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安田菜津紀の写真日記

2020年11月13日 安田菜津紀の写真日記

「小さな女の子」たちに、社会の可能性を示せるか 大統領選から見えてきたもの

著者: 安田菜津紀

2007年、ニューヨーク

「私はこの職で初の女性かもしれませんが、最後ではありません。これを見ている小さな女の子たちが、この国は可能性に満ちていると知ったから」

 日本時間の11月8日、朝の番組出演を終えたばかりの私は、早起きの眠気も忘れて、テレビに映し出されるカマラ・ハリス氏のスピーチを食い入るように見つめていた。ジョー・バイデン氏が大統領選で当選確実になったことで、ハリス氏が女性初、そしてアフリカ系・アジア系としても初の副大統領になることとなった。

 ハリス氏は、バイデン陣営が「勝利宣言」を行ったこの日の集会に、白のスーツで登場した。白は女性参政権獲得のためのシンボルカラーだ。今年2020年は米国での女性参政権獲得から100周年にあたる。けれども黒人女性には、1965年まで障壁があった。カマラ氏が生まれたのは1964年、投票時の人種差別を禁じた投票権法施行前だ。アメリカ社会の今に至るまでの壮絶な歴史、障壁を破るために命がけで闘ってきた人々のことを思わずにはいられなかった。

 注目をしたいのは、カマラ氏の動向だけではない。大統領や首相が男性の場合、その妻は「ファースト・レディ」と呼ばれる。私はこの言葉自体に違和感があるのだが、ジョー・バイデン氏の妻でもあるジル・バイデン氏は、今後も大学での仕事を続けるということだ。妻は支えることに徹して当たり前、とは違う価値観を、国のリーダーたちの側から示していくことは重要だ。

 カマラ氏のスピーチを見ながら、なんだか違う惑星の物語を見ているような気持になってしまったのは私だけだろうか。日本の国会では、日本学術会議の任命拒否問題に、政府側があれこれと苦しい言い訳を並べている。任命拒否のいきさつや理由を明確に答えないまま、菅首相は学術会議の人選に「多様性がない」と言わんばかりの答弁をした。実際にはこの20年で、日本学術会議の女性割合は1%から38%になったこと、菅内閣の女性割合の方が圧倒的に少ないことを指摘されると、しどろもどろに言葉を濁した。内閣自体は「多様性」が乏しいにも関わらず、この言葉を介入の「口実」に使うのは、あってはならないことだ。日本社会の「小さな女の子」たちが、これを見て社会の可能性を感じられるだろうか。

 大統領選挙と並んで行われていた議会選挙では、女性議員数は過去最多となり、トランスジェンダーの女性も初当選を果たした。「Qアノン」など陰謀論を信奉する議員も当選しており、トランプ氏が落選したとしても、「トランプ氏的なもの」は根強く残っていくだろう。けれどもそれを押し返すようなエネルギーは、市民一人ひとりによる草の根の活動にも支えられてきたのだと、現地の大学に通う友人が語ってくれた。

 もちろん、どんな選挙も「ゴール」ではなく「スタート」だ。たとえ自分が投票したり支持したりした候補、政党であっても、その後、説明責任を果たさない動きがあれば指摘する、というところまで含めて民主主義だ。それはもちろん、今の日本にも問われている。

2007年、ニューヨーク
君とまた、あの場所へ―シリア難民の明日―

君とまた、あの場所へ―シリア難民の明日―

安田菜津紀

2016/04/22発売

シリアからの残酷な映像ばかりが注目される中、その陰に隠れて見過ごされている難民たちの日常を現地取材。彼らのささやかな声に耳を澄まし、「置き去りにされた悲しみ」に寄り添いながら、その苦悩と希望を撮り、綴って伝える渾身のルポ。

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*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹

著者プロフィール

安田菜津紀

1987年神奈川県生まれ。NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)所属フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『写真で伝える仕事 -世界の子どもたちと向き合って-』(日本写真企画)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。

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