第12回 秋刀魚(9月21日筆)
著者: 土井善晴
『一汁一菜でよいという提案』がベストセラーになり、「一汁一菜」を実践する人が増えてきました。土井先生の毎日の実践を、旬の食材やその日の思考そのままに、ぎゅっと凝縮するかたちで読みたい! というたくさんの声を背景に、土井先生に、日々の料理探求を綴っていただきます。四季折々にある料理の「基準」とはなにか、ぜひ味わって、そして、自分なりの料理に挑戦してみてください。
2〜3年ほど前から、秋刀魚が細くなった。
秋刀魚の餌になるプランクトンが減少しているからだと言われている。これからもずっと秋刀魚が食べられるように願う。
大阪に育ち、子供の頃は「秋刀魚の開き」しか知らなかった。生の秋刀魚は市場に氷の入った塩水に浮かべて運ばれていた。鮮度の落ちやすい青背の魚は、北の海から大阪までの移動のあいだ、鮮度を保てなかったのだ。秋刀魚が毎年の楽しみになるのは東京に来てからだ。
毎年、初秋刀魚が水揚げされると、大きさはどうだ、値段はどうだ、とニュースになる。数日待って値が落ちつくと、すぐ、秋刀魚を市場から仕入れて焼く。まだ量が少ない時期は扱いが丁寧だ。
秋刀魚の表面を流水で撫でるように洗って、乾いた布巾でやさしく押さえて、水分を(きちんと)拭く。振り塩をして、充分に予熱しておいた、上下に熱源のある家庭用の魚焼き器に、「頭を左、腹を手前」にして入れる。途中で返さなくてもよい。
焼いている間に大根をたっぷりおろして水を切り、少し大きめの丸皿にのせる。大根おろしを手前にして、すだちを右手前に置く。頭と尾っぽが、皿から飛び出す様子もいい。少し大きめの丸皿の枚数が足らないときは、母は秋刀魚を半分に切って焼いていた。洋皿にはのせたくない。
大根おろしに醤油をたらし(染めおろし)て、腹から食べる。どうして秋刀魚は内臓まで食べられるのか、知らなかった。秋刀魚には胃がないからだという。胃のない魚は無胃魚と言われるが、無為の魚っていいなあ。鰯、鮒、鯉も、金魚も無胃魚だそうだ。あるがままっていいなあ。
*次回は、11月1日金曜日配信の予定です。
-
土井善晴
1957(昭和32)年、大阪生れ。芦屋大学教育学部卒。スイス、フランス、大阪で料理を修業し、土井勝料理学校講師を経て1992(平成4)年、「おいしいもの研究所」を設立。十文字学園女子大学特別招聘教授、甲子園大学客員教授、東京大学先端科学技術研究センター客員研究員などを務め、「きょうの料理」(NHK)などに出演する。著書に『一汁一菜でよいという提案』(新潮文庫)、『一汁一菜でよいと至るまで』(新潮新書)、『くらしのための料理学』(NHK出版)、『味つけはせんでええんです』(ミシマ社)、『お味噌知る』(土井光さんとの共著、世界文化社)など多数。
この記事をシェアする
ランキング
MAIL MAGAZINE
とは
はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。
「考える人」編集長
金寿煥
著者プロフィール
- 土井善晴
-
1957(昭和32)年、大阪生れ。芦屋大学教育学部卒。スイス、フランス、大阪で料理を修業し、土井勝料理学校講師を経て1992(平成4)年、「おいしいもの研究所」を設立。十文字学園女子大学特別招聘教授、甲子園大学客員教授、東京大学先端科学技術研究センター客員研究員などを務め、「きょうの料理」(NHK)などに出演する。著書に『一汁一菜でよいという提案』(新潮文庫)、『一汁一菜でよいと至るまで』(新潮新書)、『くらしのための料理学』(NHK出版)、『味つけはせんでええんです』(ミシマ社)、『お味噌知る』(土井光さんとの共著、世界文化社)など多数。
ランキング
ABJマークは、この電子書店・電子書籍配信サービスが、著作権者からコンテンツ使用許諾を得た正規版配信サービスであることを示す登録商標(登録番号第6091713号)です。ABJマークを掲示しているサービスの一覧はこちら