブネルさんは次第に気づいていった。

 ツアーの途中、ヘブロン市内の木陰で休んでいると、私たちの目の前で車が止まり、子どもを連れた恰幅のいい男性が降りてきた。頭にかぶる特徴的な丸い帽子から、ユダヤ教徒であることが一目で分かった。おもむろにスマートフォンをスピーカーにつないだかと思うと、大音量で動画を流し始めた。BTSのメンバーの上官だったという軍関係者が、「彼らの証言はでたらめだ」と話す動画だった。「やつら(BTS)は裏切り者だ!」とまくしたてる彼らは、この街で暮らす入植者家族だった。「ここから出て行け!」と子どもたちまでもが、目に火がついたような憎しみを浮かべ迫ってくる。

 彼らの活動に逆風は強い。それでもBTSの写真展や講演の場には常に、退役をした軍人や、現役の兵士たちの姿がある。軍の命令に従っていたとはいえ、自分たちの行為は間違っていたのではないかと、心の片隅で悩んできた人々だ。そういった人々が集い、現在では1,200人もの元兵士たちがBTSに参加している。こうした「沈黙を破る」声がやがて、分断された人々の架け橋となっていくのかもしれない。これからも彼らの活動に注目していきたい。

かつて金の市場としてにぎわっていたという街の一角。今はただ、沈黙だけがそこにある。
君とまた、あの場所へ―シリア難民の明日―

君とまた、あの場所へ―シリア難民の明日―

安田菜津紀

2016/04/22発売

シリアからの残酷な映像ばかりが注目される中、その陰に隠れて見過ごされている難民たちの日常を現地取材。彼らのささやかな声に耳を澄まし、「置き去りにされた悲しみ」に寄り添いながら、その苦悩と希望を撮り、綴って伝える渾身のルポ。

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

安田菜津紀

1987年神奈川県生まれ。認定NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『写真で伝える仕事 -世界の子どもたちと向き合って-』(日本写真企画)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。

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