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村井さんちの生活

2026年7月28日 村井さんちの生活

義母の「助けて」が離れない

著者: 村井理子

 先日、義母に受診が必要になり、付き添ってきた。ものすごく大変だったので(受診後二日ぐらい使い物にならなかった)、可能な範囲で報告したい。

 ここ数か月、義母は婦人科系のトラブルで通院している。プライバシーもあるので、詳細は控えるけれど、女性が聞いたら「それはややこしい。かわいそうに」と誰もが同情してくれる状況になってしまっている。深刻な病気ではない。ただ、QOLの観点で言えば、どうにかしてあげたいと私は思っているし、施設の看護師(女性)も、主治医(女性)も、みんなで「どうにかしてあげたいね」と、顔を見合わせて、腕を組んで、ウンウン頷きながら言い合っているような状況だ。投薬治療は当然受けている。しかし、症状が繰り返し出てしまう。良くなったり、悪くなったりを繰り返している。

 婦人科ということもあり、夫だけに付き添いを頼むこともできずに私も行って来たのだが、自分で歩くことができない義母を車椅子に乗せた状態で私の車まで移動させ、抱きかかえて車に乗せ、そして病院に行くというのは、一人でできることではない。施設からは介護タクシーの利用を打診されたのだが、二人いるので大丈夫ですと自分たちだけで移動することにしたのは失敗だったかもしれない(正直なところ、手続きが面倒だった)。

 義母は、完全に寝たきりとは言えないが、ベッドで過ごす時間が徐々に長くなっているらしい。すでにトイレは行くことができなくなっている。普段はグループホームのリビングで他の入所者さんたちとテレビを見たりして過ごしているが、移動はすべて車椅子だ。両足を見ると、かなり痩せた。そして、拘縮が始まっている。拘縮とは、関節を動かす機会が減ることで、関節が硬くなり、可動域が制限されてしまう状態を言う。全身が柔軟性を失って、痩せ、そして動きが悪くなってきているのだ。そんな彼女を車に乗せるのは、本当に大変な作業だった。重いということではない。義母の体重はすでに40キロを切っている。とても軽いので私でさえ持ち上げることは可能だが、壊れてしまいそうに細く、脆いので、動かすのが怖いのだ。

 まず、夫が抱きかかえて持ち上げるものの、体全体に痛みが走るらしく、義母は「痛い!!」と訴える。痛いと言葉で訴えることができることに私は驚いたのだが、夫は義母に痛いと訴えられること自体に辛さを感じているようだった。老いた母親を抱きかかえるなんて、誰だって想像したくないシチュエーションではある。私はそんな夫と義母の気の毒な姿を後ろから見ていて、いやはや、こんな日が来るとはと、ある意味冷静に観察してしまった。5年前にはこんなことは想像すらできなかった。

 ようやく病院に入ると、私も夫もすでにぐったりだった。しばらく待って、ようやく診察ははじまったが、拘縮があるため診察そのものがとても大変だ。痩せた高齢者に無理なことはできない。壊れ物を扱うように、みんなで、そっとそっと義母を移動させる。主治医、看護師三名(全員女性)、私(女性であり観察者)で、必死の声かけが始まる。お義母さん、がんばって! 村井さん、大丈夫ですよ、安心して! 婦人科の診察室で、その場限りの女の友情みたいなものが出来上がった瞬間だと思った。だって、気の毒でたまらない。認知症の86歳の女性が、婦人科系のマイナートラブルで悩まされているというのに、認知症による様々な症状や体の拘縮が邪魔をして、簡単な処置ができない状況にあるのだから。診察室にいた誰もが、どうにかしてあげたいという気持ちで必死だったと思う。最低限の治療をして、主治医と私でこれから先の治療方針を話し合った。主治医は、年齢もあって無理はできないが、このまま様子を見続ければ、ただ症状が繰り返されるだけだと言った。高齢でなければ、やれることはいくらでもある。無理をするのか、それともこのまま投薬で誤魔化していくのか、悩ましいところだ。経過観察は続くので、いつか答えは出るとは思うが、私個人としては、なるべく早く積極的な治療ができるような状態になるといいなと思っている。

 すべて終わって、どっと疲れた。診察台の義母から、白濁した目でじっと見られて、「助けて」と訴えられ、視線をそらすことができなかった。その義母の、瞼が垂れ、小さくなってしまった目を思い出して、数日、憂鬱だった。こんなことを経験すると、どうしたって自分の老後のことを考えてしまう。子育て、仕事と全力で走ってきたけれど、だからといって神様が「いやはや、ご苦労様。今までがんばったあなたには、きらきら輝く老後をプレゼントしましょう」なんて言うわけがない。病気になったら? 認知症になったら? と、不安は増すばかりだ。努力は報われる? そんなきれいごとを信じられるほど、私の人生は平坦ではなかった。

 わかっている。心配したって仕方がない。人生なんて、コントロールできるものではない。ただ、準備はできるので、それを意識して暮らすべきだろう。自分の人生なんだから、ある程度は自分が主導権を握らなきゃいけない! と、いろいろと考えてはいるのだが、施設入所でゴールのはずだった介護に終わる気配はなく、自分の時間だけがどんどん失われていく現状に危機感を抱いているのも確かだ。

 私に今できることはなんだろう。いくら考えても混乱ばかりするので、仕事をきちんとやり続け、それに加えて筋トレと投資でもしておこう。筋肉とお金しか自分を救ってくれないと、じわじわ気づき始めている私だ。

義父母の介護

2024/07/18発売

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考える人とはとは

 はじめまして。2026年7月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、松本太郎と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただき、ありがとうございます。

 2002年7月4日、季刊誌「考える人」が創刊されました。

 目次には当代随一の執筆陣がずらりと並び、B5判240ページの誌面の隅々から知の香りが立ちのぼってくるかのようでした。

 当時、入社3か月の営業部員だった私は、見上げるような思いで手に取り、発売日には編集長の松家仁之さんと創刊のご挨拶のために書店にうかがいました。

 まだ書店訪問にも慣れておらず、編集長ともほぼ初対面の中、次のお店の約束の時間に間に合うだろうかと時計ばかりが気になって、終始、そわそわしていました。そんな私に松家さんがやわらかな笑顔で接してくれたこと、そして、新雑誌の門出を祝うようなすっきりと晴れた一日だったことを覚えています。

 あれから四半世紀が過ぎ、ウェブマガジンとして衣替えした今でも、創刊時に掲げられた「Plain living, high thinking(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という言葉は古びていません。AIに尋ねれば瞬時に答えが返ってくる時代だからこそ、それらしい言葉に飛びつくのではなく、自分の頭で考え、心の声に耳を澄ませることの大切さは増しているように感じます。

 創刊号には、養老孟司さんのロングインタビューが掲載されています。養老さんはその中で、恩師である中井準之助先生の口癖だった「人の心がわかる心を教養という」という言葉を紹介しています。

 読んだ瞬間に立ち止まり、さまざまな思いが湧き上がってくるような文章に、楽しみながら出会える場であり続けたいと思っています。

「考える人」編集長
松本太郎


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