「福島という名前を変えたらどうか」という声を、時折耳にすることがある。福島第一原発とこの地名が結びついて世界に伝わり、深刻な風評被害も起きている。だからいっそ、新たな名前にしたらどうか、と。「名前を変えたらどうか」の言葉で、ふと頭を過ったのが、在日コリアンの友人たちだった。「差別があるからいっそ、通名を名乗ったり、いっそ名前を変えたりしたらどうか」と、彼ら彼女たちも似たような言葉をかけられたことがあったという。「通名」を名乗らざるを得ない社会状況を変えず、差別や偏見の矛先を向けられる人々に変わることを強いていたとしても、結局問題の本質は残り続ける。「福島という名前を変えたらどうか」が仮に実現したとしても、風評被害や偏見を生み出してしまった構造の根は残ってしまうだろう。
9月、青年劇場の公演「星をかすめる風」の観劇に伺った。この物語は戦時下、治安維持法違反の疑いで特高警察に逮捕され、27歳で獄死した、詩人・尹東柱の福岡刑務所での最後の日々を描いたものだ。朝鮮半島は当時、日本の植民地支配下にあり、尹東柱は平沼東柱と呼ばれていた。
文学に興味などなかった看守の杉山道造は、尹東柱の清らかな詩に徐々に心惹かれていく。ある時、日ごろは穏やかだった尹東柱が杉山に叫んだ。「私の名前は平沼東柱ではありません。尹東柱です!」暴力的だったはずの杉山は揺らぐ。彼はすでに数々の文学に触れ、名前がどんな意味合いを持っているか、知ってしまっていたからだ。そして尹東柱は死の直前、心の底から溢れ出る望郷の思いをすくいあげるように、自身の詩を朝鮮語で詠いあげた。
「たかが名前」と思うだろうか。言葉や名前は、単なる記号ではない。他者が身勝手に奪い、変えようと強いることはできないもののはずだ。それは時に人が地に足をつけて生きる上で欠かせない軸足であり、尊厳の光だからだ。
関連サイト
「星をかすめる風」舞台映像追加配信
配信日時 10/23(金)19:00~10/25(日)18:30
https://seinengekijo.base.shop/
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安田菜津紀
1987年神奈川県生まれ。認定NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『写真で伝える仕事 -世界の子どもたちと向き合って-』(日本写真企画)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。
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とは
はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。
「考える人」編集長
金寿煥
著者プロフィール
- 安田菜津紀
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1987年神奈川県生まれ。認定NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『写真で伝える仕事 -世界の子どもたちと向き合って-』(日本写真企画)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。
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