近藤 僕は最近、暮らしにおける環境や住まいに興味があるんです。最近自分で壁紙を替えたり家具をつくっちゃったり、いわゆるDIYを楽しむ方が増えていますが、ああいうのも、家なんてこういうものだと人任せにせずに、自分の家だったらどうしたいかということを考えて、自分なりの部屋をつくるという流れだと思うんです。誰かが考えてつくったもので満足せずに、人任せにしないというのが共通するのかなと。
でも、部屋はすべて違うので、こうですという正解がない世界ですよね。「自分はこの場所にこういう部屋に住んでいるからこうしたんだ」という考えは全員違う話でしょうから、大変そうですね、追いかけていくのが。
河野 それは大変ですね。でもそういう気持ちを持った人とまた違うつながりが生まれるわけです。個別にいろいろな人の話を聞くことで、コミュニティというのは、おのずから立ち上がってくると思うんです。
近藤 そうですね。
河野 だから、共感の場、コミュニティをつくるために耕しながら、僕らは出版人として、それがサステイナブルな事業として、ちゃんとビジネスになることを考えなくてはならない。
お金を生むためには、それにわざわざ対価を払って、価値を認めてくれる読者がいないことには始まらない。
「考える人」は、過去14年間、たっぷり蓄積をしてきたと思います。これまでどんな企画を手がけてきたかをちょっと覗いてもらっただけでも、すごく噛みごたえのある、しっかりした内容の雑誌をつくってきたなという自負はあります。
だから、とにかく「Webでも考える人」でより多くの人たちに日々この世界に接してもらう。そして、紙の雑誌とWeb版との中間に、イベントなど、いろいろなリアルの接触の場を定期的に設けて、そこでも接点を面にしていくことがとても大事かなと思っています。
近藤 お聞きしていて、すごく楽しみです。今までは、難解なことが書いてある難しそうな雑誌というイメージがあったので。自分は読んでいいのかなみたいなためらいもありました。
でも今日のお話で、それぞれ自分で考えて自分らしく生きようよみたいなことであれば、すごく自分のことにも関係するようなことだなという感じがしましたし、ラインナップを見ていると、同じような世代のいろいろなおもしろいことを考えている方とかも登場しそうなので、すごく楽しみですね。
河野 雑誌「考える人」がこの世の中から消滅したら、「考える人」ロス症候群が生まれるぐらいになりたいですね。
近藤 人にインタビューするときに、話す口調や間合い、表情で感じることって結構ありますよね。僕はすごくそういうの好きなんですよ。一方、幻滅することもあるかもしれませんが、そういう表情などといったもの自体がすごく魅力的なコンテンツだと思うので、一読者としては、インタビューのときに撮った動画などを見られるといいなと思います。
以前、「考える人」に連載されていた志村洋子さんにお会いしたことがあるんですが、お会いするなり「あなた、経営者って顔じゃないわね」って言われたんです(笑)。
河野 本質を突かれましたね。
近藤 「あなた、経営者っていうより、物をつくる人の顔をしてるわね」っていきなり言われたんですよね。「すいません、経営者っぽくなくて」という感じだったんですけれども(笑)。文章ではわからない、表情や雰囲気などを伝えてくれるような、そういう仕掛けも期待したいです。
河野 テレビのインタビュー番組でもすごく優れたものは、情報量が大変多いし、ぼんやり感じ取っている以上のことが画面には写し取られていますよね。もっとも、私は活字メディアの人間として、それに敗北感を持つかというと、そんなことはありません。文字でそれを上回るものをどうつくるかと考えます。
これまでも、実際にインタビューした内容を2ページないしは4ページくらいにまとめていますが、僕らは絶対に“作品”をつくってやると思って取り組んでいます。
インタビューに答えながら、語り手の内部で「このひとつの言葉が水先案内人になって、考えがこのように流れ、整理されていったのか」という、思考生成のプロセスが感じられるようにまとめられた記事は、ドラマ性があるし、多くの示唆を含んでいます。読者にはそれを体感してもらいたいと思っています。
それはスマホの画面上で消費されている情報とは決定的に違っているはずです。たとえば、日頃お昼をその辺で手軽に食べ、夜も時間がないから食事を抜く。でも時にはスペシャル感のある、ちゃんとした食事をしておきたいと、どこかのレストランに食べに行ったりするようなものです。情報のやりとりでは満足できない、「知」の世界を欲する瞬間が必ずや訪れます。それがある程度、日常的になっていたらと思います。そして、そのときのパートナーとして、「考える人」が選ばれたら光栄です。そこへいきなり入っていく前に、スマホでWeb版を見てもらってもいいし、イベントを覗きに来てもらってもいいし。
近藤 ちなみに河野さんって、インターネットの文章を読みながら考えられますか。
河野 読みながらね……考えるときには画面から目が離れますよね。だから、何かある言葉や画像が引き金になって、ふっとあらぬことを、やはり自分のリズムで、自分の言葉で考え始めますよね。画面を見ながら考えが整理されていくことはないですね。
近藤 本とは違うということですか。
河野 本でもそうだと思います。文字が流れているのを追いながら、自分の考えは離れていく。そうじゃないですか。
近藤 本の場合は読みながら考えが膨らむことが結構あると思うんですけれども、スマホで文章を見ていて、書いてあることと違うところにどんどん考えが膨らむことはあまりない感じがしますよね。そもそもそういう違いがあるのかもしれない。さっさと読もうみたいな感覚なんですよね。ネットの場合は、ゆっくりそこに滞在して、何かそこに語られている世界に入り浸っている雰囲気みたいなのがない。もしかしてどんどん次を読めちゃうからかもしれないんですけれども。
河野 そうでしょうね。といって、正直に言うと、実はスマホを使っていないものですから(笑)、全く想定でしゃべっているんですね。多分そうなんだろうな、と。
近藤さんが理想とされるメディアサイトのあり方はどんなものでしょうか?
近藤 すごい個人的なことを言わせていただくと、おもしろい記事を読んだなと感ずるのは、だいたい最近、体感を伴うものが多いんです。
情報はもうどれだけでもあるので、情報が載っているということではなく、書いている人が本当に体で感じた実感がちゃんと入っているかどうかに、すごく価値を感じます。何でもいいんですよ。「ラーメンめっちゃおいしかったです」でもいいんです。
本当にこの人はこれを見て感動したんだな、本当にこれがおもしろいと思ったんだろうなとか、本当に感じているかどうかが大事。
河野 本気で書いている、みたいなね。素直さというか、誠実さは鍵かもしれませんね。
近藤 「考える人」には、さまざまなおもしろさをお持ちの方々が登場されますが、そういう方々にはお会いしたら絶対何か感じるところがあると思うんですよ。
そもそもちゃんとお会いしてまで記事をつくっているということ自体がすごい価値だと思うんですよね。適当にネットから情報を引っ張ってきて作ったんだなと思う記事もあるじゃないですか。
でもそうじゃなくて、わざわざ会いに行くということ自体が、価値のあることだと思いますし、そこで感じることっていうのは本物だと思うんで、そういうものが伝わってくると、うれしいなとは思います。
河野 これから本当にいろいろ状況が変わってくると思うんですね。何が正解かはわからなくて、試行錯誤が続いていくんだろうと思います。とにかく4月を期して雑誌も変わり、「Webでも考える人」が立ち上がり、少なくともこの時代に対応したコミュニティづくりに向かおうと思っています。あとは近藤さんのような外部の目でいろいろ批判していただければと思います。そして、自分たちもどんどん外に向かってアウトリーチをしていかないといけない。サポーターをもっと周縁につくっていかなければと思っています。
いまおっしゃったように、実感が大事なので、この人たちは本気で伝えたがっているのだということが伝わらないと、人は反応しないと思います。情報の海の中から、われわれの港に人を連れてきたいと思います。
近藤 本当に楽しみにしています。
河野 ありがとうございました。
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近藤淳也
株式会社はてな代表取締役会長。1975年三重県出身、京都大学理学部卒。2001年に「はてな」を創業、2014年に代表取締役会長に就任。
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河野通和
1953年岡山県岡山市生まれ。季刊誌「考える人」(新潮社)編集長。1978年、中央公論社(現・中央公論新社)入社。「婦人公論」「中央公論」編集長等を歴任し、2008年退社。日本ビジネスプレス特別編集顧問を経て、2010年新潮社入社。
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とは
はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。
「考える人」編集長
金寿煥
著者プロフィール
- 近藤淳也
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株式会社はてな代表取締役会長。1975年三重県出身、京都大学理学部卒。2001年に「はてな」を創業、2014年に代表取締役会長に就任。
- 河野通和
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1953年岡山県岡山市生まれ。季刊誌「考える人」(新潮社)編集長。1978年、中央公論社(現・中央公論新社)入社。「婦人公論」「中央公論」編集長等を歴任し、2008年退社。日本ビジネスプレス特別編集顧問を経て、2010年新潮社入社。
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