
何かワケありの〈男〉が街を歩いている。
それなりに歳を重ねていて、それなりに人生に草臥れている。〈男〉は一歩また一歩と歩みを進め、それから、過去にあった出来事を一つひとつ思い出しては消してゆく。それでも歩みを停めることが出来ない。その先に何が待っているのか、半ばどうでもいいような気持ちなのに歩き続ける。
どうもそういうイメージを好んで描くことが多い。〈書く〉ではなく〈描く〉としたのは詞作の話だからである。文章ではなく詩でもない。音楽自体が、それだけで充分なほど我が小宇宙に情景を描いてくれるだけに、そこに流れる言葉は独立した〈詩〉ではなく、あくまでもその情景を補足するような〈歌詞〉であってほしい。と、願いながら〈男〉を歩かせてゆく。
ポールオースターの小説に出逢ったのはいつだったか。多くの人と同じく『ムーン・パレス』に感銘を受け、次に手に取ったのが『ガラスの街』だった。“ニューヨーク三部作”と呼ばれるものの一作目である。これまでに二度訪れたニューヨークは、ボブディランやルーリード、或いは数多の映画などで知る憧れの街ではあったものの、日本に暮らす私にとってはやはり外国であり、思い入れなどあるはずもない。だが『ガラスの街』は最初から切実なリアリティを持って迫ってきた。主人公クィンの歩く街が、もはやニューヨークかどうかなんてどうでもよかった。読み進めるうちに、いつも私が胸に何かを抱えながら歩く街、“ワケありの〈男〉”の歩く街、に重なっていった。
「どれだけ遠くまで歩いても、どれだけ街並や通りを詳しく知るようになっても、彼はつねに迷子になったような思いに囚われた。街のなかで迷子になったというだけでなく、自分のなかでも迷子になったような思いがしたのである。散歩に行くたび、あたかも自分自身を置いていくような気分になった。街路の動きに身を委ね、自分を一個の眼に還元することで、考えることの義務から解放された。」
「そして結局のところ、彼が物事から望んだのはそれだけだった−−どこにもいないこと。」
物語は少しのミステリ臭を漂わせながらも、“THE TOWER OF BABEL”という言葉の印象を残して、様々な解釈と余韻を読者に委ねて終わる。
私もまた、どこにも存在しない状態で街を歩き始める。何かワケありの〈男〉と共に。

-
ポール・オースター/著
柴田元幸/訳2013/09/01発売
-
-
田中和将(GRAPEVINE)
GRAPEVINEのボーカリスト/ギタリスト。全曲の作詞を手がける。
デビュー20周年を迎える今年、ユニコーンからOGRE YOU ASSHOLEまで多彩なゲストを迎えた対バン・ツアー「GRUESOME TWOSOME」を開催、ニュー・アルバム「ROADSIDE PROPHET」をリリースしたばかり。10月から全国ツアーを開催する。
この記事をシェアする
「Rhythm & Rhymes」の最新記事
ランキング
MAIL MAGAZINE
とは
はじめまして。2026年7月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、松本太郎と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただき、ありがとうございます。
2002年7月4日、季刊誌「考える人」が創刊されました。
目次には当代随一の執筆陣がずらりと並び、B5判240ページの誌面の隅々から知の香りが立ちのぼってくるかのようでした。
当時、入社3か月の営業部員だった私は、見上げるような思いで手に取り、発売日には編集長の松家仁之さんと創刊のご挨拶のために書店にうかがいました。
まだ書店訪問にも慣れておらず、編集長ともほぼ初対面の中、次のお店の約束の時間に間に合うだろうかと時計ばかりが気になって、終始、そわそわしていました。そんな私に松家さんがやわらかな笑顔で接してくれたこと、そして、新雑誌の門出を祝うようなすっきりと晴れた一日だったことを覚えています。
あれから四半世紀が過ぎ、ウェブマガジンとして衣替えした今でも、創刊時に掲げられた「Plain living, high thinking(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という言葉は古びていません。AIに尋ねれば瞬時に答えが返ってくる時代だからこそ、それらしい言葉に飛びつくのではなく、自分の頭で考え、心の声に耳を澄ませることの大切さは増しているように感じます。
創刊号には、養老孟司さんのロングインタビューが掲載されています。養老さんはその中で、恩師である中井準之助先生の口癖だった「人の心がわかる心を教養という」という言葉を紹介しています。
読んだ瞬間に立ち止まり、さまざまな思いが湧き上がってくるような文章に、楽しみながら出会える場であり続けたいと思っています。
「考える人」編集長
松本太郎
著者プロフィール
-
- 田中和将(GRAPEVINE)
-
GRAPEVINEのボーカリスト/ギタリスト。全曲の作詞を手がける。
デビュー20周年を迎える今年、ユニコーンからOGRE YOU ASSHOLEまで多彩なゲストを迎えた対バン・ツアー「GRUESOME TWOSOME」を開催、ニュー・アルバム「ROADSIDE PROPHET」をリリースしたばかり。10月から全国ツアーを開催する。
連載一覧

ランキング





ABJマークは、この電子書店・電子書籍配信サービスが、著作権者からコンテンツ使用許諾を得た正規版配信サービスであることを示す登録商標(登録番号第6091713号)です。ABJマークを掲示しているサービスの一覧はこちら



