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安田菜津紀の写真日記

2020年10月16日 安田菜津紀の写真日記

「名前を変えればいい」という声に

著者: 安田菜津紀

安田菜津紀の写真日記
福島県大熊町(2020年)

 「福島という名前を変えたらどうか」という声を、時折耳にすることがある。福島第一原発とこの地名が結びついて世界に伝わり、深刻な風評被害も起きている。だからいっそ、新たな名前にしたらどうか、と。「名前を変えたらどうか」の言葉で、ふと頭を(よぎ)ったのが、在日コリアンの友人たちだった。「差別があるからいっそ、通名を名乗ったり、いっそ名前を変えたりしたらどうか」と、彼ら彼女たちも似たような言葉をかけられたことがあったという。「通名」を名乗らざるを得ない社会状況を変えず、差別や偏見の矛先を向けられる人々に変わることを強いていたとしても、結局問題の本質は残り続ける。「福島という名前を変えたらどうか」が仮に実現したとしても、風評被害や偏見を生み出してしまった構造の根は残ってしまうだろう。
 9月、青年劇場の公演「星をかすめる風」の観劇に伺った。この物語は戦時下、治安維持法違反の疑いで特高警察に逮捕され、27歳で獄死した、詩人・(ユン)東柱(ドンジュ)の福岡刑務所での最後の日々を描いたものだ。朝鮮半島は当時、日本の植民地支配下にあり、尹東柱は平沼(ひらぬま)東柱(とうちゅう)と呼ばれていた。
 文学に興味などなかった看守の杉山道造は、尹東柱の清らかな詩に徐々に心惹かれていく。ある時、日ごろは穏やかだった尹東柱が杉山に叫んだ。「私の名前は平沼東柱ではありません。尹東柱です!」暴力的だったはずの杉山は揺らぐ。彼はすでに数々の文学に触れ、名前がどんな意味合いを持っているか、知ってしまっていたからだ。そして尹東柱は死の直前、心の底から溢れ出る望郷の思いをすくいあげるように、自身の詩を朝鮮語で詠いあげた。
 「たかが名前」と思うだろうか。言葉や名前は、単なる記号ではない。他者が身勝手に奪い、変えようと強いることはできないもののはずだ。それは時に人が地に足をつけて生きる上で欠かせない軸足であり、尊厳の光だからだ。

安田菜津紀の写真日記
韓国・済州島(2016年)

関連サイト

「星をかすめる風」舞台映像追加配信

配信日時 10/23(金)19:00~10/25(日)18:30
https://seinengekijo.base.shop/

君とまた、あの場所へ―シリア難民の明日―

君とまた、あの場所へ―シリア難民の明日―

安田菜津紀

2016/04/22発売

シリアからの残酷な映像ばかりが注目される中、その陰に隠れて見過ごされている難民たちの日常を現地取材。彼らのささやかな声に耳を澄まし、「置き去りにされた悲しみ」に寄り添いながら、その苦悩と希望を撮り、綴って伝える渾身のルポ。

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考える人とはとは

 はじめまして。2026年7月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、松本太郎と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただき、ありがとうございます。

 2002年7月4日、季刊誌「考える人」が創刊されました。

 目次には当代随一の執筆陣がずらりと並び、B5判240ページの誌面の隅々から知の香りが立ちのぼってくるかのようでした。

 当時、入社3か月の営業部員だった私は、見上げるような思いで手に取り、発売日には編集長の松家仁之さんと創刊のご挨拶のために書店にうかがいました。

 まだ書店訪問にも慣れておらず、編集長ともほぼ初対面の中、次のお店の約束の時間に間に合うだろうかと時計ばかりが気になって、終始、そわそわしていました。そんな私に松家さんがやわらかな笑顔で接してくれたこと、そして、新雑誌の門出を祝うようなすっきりと晴れた一日だったことを覚えています。

 あれから四半世紀が過ぎ、ウェブマガジンとして衣替えした今でも、創刊時に掲げられた「Plain living, high thinking(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という言葉は古びていません。AIに尋ねれば瞬時に答えが返ってくる時代だからこそ、それらしい言葉に飛びつくのではなく、自分の頭で考え、心の声に耳を澄ませることの大切さは増しているように感じます。

 創刊号には、養老孟司さんのロングインタビューが掲載されています。養老さんはその中で、恩師である中井準之助先生の口癖だった「人の心がわかる心を教養という」という言葉を紹介しています。

 読んだ瞬間に立ち止まり、さまざまな思いが湧き上がってくるような文章に、楽しみながら出会える場であり続けたいと思っています。

「考える人」編集長
松本太郎

著者プロフィール

安田菜津紀

1987年神奈川県生まれ。認定NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『写真で伝える仕事 -世界の子どもたちと向き合って-』(日本写真企画)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。

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