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村井さんちの生活

2026年6月24日 村井さんちの生活

義実家の片付け、いよいよスタート!

著者: 村井理子

 最近、グループホームに入居している義父から頻繁に電話が入るようになった。本人はケータイを持っていないので、義父担当の職員さんに頼みこんで、私に連絡をいれてくるのだ。

 「村井さ〜ん、本当にすいませ〜ん、今日、お義父様の調子がちょっと悪くて、どうしても理子さんの声を聞きたいと仰ってまして、よろしいですか…?」というワケだ。なぜ夫ではないのか? 理由は単純で、義父が私を指名しているから。断るわけにもいかないので、仕事を中断して義父と会話をすることになる。義父はのっけから泣いている。そして、こう聞いてくる。

 「ここから出られるのはいつや?」

 これが一番困る(NEVER!!!!!)。というのも、私の計画では、義父がそこから出ることはしばらくないのだ。もっとはっきり書くこともできるが、私は鬼ではないので、そこまで書かない。しかし、心は決まっている(私の)。

 「お義父さん、広い家で一人暮らしは大変ですよ。ホームにいれば、お友だちもいますし、職員さんたちも24時間いてくれますし、最高じゃないですか。そこでの生活を楽しんでください」と、こんな感じで優しく答えると、ますます涙声になる義父は、「あんたの家に住まわせてくれないのか?」と、これまで100回ぐらい聞かれたことを言いはじめる。あぁ!? と口から出そうになる自分を必死に止める。

 「私の家は狭くてとてもじゃないけれどもお義父さんが快適に暮らすことができるスペースなんてないですよ」と、私はあくまで優しく、義父を諭す。「お義父さんはそこにいるのが一番安全なんです。うちなんて、危険ですから! でっかい犬もいますしね!」

 「いつ会いに来てくれるんや?」と聞く義父の粘度の高い声に軽く震えながら、「また週末に行きますね…」と答えて、ケータイをようやく切る。胸で十字を切る。私はこのような感情労働を週に一度はやっている。自分に言いたい。ご苦労様。宝くじが当たるといいね。

 さて、村井家の介護は次のフェーズに突入している。義父が戻りたくて仕方がない実家の片付けだ。義母に認知症の症状が出始めた頃、「ホーダー(hoarder)」(註:所有物を捨てたり手放したりすることができず、不要な物まで溜めこんでしまう症状を持つ人のこと。「ためこみ症」とも)のような状態になった。生活空間が物で埋まり始め、私はすぐに異変を察知した。あのきれい好きで掃除上手の義母が、資源ゴミの収集場から段ボールを回収してくる理由がわからなかった。ましてや、それをリビングに積み上げるなんてどう考えても異常である。私が一度掃除しようとすると、義母は烈火の如く怒った。私はこの時点でようやく理解した。これは認知症の症状だ。間違いない。だったら下手に手を出さないほうがいい…と、手を出さないようにして数年が瞬く間に過ぎ、主がいなくなった義父母の実家は、今、とんでもない量の荷物が置かれたままの状態だ。

 不思議なもので家というのは、いくら頻繁に通い、メンテナンスを行い、あらゆる防犯対策をしていたとしても、徐々に朽ち始める。義父母がグループホームに入居してしばらく経過したが、義実家の庭には雑草が増え、部屋はなんだか湿度が高い状態になっている。夫は実家に通って片付けをしているが、本人曰く、「一人で片付けしてると、なんだか気味が悪いんだよなあ…」と言う。「一度一緒に来てくれないか」と頼む夫に、「いいよ、その代わり、書いていい?」と聞くと、夫は目を輝かせながら、「書いていいよ!」と答えた。

 ということで、義父母の家に通っている。行く度に、45リットルのゴミ袋10枚分ほどのゴミをまとめている。ゲーム感覚で作業できるので、やると決めたらとても楽しい作業だ。夫は義母の荷物を捨てることに抵抗があるようなので(下着とかハンドバッグとか、女性ならではの持ち物がありますよね)、それは私が担当している。肌着や下着は迷わずゴミ袋に詰め、カビだらけのバッグ類も一応中身をチェックしてから、「お義母さん、ごめーん」と言いつつゴミ袋へ。手紙やメモ、写真は捨てるのが忍びなく、とりあえず保管するための段ボール箱へ。その人の暮らしが透けて見えるものは、一旦、保留している。だって、まだ元気でがんばっているのだから。

 義父母は以前、和食料理店を経営していたので、キッチン道具と器類が多い。大変興味深いのはキッチン道具で、義父が使い込み、磨き上げた道具は本当に素晴らしい。もちろんこのような道具は捨てられないので、きれいにまとめて保管だ。器は知り合いの方に差し上げて、私もいくつかもらった。義母が集めに集めた紙類(チラシ、レシート)はすべて廃棄。古い布団や、シーツ、毛布なども廃棄。最低限の寝具だけ置いておくことにしたのは、夫曰く「もしかしたら、一日ぐらいは帰宅してくるかもしれないから」ということだった。実の親の介護と義父母の介護の徹底的な違いを見たような気がした。

 さて、私が義父母の家の片付けにあまり苦を感じていない理由は、珍しい物を発掘する楽しさがあるからだ。念のために書いておくが、二人の秘密を暴こうなんてことは思っていない。本が好きだった義母が大切にしていた文学全集などは、ページをめくるだけで楽しい。

 義母が記していた雑記帳を見ると、彼女の人生にも紆余曲折があったことがよくわかる。悩み多き日々には、占い師に会いに行き、家族のことを占ってもらった形跡があった。その占いの紙には、

「嫁 大凶」

 と書かれており、この嫁とは私のことだろうかと戸惑ったが、どう考えても私のことなので、「まあ、確かにそういう時期もあったかもしれない」と納得することにした。私は心が広いのかもしれない。このような作業が私にとっては、大変興味深く、人間の生き様や、唯一無二のドラマを見ているようで、心躍るのであった。

 そんなこんなで、義実家の片付けは続いている。あの家を空にしようと、夫は思っていないようだ。快適に生活できる空間に整えようと思っているらしい。少なくとも、しばらくの間は。私もそれに賛成だ。もっと気軽に行きやすい空間にしたら、掃除も面倒だとは思わなくなるだろうし、まだ歩くことができる義父が、一日ぐらい帰って来ることができるかもしれない。その時、きれいな状態にしておけば、義父だってうれしい気持ちになるだろう。善人のようなことを書いてしまったようだが、心配しないでほしい。いつもの意地悪目線で、写真も記録も大量に残しつつ、作業しているので、また次の報告を待ってほしい。

義父母の介護

2024/07/18発売

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
 「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
 どうして自分が「考える人」なんだろう―。
 手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
 それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥


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