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安田菜津紀の写真日記

全生園の敷地に咲いていた山茶花

 抜けるような青空の午後、太陽の光が柔らかく降り注いでも、吹きつける風はもう冬の香りだった。私は木々に囲まれた、国立療養所多磨全生園の敷地内を歩いていた。ちょうど山茶花が見ごろを迎え、道端の落ち葉の中にも、鮮やかなピンク色の花びらが混じっている。
 かつてハンセン病は「恐ろしい伝染病」という誤った認識をされていたため、感染者の隔離政策が進められてきた。全生園には、その歴史を伝える国立ハンセン病資料館がある。この日は資料館内で開催されている石井正則さんの写真展「13(サーティーン)~ハンセン病療養所の現在を撮る~」を見に伺った。
 石井さんは全国13か所のハンセン病療養所を訪れ、写真におさめてきた。展示は全生園の入り口の写真からはじまる。施設の門をくぐる、ということは、入所者にとって社会から切り離されることを意味していた。無機質なコンクリートの壁や、堆い生け垣が、外の世界との結びつきを容赦なく絶っていく。入所した人々は、亡くなり、火葬場で焼かれ煙となって初めて、「外」に出ることができたのだった。ふと、古びた石造りの台の写真に目がとまる。香川県の大島青松園にある入所者の遺体解剖台は、海に棄てられ、放置されていたため、表面にびっしりと貝がこびりついたままだった。こうしてモノクロの1枚1枚に、「土地の記憶」が宿っていた。
 ハンセン病は科学的な解明が進み、特効薬が開発され、これで入所者たちも理不尽な隔離から解放されるはずだった。ところが日本での隔離政策は、特効薬開発後もなお、続けられていく。こうした「命の線引き」が国によってなされれば、市井の差別や偏見も根強く残り続けてしまう。石井さんの写真集「13(サーティーン)ハンセン病療養所からの言葉」でも、差別に対して声をあげた入所者たちに対して、「権利と騒ぎなさんな 調子にのらないの」と、咎めるような言葉が突きつけられたことが示されていた。
 展示を巡りながら、改めて思う。果たして入所した人々が強いられた「命の線引き」は、繰り返さないための教訓となり、社会の中に根づいているだろうか、と。
 この春、新型コロナウイルス感染拡大につれ、多くの人々が不安や恐怖にかられる中、不確かで根拠のない情報があっという間に、急速に拡散されていった。医療従事者や感染者に対する差別もいまだに絶えない。そして、差別の矛先を向けられるのは、感染者だけに留まらない。
 日本政府は長らく、海外から日本国籍者が帰国することは認める一方、日本に生活基盤のある外国籍者に対しては、日本国籍者が帰ることを認められた国と同じ国からの帰国であっても、再入国を拒み続けてきた。そこに科学的な根拠は一切、示されていない。特定の人々に、こうして理に叶わない線引きがなされれば、その人々に対する差別や偏見を助長してしまうということは、既に歴史の中で示されてきたはずだ。
 石井さんの展示は12月6日で終了してしまったが、国立ハンセン病資料館の常設展は見ることができる。今だからこそ、見てほしい。私たちがまた、過ちに逆戻りしないために。

少しずつ散り始めた、山茶花の花びら
君とまた、あの場所へ―シリア難民の明日―

君とまた、あの場所へ―シリア難民の明日―

安田菜津紀

2016/04/22発売

シリアからの残酷な映像ばかりが注目される中、その陰に隠れて見過ごされている難民たちの日常を現地取材。彼らのささやかな声に耳を澄まし、「置き去りにされた悲しみ」に寄り添いながら、その苦悩と希望を撮り、綴って伝える渾身のルポ。

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*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

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著者プロフィール

安田菜津紀

1987年神奈川県生まれ。NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)所属フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『写真で伝える仕事 -世界の子どもたちと向き合って-』(日本写真企画)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。

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