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料理は基準

2024年10月4日 料理は基準

第8回 フライパン運動(8月24日筆)

著者: 土井善晴

一汁一菜でよいという提案』がベストセラーになり、「一汁一菜」を実践する人が増えてきました。土井先生の毎日の実践を、旬の食材やその日の思考そのままに、ぎゅっと凝縮するかたちで読みたい! というたくさんの声を背景に、土井先生に、日々の料理探求を綴っていただきます。四季折々にある料理の「基準」とはなにか、ぜひ味わって、そして、自分なりの料理に挑戦してみてください。

 茄子を箸でつまめるほどの大きさに切って、油で炒め、味噌を炒り付け、砂糖で味噌の辛味を抑える。仕上げに紫蘇、あるいは(たで)の葉をたっぷり入れて馴染ませる油味噌は、茄子をよく食べる新潟で教わった。

 これは炒め煮という調理法だ。基本の調理法は応用が利く。この油味噌を基本に、ひき肉を加えれば野菜たっぷりの肉味噌になる。さらに豆板醤を炒り付けて辛味を利かせ、水分を加えて、大きめに切った茄子や豆腐を煮込めば、麻婆茄子や麻婆豆腐になる。 

 油を使うとコクが出ていいご飯のおかずになる。和食でも油を使えば中華的になるが、チャイニーズでも油を最小限に使えば日本的になる。油の使い方ひとつで、和にも中華にもなると考えている。

 そもそも油を使う料理は和食にはない。油がかなり多く用いられるようになった今でも、内外の人々ともに、和食は油脂を用いないヘルシーな料理とされている。

 敗戦後の日本人の健康促進を目指した栄養改善普及運動によって、全国的に油脂を使う調理法が広まった。婦人会がキッチンカーにプロパンガスや調理機器を乗せ、油を使った調理を指導して回った。これが昭和31年頃のフライパン運動だ。その時に広まったのが、ひき肉と玉ねぎを油で炒め、卵でくるむオムレツだ。

 フライパン運動は功を奏し、昭和50年頃には、栄養バランスの整った日本型食生活が完成した。しかし、喜んだのも束の間で、その後は、油脂を取りすぎてカロリー過多に傾き、生活習慣病とその前段階のメタボや皮膚疾患などがあらわれた。

 現代人の健康劣化の理由はいろいろあるが、数字で表す栄養指導だけでは病気の予防は難しい。

 

*第9回は本日、第10回は10月11日金曜日配信の予定です。

 

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

土井善晴

1957(昭和32)年、大阪生れ。芦屋大学教育学部卒。スイス、フランス、大阪で料理を修業し、土井勝料理学校講師を経て1992(平成4)年、「おいしいもの研究所」を設立。十文字学園女子大学特別招聘教授、甲子園大学客員教授、東京大学先端科学技術研究センター客員研究員などを務め、「きょうの料理」(NHK)などに出演する。著書に『一汁一菜でよいという提案』(新潮文庫)、『一汁一菜でよいと至るまで』(新潮新書)、『くらしのための料理学』(NHK出版)、『味つけはせんでええんです』(ミシマ社)、『お味噌知る』(土井光さんとの共著、世界文化社)など多数。


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