例えば誰かに何かを伝える時に心の中、頭の中にある感情やイメージを言語に変えて理解し、実際に言葉として発する。この行為は日々何の疑問もなく繰り返し行われている。しかし、実際には言葉にならない感情というものが存在し、言語化できないもどかしさも皆それぞれ感じたことがあると思う。物事の感じ方や見方なども共有できているようでいて、実際のところ擦り合わせをする方法もなければ確認もできない。例えば「甘い」という味覚の一つすら他者と同じ体験をしているという確証を得ることはできない。なんとなくの共通の認識を持っているつもりの五感ですらそうなのだから、心にまつわる事柄や意識などに至っては、もう雲をつかむようなものなのかもしれない。その一方で言葉にしなくても分かり合えることが存在するのも事実で、つくづく人類の歴史と言葉、そして意識については謎ばかり。
この物語の全体的な流れには大きく影響しないものの「ミカ」が、主人公の一人「由人」が少年から青年に変化を遂げる過程でとても重要な役割を果たしている。彼らがある日夜明かしして見た朝日の色は、殆どの場合言葉にすることなく過ぎ去っていく確認のしようのないどうしようもなく切ない思いを言語化させたものだ。青春時代のある意味傍若無人な感情は、常識的な日常に真っ向から疑問をぶつけるような激しいもので、人生の長さや重さからすればほんの些細な(本当はそうでないかもしれない)事柄に半ば命をかける瞬間があったりする。
本来僕は音楽制作で作詞に大きく関わることはあまりない。しかし、今回14年ぶりにMONDO GROSSO名義でリリースしたアルバム「何度でも新しく生まれる」の中では幾つか積極的に関わったものがある。その中で「See You Again」はテーマの設定をし、作詞の最終段階にも意見を言わせてもらった。この曲の骨格となったテーマは「晴天の迷いクジラ」の中の「由人」が上京し都会で体験する様々の事柄からインスパイアされたもので、もしかして自分自身の体験を重ねているところもあるのかもしれない。
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晴天の迷いクジラ
窪美澄/著
2014/07/01発売
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大沢伸一
音楽家、DJ、プロデューサー、選曲家。 主な活動はMONDO GROSSO、AMPS、Thousand Tears Orchestra、LNOL。リミックスを含むプロデュースワークでBOYS NOIZE、BENNY BENASSI、ALEX GOHER、安室奈美恵、JUJU、山下智久などを手がける他、広告音楽、空間音楽やサウンドトラックの制作、アナログレコードにフォーカスしたミュージックバーをプロデュースするなど幅広く活躍。
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とは
はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。
「考える人」編集長
金寿煥
著者プロフィール
- 大沢伸一
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音楽家、DJ、プロデューサー、選曲家。 主な活動はMONDO GROSSO、AMPS、Thousand Tears Orchestra、LNOL。リミックスを含むプロデュースワークでBOYS NOIZE、BENNY BENASSI、ALEX GOHER、安室奈美恵、JUJU、山下智久などを手がける他、広告音楽、空間音楽やサウンドトラックの制作、アナログレコードにフォーカスしたミュージックバーをプロデュースするなど幅広く活躍。
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