大学3年12月のギター部定期演奏会をなんとか弾き抜けると、俺の右手は腱鞘炎になっていた。表向きはそれを理由に、俺はギター部に出て行かなくなっていった。当時、多くのサークルで、大学3年生は12月に引退することになっていた。就職活動はそれから始まるのだ。だから俺がギター部に顔を出さなくなったことはそれほど不自然ではない。
 俺は大学3年になってから生物心理学のゼミに入り、動物の行動の実験を始めていた。もちろんギター部が主体ではあったが、研究生活も俺の大事な部分になりつつあった。定期演奏会が終わると、俺は卒論の研究に邁進した。いろいろなことを忘れるためにも、そうするしかなかった。
 俺がガキのころから動物好きだった話はこれまでもしてきた。動物にも心があると信じていたが、それをどう証明するのか見当がつかなかった。だからもう少し具体的な疑問を出すことにした。人間は短調の音楽を聴くと暗い気分に、長調の音楽を聴くと明るい気分になるが、これはなぜだろう。動物もそのような気分になるのだろうか。それを調べてみたい、と教員に相談すると許しが出た。
 俺の卒論はその方向に決まった。せっかくだから耳の良さそうな動物を使おうということになり、大学の近所のペット屋で一羽の緑色のカナリアを買った。「ドリトル先生と緑のカナリア」にちなんで、そのカナリアをピピネラと名付けた。
 動物がある2つのメロディーを聞き分けるかどうか調べるために、オペラント条件づけという技術を使う。あるメロディーのもとでボタンをつつくと餌がもらえるが、他のメロディーのときには餌はもらえない。これを何度も繰り返すと、その動物は餌がもらえるメロディーのときだけボタンをつつくようになるだろう。
 この技術は主にハトとラットを対象に開発され、それらの動物を訓練するための特殊な装置が考案されていた。スキナー箱という。スキナーという人が作った箱だからスキナー箱である。俺が属していた研究室では、ほとんどの学生がハトを使った研究をしていた。2つの図形や写真をハトが見分けることができるかどうか、さきほど説明したメロディーの場合と同じような方法でハトを訓練していたのである。
 ハトとカナリアはずいぶんと大きさが違うし、力も違う。まずはカナリア用の実験装置を作らねばならぬ。俺はカナリアでもつつくことができる繊細なスイッチと、カナリアに粟粒を少しずつ与えることができる装置を作ることにした。このため、定期演奏会が終わってからは毎日のように秋葉原に通い、どのような部品が使えるかを吟味していた。当時の秋葉原は今とはずいぶん雰囲気が異なり、メイド喫茶やメイド耳かきやアイドル劇場などは全くなく、一坪単位の小さな電子部品店がずらりと並んでいた。今でもそのような店は存在するが、当時はそのような店ばかりが存在したのが秋葉原であった。
 餌を出す装置は、小さなプラスチックの漏斗の下半分を切り取り、その部分に電磁石を使って餌箱を引っ張りあげる方式にした。ボタンのほうは、小さな蝶番でプラスチック板を吊り、その板をつつくと赤外線が遮光され光センサが作動するような仕組みを作った。
 ピピネラに2時間ほど絶食してもらい、ボタンをつつくと餌が出ることを教えた。ピピネラは一週間ほどでこの課題を覚えてくれた。俺は世界で最初に小鳥を使ったオペラント条件づけに成功した人間になった。小さな一歩だが、ひどくうれしかった。
 その次には、2つのメロディーを再生し、その間にピピネラが何度ボタンをつついたか、何度餌をもらったかを記録する仕組みを作らねばならなかった。当時、俺が所属していた研究室では、アップル社が初めて売り出した普及型のパソコン、アップルIIを使って実験制御をする技術を開発していた院生がいた。実はそのアップルII、アップル社が売っていたものではなく、アップルIIの中にある基板を香港で違法コピーした海賊版であった。秋葉原にはそのような基盤と基盤に半田付けする部品セットを売っている店がいくつかあったのだ。さらに、アップルIIのケースの偽物も、アップルIIのリンゴシールの偽物も売っていた。これらを買って作ったアップルII(偽物)は、6万円程度で製作することができた。アップルII(本物)は当時30万以上したので、いずれにせよ手が出なかった。俺はその院生の弟子となり、アップルII海賊版を作ることから修行をはじめた。何度か秋葉原通いをして部品を集め、数日かけて半田付けをして、スイッチを入れる。うまくいくと1kHz100ミリ秒の起動音がピとなる。うまくいかないと焦げ臭いにおいがして部品がいくつか昇天する。俺の場合は幸いうまくいった。
 あの原始的で愛おしいパソコンを出していた会社は、今をときめくアップル社であり、アップルIIを設計したのがスティーブ・ウォズニアック、会社を立ち上げアップルIIを売りさばいたのがスティーブ・ジョブズであった。俺にとってウォズニアックは神様だったが、にもかかわらず俺はアップルII(偽物)を作ってアップル社の売り上げをわずかながら減らしていたのだからあきれる。しかしあの会社があんなに巨大な化け物企業になるとは当時は俺もウォズニアックも、ジョブズも想像もしていなかった(たぶん)。
 さて、装置とパソコンができた。今度はこれらをつないで音を鳴らし実験するのだ。俺は再び秋葉原通いをして、アップルIIに拡張機能をつけるための万能基板と、ヤマハが売り出していたシンセサイザーICを買った。このICは2つで700円だった。安い。それと、先輩が設計したデジタル入出力基板をつないで、アップルII(偽物)で音楽を鳴らしながらピピネラの反応をモニターし、餌を出すシステムを作りあげた。実験制御には今はもうだれもしらないFORTHというプログラム言語を使った。逆ポーランド記法を使った効率のよい言語である。
 俺は「アマリリス」のメロディーと、それを同名で短調に移調したメロディーを作った。2ヶ月にわたる訓練の後、ピピネラは2つのメロディーを聞き分けた。つまり長調のアマリリスのときにはボタンをつついたが、短調のアマリリスではちっともボタンをつつかなくなったのだ。大成功!
 さて、そもそもは動物が短調、長調を聞いてそれなりの気分になるかどうかを調べるのが俺の卒論の目的であった。しかし俺が作ったシステムは、動物が2つの音楽の違いがわかるかどうかを調べるシステムに成り下がっていた。まあ最初だし、仕方ない。公園で財布を落とした科学者が、公園ではなく街灯の下で探しものをしている。なぜか。街灯の下のほうが明るいからだ。よくある戯画である。科学者とは、探しやすいところで探しものをするのである。だから俺も、音楽によって生じる感情を調べるはずのものが、音楽の違いを聞き分ける実験をすることになってしまったのだ。それでも俺は、ギター部にかけていた情熱をすべて動物心理学実験にかけ、まあそれなりの成果を出したことに満足していた。俺の青春はギター部ではなくてアップルII(偽物)と緑のカナリアに変わっていたのだ。