本号の校了をちょうど一週間後に控え、編集作業が佳境にさしかかった三月十一日、東日本大震災が勃発しました。
 本号では、二〇〇五年冬号から六年ぶりに仏教を特集しました。なぜこのタイミングで再び仏教を取り上げようとしたかというと、本年が、法然上人八百年、親鸞聖人七百五十年の大遠忌を迎える、日本仏教にとって重要な節目となる年にあたると考えたからです。そこであらためて、仏教と日本人の関係を問い直そう、それが当初の目的でありました。
 ところが現在、未曾有の天災が日本を襲い、多くの命が失われ、先の見えない不安に日本全体が怯える日々が続いています。「節目」というのは、はからずも、日本仏教だけの話ではなくなってしまいました。
 悠長に日本仏教のことだけを考えればよいという状況には、当然のことながらありません。しかしだからこそ、今一度、仏教は何を説いているのか、何ができるのかについて真剣に考えるべきときだと強く思います。
 奇しくも、特集に登場した複数の方が、一九九五年に起きた阪神大震災を契機に仏教の世界観に共鳴し、以降自らの思考に大きな影響を与えたと発言しています。ひとつだけ、対談に登場した作家・高村薫さんの発言をここに引きます。「阪神大震災で世界が崩れ落ちた瞬間、私の中でそれまで考えていたような生きる意味というものが崩壊しました。代わりに浮かんだのが、『無常』という実感。そこで初めて仏教について考え始めたのです」。
 この驚くべきシンクロニシティ。ここに、このような状況の中で、仏教の特集をお届けする意義を感じざるを得ません。
 混乱が続く現在、物心両面の復興が望まれています。すでに被災地周辺にあるお寺が避難所として機能し、全国からお坊さんがボランティアとして現地に駆けつけているという情報もあります。今後仏教は、傷ついた心の復興にいかに貢献できるかが問われてくるでしょう。 
 仏教は二千五百年前の誕生以来、宗教として、哲学として、人々に指針を与えてきた長い歴史があります。人が生きて死ぬことの意味について考えてきた「智慧」が、仏教には蓄積されているはずです。
 日本仏教が底力を見せるのは今しかありません。今こそ、仏教の出番です。(煥)

 高村薫さんと南直哉さんの対談を行うために、大阪天王寺区の應典院を初めて訪ねました。二〇〇五年冬号の特集「考える仏教」に登場したお寺ですが、コンクリート打ちっ放しの外観や、鉄骨二階建ての近代建築は、なるほどお寺という先入観を覆すインパクトがありました。
 十数年前まで「檀家不在で廃寺同然」であった同院が、演劇、美術展、ワークショップ、トークサロン、箱庭療法といった多種多様な活動を通じて、人と社会を結ぶ地域ネットワーク型寺院として再生を遂げる軌跡は、同院代表である秋田光彦さんの『葬式をしない寺』(新潮新書)に詳述されています。
 そしてその再生物語の重要な転機をなしたのが、阪神淡路大震災やオウム真理教の衝撃でした。「宗教者は大震災を前に沈黙した」(山折哲雄)という痛烈な批判や、「お寺には、宗教はない。自分には、ただの風景にしか見えなかった」(オウム脱会者の青年)という寺への「死亡宣告」を突きつけられたことなどが、秋田さんの危機感を深め、「再生」への拍車を一層かけたのでした。
 その時、日本仏教が立たされていた危機の淵は、ある意味でさらに深刻化しています。これまで拠り所とされてきた葬式仏教の「リストラ」が次々と具体的に進展し、人々の心はまさに「仏壇を遠く離れ」ようとしているからです。一方で、この事態を直視し、仏教のあり方を根本から問い直し、いまこそ仏教の覚醒を図らなければ、という機運が生じていることも事実です。そうした仏教再生への予兆を、奇しくも五十年に一度という仏教イヤーの中に探れないだろうか、というのが、今回の特集の狙いでした。
 そこに発生したのが東日本大震災という想像を絶する大災害です。『方丈記』に描かれた世界そのままに「人生の無常」を突きつける光景。私たちの胸にこみ上げる思いの中には、長い歴史とともに鍛えられ磨かれてきた仏教の智恵に対する期待が、かつてない形で芽生え始めています。その意味で「考える仏教」は、現実の出来事と激しく交差する渦中でお届けすることになりました。
 最後になりますが、この度の震災によって多くの尊い命が失われたことに対して深い哀悼の意を捧げ、被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。