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私、元タカラジェンヌです。

2021年10月27日 私、元タカラジェンヌです。

第5回 風馬翔(後篇) この人生で、踊りを愛し抜きたい。私が、踊れなくなっても――

著者: 早花まこ

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日本の踊りを見に行こう

 私は宝塚に在団中、こんな話を聞いた。「この前退団した(ふう)()(かける)くんって、全国を回って日本の踊りを勉強しているんだって」

 少し大袈裟な噂だったのではと疑いつつその話について尋ねると、彼女はこともなげに言った。

「ああ〜、そうなんです。『人が踊る根本的なエナジー』を知りたくて、卒業してすぐ旅に出ようと決めていました」

「海外のダンスよりも、まずは日本の踊りを知りたい!」――いつものように目標を公言した風馬さんは、卒業のお祝いに宙組のみんなから大きなリュックサックを贈られた。

 宙組生のあたたかい気持ちの詰まったリュックサックを背負って、まっさきに訪れたのは沖縄だった。そこで見た伝統舞踊エイサーに、彼女はすっかり魅了されてしまった。

 元タカラジェンヌだとは打ち明けず、「ここで勉強させてください!」と直談判した。エイサーの演舞の団体の人たちは驚きながらもその情熱を認め、彼女にすぐバチと太鼓を持たせてくれた。全身に痣ができ、筋肉痛になりながら必死でエイサーを踊り込み……わずか1週間後、なんと舞台デビューを果たした。

エイサーの仲間のみんなと(写真提供:風馬さん)

エイサーが教えてくれたこと

 沖縄は、早朝から暑い。開演前には大汗をかきながら客席を掃除すると、1日に4回、ステージで踊った。演目の前説とグッズ販売までこなし、その合間には社員食堂に駆け込んでラフテー定食に舌鼓を打った。部外者である自分に、大切な伝統舞踊を惜しみなく教えてくれたエイサーの演舞団体の人たちには、感謝してもし切れないという。

「私はただ真剣さとやる気を伝えて取り組んだだけでしたが、そんな私をあたたかく認めてくれるんやって、感激しました」

 踊ってお給料が頂けたことも自信になった、と彼女は明るい声で付け加える。

「それまでは宝塚の宙組が何より大切な私のチームでした。これからは私の気持ち次第で、こんなに良い仲間と巡り合えると知ることができた。ここで学んだことは、とても大きかったです」

 約2か月を過ごした沖縄滞在の後半まで宝塚出身であることを隠していた彼女だが、実はエイサーの仲間に宝塚ファンの方がいたことが分かった。「ここに来た時から、元宙組の風馬さんに似てると思ってたんだよね」と打ち明けられて、「なんだ、バレてたのか!」と大笑いしたという。

 それからの1年間、彼女は一人で参加する人たちのためのツアー旅行で全国の踊りを見て回った。青森ねぶた祭、山形花笠まつり、徳島県の阿波おどり、富山県のおわら風の盆……。どこにでもその地域ならではの踊りがあることを知り、その踊りを心から楽しむ人たちを目にした。時には、飛び入りで一緒に踊ることもあったそうだ。

「踊りは、人間から自然に出てくる、生まれるものだって分かりました。嬉しそうに生き生きと踊る人たちを見ていると、そこには『なぜ踊るか』なんて難しい理由はないように感じました」

 その気付きは、指導者としての風馬さんにとっても意義のあるものだった。

「ダンスが苦手な人も、踊りを楽しむ気持ちは必ず持っているはずです。趣味で踊る方もプロの方も同じ、その人自身の踊りを引き出したい。人の呼吸や思いが自然に身体を通ると、それが踊りになる」

 そんな風馬さんが「うまい!」と思うダンサーとは? その問いに、彼女はぱっと顔を輝かせた。

「格好付ける」より「格好良く」

「なれない自分になろうとしている人。その姿が一番美しいと思うんです」

 想像もしていなかった風馬さんの言葉に、思わず言葉を失った。

 高度な踊りの技術を持つ人よりも、踊りは不得手だけれど自分の表現をなんとか見出そうとする人。そんなダンサーに、心惹かれるという。

「たとえば、男役の踊りは誰もはじめからできないですよね。だからこそ、自分の男役像をそれぞれが突き詰める。そこに、とても感動するんです」

 風馬さんが男役として多大な影響を受けた、元花組トップスターの(らん)寿(じゅ)とむさん。また、元星組のトップスター・(ゆず)()()(おん)さんのパッションに圧倒され、元月組の()(づき)(はやて)さんからは正統派男役の踊り方を学んだ。

「心が踊る人。それが、私の憧れるダンサーですね」

 ただ格好付けるだけの人を好きになれないと呟いた彼女に、その理由を訊いてみた。

「生きる姿勢が格好良ければ『フリをする』必要なんてないから。でも、キザな仕草とかを本気で演じる姿は格好良い。それは、人の心を動かしますよね」

 風馬さんは、表情の豊かさが印象的な舞台人だった。それは飾られた外側ではなく、本心から湧き出る表情だったのだ。しかしだからこそ、辛い気持ちになることもあったという。

「嘘がつけない性格なので、心から楽しんでいないと笑えない自分がいました」

 タカラジェンヌは、どんな気持ちを抱えていても舞台に立てば笑顔になる。親が亡くなった直後でも舞台にあがれば笑顔でなければいけないとは、よく言われることだ。自分の気持ちとパフォーマンスは常に切り離して夢の世界を演じる――そういう職業である。

「些細なことで傷ついたり、弱くなる。そんな感情の回線なんて、いらないと思いました」

 それでも彼女は心を閉ざすことなく、自らの思いに正直でいるよう努めていた。

「その感情こそが自分の表現になるなら、感受性はなくさずにいよう。そう思ったんです」

黒天使の気持ちを知りたい

「私にあるのは踊りだけ、他の選択肢はなかった」。そう語る風馬さんが特に強烈な輝きを放ったのは、2016年「エリザベート」、黒天使役だった。

 ミュージカル全編を通して、10人の黒天使は重要な役割を担っている。主役・黄泉(よみ)の帝王トートの部下であり、その心情を表現する分身として、膨大かつ高難度なダンスナンバーを踊る。セリフは一切なく、作品の背景を理解したうえで、時には舞台セットのように美しく佇む役だ。

 風馬さんが取り組んだのは、振付の練習だけではなかった。

 どうすれば黒天使に近づくことができるのか。考え抜いた彼女は、教会へ足を運んだ。声をかけてくれた牧師さんは「天使の気持ちが知りたいんです」と話す風馬さんに驚いていたと言うが、無理もない。

 台上からふわりと降りる動きを理解するために、宝塚大橋(宝塚大劇場の近くの橋)の下に座り続けたこともあった。「空から降り立つ時の鳥の気持ちって、どんなだろうと思って」、武庫川に飛来する鳥たちを延々と観察した。

 当時の自分を「色々と、やばいですよね」と苦笑いで思い出す風馬さん。常識はずれの変わった練習法と言えばそれまでだが、私は納得してしまった。彼女が舞台で演じた黒天使は、まさに人間ならざる者の雰囲気を(まと)っていたからだ。

 血が通っていない冷たさがありながら、トートの悲哀や喜び、怒りや憎しみと同化して変容する動き。風馬さんの作り上げた佇まいは、作品の土台を支えていた印象がある。

 毎回の公演に全身全霊を注いでいた彼女は、宝塚大劇場公演の千秋楽前日に、衝撃的な体験をする。

「初めてゾーンに入ったんです。宇宙空間でゆっくりと踊っているように感じて……」

 全てがスローモーションとなり、舞台上の共演者たちが踊りながらほのかに光る……忘れられない光景だったという。

「毎回積み重ねた緊張感と集中力によるのでは」と彼女自身が分析するその話を聞くうち、不思議な体験すら「当然のこと」と思えてしまう。表現することを突き詰めた彼女は、常人には立ち入れない創造の世界に入っていったのかもしれない。

 ところで、黒天使といえば普段の男役メイクとは異なり、白と紫がかったメイク、長い銀髪が特徴だ。美しく中性的な扮装は男役の憧れでもあるのだが、その話題になると風馬さんは急に顔をしかめた。

「黒天使に限らず、舞台化粧やお衣装の着こなしって、すごく苦手でした。思い通りにできなくて……。付け(まつ)()もいらないし、もう、Tシャツに短パン、裸足で踊りたいって、何度も思いましたよ〜」

 とんでもなくさっぱりとした格好の黒天使を想像し、思わず吹き出してしまった。彼女ならばそれでも黒天使を演じられるのでは!?と思ったものの、美しい扮装をして妖艶な魅力を放っていた風馬さんの黒天使を思い出し、ほっと胸を撫で下ろした。

ドンガラガッシャーンと、鐘が鳴った

 上級生となった風馬さんだが、ダンスナンバーをはじめとして宙組全体をまとめる機会が増えると、この先の自分のあり方について考えるようになった。このまま宝塚に長く在籍するのか、卒業して別の道を歩むか。

「私の生き方を変えてくれた宝塚に、これから真に貢献できる人になりたかった。私が宝塚を、踊りを愛し抜ける“形”は何なんだろうって考えました」

 そんな時期に巡り合ったのが、2018年「WEST SIDE STORY」のディーゼル役だった。「ドンガラガッシャーンと、鐘が鳴った感じ」と、風馬さんらしい表現で卒業のきっかけを語ってくれた。心から打ち込める作品と役に出会った彼女は、自らの踊りに導かれるように宝塚を卒業する決意を固めた。

 同年12月「白鷺の城/異人たちのルネサンス」。この作品が、「男役・風馬翔」最後の舞台となった。千秋楽、舞台上での挨拶で、彼女は幾度も「夢」という言葉を口にした。

 子供の頃からどんなときでも、『夢』という言葉を思い浮かべれば、心に生きる力が湧いてきた。いつも目標を高らかに宣言して、努力を積み重ねることを楽しんできた。

「夢さえあれば大丈夫」、そう信じ続けた彼女は、その言葉を伝える側の人間になるべく、宝塚から新たな一歩を踏み出す。

いつか踊れなくなっても

 宝塚を卒業した後、振付助手やダンス講師など、踊りに関する仕事が次々と風馬さんの元に舞い込んだ。自らが表舞台で踊ることよりも裏方の道を選んだのは、踊りが好きという他にもうひとつの理由があった。

「人が好き。教わることも教えることもめっちゃ好きで、そのやり取りが最も密なのがお稽古場だと思うんです」

 今、風馬さんが身に付けたいのは、言葉で踊りを伝える力だ。もっと豊かな語彙力で、踊りを教えられるようになりたい。実際に踊って教えることは最も望ましいのかもしれないが、彼女はもっと未来を見据えていた。

「いつか自分の身体が動かなくなっても、踊りを教えられるように」

 それはまさに、風馬さんの心を惹きつけて離さない「振付」の魅力だ。

「振付師が踊れなくなっても、その心は、ダンサーによって作品という形になる。それは凄いお仕事だと改めて思うんです」

 今はあらゆるジャンルのダンスを学びたい。思い立ったら止まらない風馬さんは、2019年にタンゴを習得するため単身でアルゼンチンへ飛んだ。

 知人もいない、言葉も分からない。おまけに旅費を抑え「なかなかサバイバルな旅」だったというから、聞いている方がはらはらしてしまう。当の本人は、10日間くらいタンゴ漬けだったと実に満足げだ。

「アルゼンチンで安い宿に泊まったらもう、日本で怖い所、いっこもありません〜」

 得意そうな彼女につられて、つい笑ってしまった。どんな話題でもすぐに彼女のペースに巻き込まれてしまう。

厳しくも充実していたアルゼンチンでの武者修行(写真提供:風馬さん )

 現在風馬さんは様々な舞踊の研究と習得を続けながら、宝塚歌劇のスタッフとしての仕事も多くこなしている。宝塚に貢献したいと願う彼女にとって、それは大切なフィールドだ。

「教える立場としては、自分が元気で、エネルギー満タンでいることが大切。いつも全力で、踊りを伝えられる状態でいたいですね」

 自らを育てた宝塚に深く感謝している彼女は、宝塚が内包する夢の世界を守り抜きたいと静かに語った。

「そんなのは綺麗事かもしれません。でも私は、その綺麗事をやってみたい。この人生において、宝塚の清らかなところを守り抜きたい」

 宝塚と踊りがあれば、世界だって変えられる。風馬さんはそう信じている。

「綺麗じゃないものも、この世界には必要ですよね。たとえば人間にとっては害のある菌でも、自然や他の生き物にとっては必要な菌の場合がある。雑草なんて無い、とも言います。だから、綺麗事もそうじゃないことも、きっと一緒なんです」

踊りとともに受け継ぐもの

 宝塚で学んだことを、全て返せる人間に成長したい。それが、風馬さんの揺るぎない決意だ。

 尊敬する師には、まだ遠く及ばない。踊りを通して宝塚に恩返しとなる生き方ができた時、師に少し近づけるのではと、彼女は微笑んだ。

「宝塚で、私は自分じゃない自分になれたんです。今までたくさんの方が繋いできた宝塚の伝統を私も継承して、後世に残す。そういう人間になりたい」

 これ、大きすぎる夢ですよね――そう言って、彼女は笑い声を上げた。その笑顔の奥には、自分の進むべき道を見つけた人だけが持つ強さが見えた。

 風馬さんにとって「宝塚とは何か」、訊いた。

「生まれた場所、死にたい場所」

 宝塚という場所で育てられ、実をつけて、そしていつかは養分となり樹を育てる。

「宝塚にかかわる人はみんな、新しく宝塚に憧れる人たちを育てるんです。そうなれたら本望、悔いなし」

 出演者もスタッフさんも、観客でさえ宝塚の土となる……そう、彼女は思っている。

「あ、これは『綺麗事』じゃなくて、本気です!」

 慌てて付け加える彼女は、命を懸けるほどの信念を語ったとは思えない調子で笑いを誘う。踊りに人生を捧げる決意も、周りを笑顔にする軽やかな可笑しみも、その全てが、風馬翔そのものだ。

 幾ら語っても、彼女の踊りへの思いが尽きることはなかった。

「踊りのために、私は日々をどう過ごすか。何を大切に思って、どんなことを伝えられるか。そういうことを毎日考えて、やっていかなくては」

 そうして、どこまで進んでいくのか。その思いが行き着く先を見届けたいと思うほど、踊りを語る風馬さんの言葉は研ぎ澄まされ、胸の奥に響いた。

「この人生で、踊りを愛し抜きたい。私が、踊れなくなっても」

 しかしその切ないまでの覚悟は決して辛苦には染まらず、未来への楽しみと希望に溢れている。

「でもなあ、まだまだ『思い』だけですよ。ほら、『(かける)』ですから。私の人生、欠けまくり!」

 そう言ってまた笑う、風馬さんの顔は底抜けに明るい。彼女は、生涯を懸けるべきものを見つけたのだ。

(おわり)

風馬翔(ふうま・かける)
京都府長岡京市出身。元宝塚歌劇団男役スター。
宝塚卒業後は、ジャンルにとらわれない様々なダンスに挑戦し、振付師・振付助手として活躍。日本各地でダンスのワークショップを開催するなど、指導者としても精力的に活動している。
インスタグラム @kakeru_anna_dance

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

早花まこ

元宝塚歌劇団娘役。2002年に入団し、2020年の退団まで雪組に所属した。劇団の機関誌「歌劇」のコーナー執筆を8年にわたって務め、鋭くも愛のある観察眼と豊かな文章表現でファンの人気を集めた。BookBangで「ザ・ブックレビュー 宝塚の本箱」を連載中。
note https://note.com/maco_sahana


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