一、「老師」はつらいよ
著者: 南直哉
出家から27年。日本有数の霊場の住職代理をつとめ、多くの著書で「仏教とはなにか」を問い続けてきた禅僧は、それでも自らを「お坊さんらしくない」と語る。
20代でその身を投じた仏教のこと、「死者に出会う場所」恐山のこと。禅僧の眼に、この国や世界はどう映るのか――。「恐山の禅僧」によるエッセイ。
お坊さんに呼びかけるとき、どう言ったらいいのかというのは、一般の人には結構悩むところらしい。
「どう言えばいいんですか? 和尚さんでいいんですか?」
もちろんそれでよいのだが、いきなり見知らぬ僧侶に「和尚さん」と呼びかけてくる人は少ない。
呼ばれる方も当惑することは多い。私が住職する寺のある地域は、多宗派の檀家が多いところで、最初の頃ご近所から「御前!」と呼ばれてびっくりした。寅さん映画じゃあるまいし。
「上人さん」という呼称もあるが、禅宗では使わない。宗派共通で無難なのは「ご住職」という言い方だが、いささか堅い上に、住職でない僧侶には使えない。その点、「和尚さん」はOKだ。
適当な呼び方がどうしても思いつかない人からは、「先生」と言われることが多い。学校嫌いだった上、両親はじめ身内に教員がゴロゴロしていた私に、極めて聞き心地のよくない響きなのは仕方のないところである。
住職にしか使えないのが難であるにしても、私は「方丈さん」と呼ばれることが好きだ。「方丈」は主に禅寺の住職がいる書斎・居室を意味する。私の檀家はそう呼んでくれる。一番ほっとする。
あと、禅宗でよく使う敬称に「老師」がある。同じ禅宗でも、臨済宗系では「老師」の使い方は厳格で、それこそ高徳有力な指導者クラスにしか使わないようである。必ずしも年齢ばかりの話ではなくて、それにふさわしい力量があれば、比較的若い僧侶にも使われることがある。
そこへ行くと、我が曹洞宗は少し緩めである。ある程度の歳になると、みんな「老師」付けで呼ばれ出す。私も40過ぎた辺りから若い者にそう呼ばれ始め、初めのうちは「この顔が老人に見えるか!」とキレていたが、さすがに齢60を過ぎては、是非もない。考えてみれば、私も修行僧のころ「老師」を乱発していた。
我が宗で要注意なのが「禅師」なる言い方である。坐禅をする宗派の指導者だから「禅師」と呼ぶのは当たり前と思うかもしれないが、少なくとも私たちの場合、大本山の貫首(即ち最高指導者)か、貫首経験者にしか使えない。
以前、永平寺にいたころ、当時の有名人が参拝にきて、私が坐禅の指導をしたら、その後、当人のホームページだったかブログに、「南禅師に坐禅の指導をしていただいた」と書かれて、仰天したことがある。下手をすれば「不敬罪」になりかねない。大慌てで訂正を申し入れたことは言うまでもない。
それにしても、「地位が人を作る」と言うが、呼称もそういうところがある。それ相応の待遇に変わるのだ。
私も「老師」と呼ばれるようになったころから、説教や講演で寺院に出向くと、出迎えに若い僧侶がいて、挨拶するなり「お荷物をこちらに!」などと元気よく手を出される。荷物も持てない歳でも体調でもないのだから、当然「結構です!」と固辞していたのだが、あるとき、修行僧仲間だった同輩から、こう言われた。
「直哉さんよ、これもこの若い衆の役目だぜ。仕事、取り上げるなよ」
言われて、あァそうか、と思った。自分も若い時にはそうだった。大きな法要などが計画されれば、係りの割り振りで、誰がどの「老師」の世話役になるのか決められる。その上での話だから、当日役目を役目としてこなせないと、調子が狂う。
ということをその時飲み込んで、最近は手を出されたら、素直に渡すようにしている。ただ、待遇の違いはそればかりではなく、通される部屋とか、わざわざ挨拶に来る人とかも、「一兵卒」時代とは違う。食べ物飲み物もそうだ。
ならば、「老師」の待遇にふさわしい振る舞いを求められているわけだろうし、こちらにはそれに応える責任もある……という流れで、次第に「呼称が人を作る」こともあるわけだ。
かくして、いつしか地位や敬称に遜色ない態度や行動ができるようになると、それを人は「板に付いてきた」と言うわけだろう。
実を言うと、私はこれがダメなのである。どんな立場にあっても、いかなる役割についても、どこかに違和感が残って、板に付かない。「老師」らしくならない。
以前、何かと私を贔屓にしてくれる老師が、
「南君も、もう少しそれらしい振る舞いが身に付けば、ずっと先にいけるのに」と言ってくれた。が、そこに居合わせた私の上司が、
「そうなったら、南君は南くんじゃなくなるから、それは不幸だよ」と即答した。それは私の実感でもあった。
考えてみれば昔からだ。学生のときは学生らしくない、会社員のときは会社員らしくない。ついに坊さんになったら、それでも坊さんらしくない。
逆もある。出家した後、いろいろな人から言われた。君は新聞記者になればよかった、証券会社に向いている、暗に立候補を誘われたこともある。
つまり、私はどこにいても、何をしてもズレているのだろう。ただ、もう私はそれに馴れた。悲観するような歳でもなくなった。さらにいえば、このズレや違和感はあってもよいし、むしろ持っていたほうがよいのではないかと、最近は思う。
板に付いてしまったら、もう動けまい。違和感なく満足してしまえば、足腰は重くなるだろう。そう思うと、ズレの感覚は何かの可能性を予告するものかもしれない。
思えば、地位や敬称の意味や、それが要求する態度や振る舞いを規定するのは、安定した社会集団の秩序だろう。「社長」という役職の意味、「老師」などの尊称のランクを決めるのは、それを設定する集団における秩序体系である。
ならば、この集団が解体するなり、変化すれば、「板」が壊れて「付く」どころの話ではなくなる。すると、往々にして人は「浮足立つ」ことになり、不安に駆られて行動が拙劣になりかねない。
常にズレている人間は、要するにどこにいても「ここが居場所」という気がしない。どこであろうが「仮住まい」にしか思えない。いつも浮足立っているから、「落ち着いて」浮足立っている。
我田引水もよいところだが、この疫病の時代には、こういう生き方も悪くないのではないか。できること/できないこと、してよいこと/いけないことの境目が変転する昨今、案外柔軟に身を処せて、さほど動揺もしないのは、いままで一度も板に付くことが無かったからかもしれない。
昔中国で、高い木の枝の上で坐禅を続ける老師がいた。通りかかった人が見上げて、
「ずいぶん危ないところで坐禅してますなあ」と言うと、老師曰く、
「そうかな。自分には歩いているアンタのほうが、ずっと危なく見えるがね」
この老師は、木の上が平気になったから、下を歩いている人間の足取りの危うさが見えるのではないだろう。そうではなくて、木の上の危うさがつくづく身に染みているから、下を歩く人間の平気さ加減が恐ろしいのだ。
木の上に登る必要は毛頭ないが、道を歩くばかりか、板に付き過ぎて坐りこむのも、実は危ないのではないか。この先の我が身と人々の行く末を思うと、私は解消しない自分の「ズレ」を少々いとおしく思う今日この頃である。
※本連載は、2024年4月17日に『苦しくて切ないすべての人たちへ』(新潮新書)として刊行される予定です。
-
-
南直哉
禅僧。青森県恐山菩提寺院代(住職代理)、福井県霊泉寺住職。1958年長野県生まれ。84年、出家得度。曹洞宗・永平寺で約20年修行生活をおくり、2005年より恐山へ。2018年、『超越と実存』(新潮社)で小林秀雄賞受賞。著書に『日常生活のなかの禅』(講談社選書メチエ)、『老師と少年』(新潮文庫)、『恐山 死者のいる場所』『苦しくて切ないすべての人たちへ』(新潮新書)などがある。
この記事をシェアする
「お坊さんらしく、ない。」の最新記事
ランキング
MAIL MAGAZINE
とは
はじめまして。2026年7月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、松本太郎と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただき、ありがとうございます。
2002年7月4日、季刊誌「考える人」が創刊されました。
目次には当代随一の執筆陣がずらりと並び、B5判240ページの誌面の隅々から知の香りが立ちのぼってくるかのようでした。
当時、入社3か月の営業部員だった私は、見上げるような思いで手に取り、発売日には編集長の松家仁之さんと創刊のご挨拶のために書店にうかがいました。
まだ書店訪問にも慣れておらず、編集長ともほぼ初対面の中、次のお店の約束の時間に間に合うだろうかと時計ばかりが気になって、終始、そわそわしていました。そんな私に松家さんがやわらかな笑顔で接してくれたこと、そして、新雑誌の門出を祝うようなすっきりと晴れた一日だったことを覚えています。
あれから四半世紀が過ぎ、ウェブマガジンとして衣替えした今でも、創刊時に掲げられた「Plain living, high thinking(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という言葉は古びていません。AIに尋ねれば瞬時に答えが返ってくる時代だからこそ、それらしい言葉に飛びつくのではなく、自分の頭で考え、心の声に耳を澄ませることの大切さは増しているように感じます。
創刊号には、養老孟司さんのロングインタビューが掲載されています。養老さんはその中で、恩師である中井準之助先生の口癖だった「人の心がわかる心を教養という」という言葉を紹介しています。
読んだ瞬間に立ち止まり、さまざまな思いが湧き上がってくるような文章に、楽しみながら出会える場であり続けたいと思っています。
「考える人」編集長
松本太郎
著者プロフィール
-
- 南直哉
-
禅僧。青森県恐山菩提寺院代(住職代理)、福井県霊泉寺住職。1958年長野県生まれ。84年、出家得度。曹洞宗・永平寺で約20年修行生活をおくり、2005年より恐山へ。2018年、『超越と実存』(新潮社)で小林秀雄賞受賞。著書に『日常生活のなかの禅』(講談社選書メチエ)、『老師と少年』(新潮文庫)、『恐山 死者のいる場所』『苦しくて切ないすべての人たちへ』(新潮新書)などがある。
連載一覧
著者の本

ランキング





ABJマークは、この電子書店・電子書籍配信サービスが、著作権者からコンテンツ使用許諾を得た正規版配信サービスであることを示す登録商標(登録番号第6091713号)です。ABJマークを掲示しているサービスの一覧はこちら





