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料理は基準

2024年10月18日 料理は基準

第11回 アクの正体(9月14日筆)

著者: 土井善晴

一汁一菜でよいという提案』がベストセラーになり、「一汁一菜」を実践する人が増えてきました。土井先生の毎日の実践を、旬の食材やその日の思考そのままに、ぎゅっと凝縮するかたちで読みたい! というたくさんの声を背景に、土井先生に、日々の料理探求を綴っていただきます。四季折々にある料理の「基準」とはなにか、ぜひ味わって、そして、自分なりの料理に挑戦してみてください。

 「秋茄子は嫁に食わすな」と言う。その意味は、アクが強くなった秋茄子が、初産前の嫁の体に障らぬようにと思いやる親心だ、などという。強いアクで種子をガードして、微生物から子(種)を守る免疫力がアクの正体かもしれない。

 そろそろ栗が実を落とす季節。鋭いトゲの毬、硬い鬼皮、渋皮、と三重なのは、よほど大切なものを守っているのか。毬がはぜて実を落としたとき、鬼皮はまだ柔らかく爪で剥ける。渋皮は白く、生のまま食べても実の甘さが楽しめる。時間がたつと鬼皮は硬くなり、渋皮は苦く茶色くなる。落ちてすぐなら、料理好きが憧れる渋皮煮も手軽に作れる。

 丹波の黒大豆、大納言小豆に高値がつくのはアクが少ないからだ。泉州の水茄子を生で食べてもおいしいのは、水分が多いだけでなく、アクが少ないからだ。日本ではアクが少なく、白いものが評価される傾向にある。渋味、苦味、エグ味は総じて雑味と言われ、嫌われてきたようだ。

 一方で、雑味はファイトケミカルと呼ばれる有益なもので、人間の免疫力に繋がるという。不用意に量を求める慣行農業は、野菜をひ弱にし、ファイトケミカルを失わせた。かつて、人間は肉を食べるとき一緒に苦味のある野菜を摂ることを知っていた。土中細菌と共存する健康な野菜と人間の腸内細菌(マイクロバイオーム)は平衡するのだ(『土と内臓』デイビッド・モントゴメリー+アン・ビクレー著より)。

 なんで大根おろしや生姜まで皮を剥くのか。皮を剥かないのがふつうだったはずである。皮を剥くのは神様の食べもん、転じて、もてなし料理のときだけでよい。美意識の侘び寂びとはアクのことだろう。きれいなだけでは、つまらない、物足りない。

 

*次回は、10月25日金曜日配信の予定です。

 

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

土井善晴

1957(昭和32)年、大阪生れ。芦屋大学教育学部卒。スイス、フランス、大阪で料理を修業し、土井勝料理学校講師を経て1992(平成4)年、「おいしいもの研究所」を設立。十文字学園女子大学特別招聘教授、甲子園大学客員教授、東京大学先端科学技術研究センター客員研究員などを務め、「きょうの料理」(NHK)などに出演する。著書に『一汁一菜でよいという提案』(新潮文庫)、『一汁一菜でよいと至るまで』(新潮新書)、『くらしのための料理学』(NHK出版)、『味つけはせんでええんです』(ミシマ社)、『お味噌知る』(土井光さんとの共著、世界文化社)など多数。


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