シンプルな暮らし、自分の頭で考える力。
知の楽しみにあふれたWebマガジン。
 
 

安田菜津紀の写真日記

 

カンボジアの学校で。高校時代にこの国に赴いたのが、私の原点となった。

 「くたばれ、正論。」という、エナジードリンクの広告のキャッチコピーが注目を集めた。成人の日に新聞に掲載されたもので、若者を意識して目を引こうとした言葉だったのだろう。ざっくり言えば、行き過ぎた正しさや常識にとらわれず、自身の感性を守り、揺るがず動こう、という投げかけだった。
 このコピーは物議を醸した。広告が掲載されたのは、アメリカでは大統領自らが根拠のない情報やデマを流し、煽動された群衆が議会に押し入り、死者まで出た直後だった。一国のリーダーによって4年間、「正しさ」が踏みにじられた結果は重かったのだ。
 確かに”行き過ぎた正しさ”が息苦しいこともあるかもしれない。ただ、果たして感性を磨滅させるものは「正論」だっただろうか、と自分の10代の頃を振り返る。
 高校生の時、カンボジア渡航を前に、「気をつけて行ってきてね、君の身に何かがあったら学校の名前が出て困るから」と不気味に笑った校長の顔。カンボジアから帰国し、人身売買の被害に遭い売春を強要された同世代の子の言葉を伝えようとした時、「そんな言葉を文化祭の場で使うのは”ふさわしくない”」と言った教員の高圧的な声。思い浮かぶのはそんな光景だ。私の感受性が深呼吸することを阻んでいたのは、「正論」のふりをした、大人たちの理不尽な言動だった。「ルールはルールだから」と、何のためにあるのか誰も説明できない校則を押しつけ、思考停止を促す環境は、息苦しかった。
 今、抗うべきは「正論」というよりも、「正論」をただ嘲笑する態度や、正論ぶった「もっともらしさ」なのかもしれない。それを見極める感性を、磨き続けたいと思う。

カンボジアを訪れる度に、滞在している村の夕暮れ。
君とまた、あの場所へ―シリア難民の明日―

君とまた、あの場所へ―シリア難民の明日―

安田菜津紀

2016/04/22発売

シリアからの残酷な映像ばかりが注目される中、その陰に隠れて見過ごされている難民たちの日常を現地取材。彼らのささやかな声に耳を澄まし、「置き去りにされた悲しみ」に寄り添いながら、その苦悩と希望を撮り、綴って伝える渾身のルポ。

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

安田菜津紀

1987年神奈川県生まれ。認定NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『写真で伝える仕事 -世界の子どもたちと向き合って-』(日本写真企画)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。

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