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安田菜津紀の写真日記

2020年8月18日 安田菜津紀の写真日記

「シンボル化」ではなく、共に歩むこと

著者: 安田菜津紀

2019年7月、香港のフェリー乗り場から。

 香港の現地紙の創業者である黎智英氏や、民主化運動で声をあげてきた周庭さんたちが国家安全維持法違反の疑いで逮捕され、日本でも大きく報じられた。私自身もはらはらとしながら動向を見つめ、釈放された時には一旦、心から安堵した。けれども安心はできない。もちろん、彼ら彼女たちがこれから歩んでいく道は、不確かで、厳しいものだからだ。

 周庭さんをはじめ、矢面に立ち、発信を続けてきた方々の力は計り知れない。ただ、メディアが多用する「民主の女神」という呼称を、彼女が自ら望んだ痕跡はない。むしろ過去のインタビューで「(この呼び名を)好きではない」と答えていたこともある。伝え手として、声をあげる誰かを、必要以上に「シンボル化」「アイコン化」してしまう報じ方のリスクをもっと、考えたいと思う。それはこの運動だけではなく、ハラスメントの問題などあらゆることに通じるはずだ。

 例えば性被害に声をあげる人に対して、「彼女は #MeTooのシンボル」とさらりと書かれていることにも違和感がある。懸命に公務に取り組みながらも命を絶つまで追い詰められてしまった方のご遺族に、「安倍政権を倒そう」と声をかけることも。こうして報じ方によって、いつの間にか本人が訴えたいはずのことから、本質がずれてしまうことが往々にしてある。

 昨年12月、アフガニスタンで長年活動を続けてきた中村哲さんが、現地の方々と共に銃撃され亡くなったとき、限られた「すごい人」、つまりヒーロー、ヒロインを待望しない、ということが、私たちに残された宿題ではないかと感じた。中村さんをはじめ、共に活動してきた方々の功績は計り知れない。だからこそ「すごい人がまた出てきて、すごいことをしてくれるように」と他人任せであっていいのだろうか、と改めて思ったのだ。

 香港の国家安全維持法に表れているように、力で支配しようとする側は、「言葉」を奪おうとする。路上から、教育から、そしてネット上から。そして「沈黙」は、権力を握る側にとって最も都合がいいものだ。先日国会前で、香港の現状に警鐘を鳴らすデモが開かれた。私たちには集い、発信する自由がある。そんな当たり前の権利を持つことができない人々に向けて、私たちの自由を使うこともできる。こうして香港の中からの発信が削がれていくなら、外から声を届ける。それは特定の「すごい人」に背負わせるのではなく、私たち一人ひとりに積み重ねることができる役割のはずだ。

2019年7月、香港の地下道で
君とまた、あの場所へ―シリア難民の明日―

君とまた、あの場所へ―シリア難民の明日―

安田菜津紀

2016/04/22発売

シリアからの残酷な映像ばかりが注目される中、その陰に隠れて見過ごされている難民たちの日常を現地取材。彼らのささやかな声に耳を澄まし、「置き去りにされた悲しみ」に寄り添いながら、その苦悩と希望を撮り、綴って伝える渾身のルポ。

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*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹

著者プロフィール

安田菜津紀

1987年神奈川県生まれ。NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)所属フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『写真で伝える仕事 -世界の子どもたちと向き合って-』(日本写真企画)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。

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