東京五輪・パラリンピック大会組織委員会の森喜朗会長が2月3日、JOC(日本オリンピック委員会)の臨時評議員会で、「女性っていうのは競争意識が強い。誰か1人が手をあげて言うと、自分も言わなきゃいけないと思うんでしょうね。それでみんな発言されるんです」「女性の理事を増やしていく場合は、発言時間をある程度、規制をしないとなかなか終わらないので困ると言っておられた。だれが言ったとは言わないが」などと発言し、批判の声があがっています。
ところが、差別発言を問題視するどころか、「余人をもって代えがたい」など擁護する発言も聞こえてきます。五輪のボランティアの辞退者が相次いでいることについて、自民党の二階幹事長は、「落ち着いて静かになったら、その人たちの考えもまた変わる」と、こうした動きが「瞬間的」なのだとしています。二階氏は以前「子どもを産まない方が幸せじゃないかと勝手なことを考えて(いる人がいる)」「皆が幸せになるためには子どもをたくさん産んで、国も栄えていく」という発言が問題視されたこともあり、森喜朗氏の発言を擁護したり黙認する態度をとる側もまた、同じ過ちを繰り返していることがうかがえます。
これほどまでに怒りの声があがったのは、多くの人たちの中で、この発言が森氏個人だけの問題ではなく、日常で体験してきたことへの既視感があったからではないでしょうか。
私が身を置く日本の写真界はとても狭い社会ですが、2018年にフォトジャーナリストの広河隆一氏の、長年にわたる性暴力、ハラスメントの問題が発覚しました。広河氏は写真界で最も大きな組織体の会員でもあり、若手の登竜門として位置づけられる賞の審査員を任されていました(私も過去に受賞した賞ですが、その当時は別の審査員でした。ただ、審査委員は全員男性でした)。同組織は短いコメントを発表したのみで、審査員を変えたものの、新しい審査員も全員男性です。選ぶ側、権威を与えられる側の偏りが、長年の権力構造を生み出してしまった、という教訓を全く活かせていないことになります。
問題を起こした当事者が責任をとることはもちろん大切なことですが、一方で、「土台」の部分が変わらなければ、また同じことが繰り返されてしまうリスクがあります。「男性だから悪いのか」という声も耳にしますが、男性「だから」ではなく、意思決定の側の多様性の欠如こそが問題なのだと思います。
また、森氏の発言以降、「男性も生きづらいんだ」という声もあがっています。それが男性偏重社会の息苦しさなのだとしたら、「男性だって大変なんだから女性も我慢すべき」ではなく、一緒にその生きづらさの構造を変えることにエネルギーを向けるべきではないでしょうか。それが、「土台」を変えていくための一歩となるはずです。
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安田菜津紀
1987年神奈川県生まれ。認定NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『写真で伝える仕事 -世界の子どもたちと向き合って-』(日本写真企画)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。
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とは
はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。
「考える人」編集長
金寿煥
著者プロフィール
- 安田菜津紀
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1987年神奈川県生まれ。認定NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『写真で伝える仕事 -世界の子どもたちと向き合って-』(日本写真企画)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。
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