今年のお正月は、村井家恒例「なぜだが義理の両親がわが家で宿泊&年越し」という私にとって地獄イベントが開催されなくなって三年目ということで、穏やかに、楽しく、自由な時間を過ごすことができた。雪は降っていたけれど、雪が降るということは、正月ぐらい子どもを連れてどこかへ行くべきという謎の義務感も「雪だからいいや」であっさり片付けることができるから最高だ。正月と雪というコンボは、一年走り切った私を祝福してくれているかのようだった。だって私、去年、がんばったもの。
去年は中盤から後半にかけて、翻訳書と書き下ろしの執筆で、とにかくよく働いた。翻訳書は骨太のノンフィクションで、スケールの大きな冒険譚だ。深海を潜る、強靱な肉体と精神を持つ女性の生き様を訳すのは、胸躍るような経験だった。著者はほぼ同い年で、一時期は同じ地域に住んでいたこともわかり、余計に親近感がわいた。著者の勇気、自分を奮い立たせる不屈の精神。訳せば訳すほどに著者のことが好きになる、そんな一冊だった。
一方の書き下ろし原稿では、自分の家族について書いた。家族といっても、今一緒に住んでいる家族ではなく、元々の家族の話だ。両親と兄と一緒に、港町に住んでいた頃の記憶を掘り起こし、資料を集め、親戚の人たちに聞き取りをした。よりいっそう、「家族」ってわからないものだという気持ちが強くなった。ずっしりと重い内容の、まったく別のタイプの二冊に、同時期に没頭できたことは本当に幸せなことで、珍しく「あたしってもしかしてラッキーかもしれない」と思ったのだった。しかし……。
二冊を無事校了したと思ったら、仕事が手につかなくなった。これはもう、完全にすべてを出し切ってしまったからだと思う。こういうときは、無理に仕事をしようと思ってもダメだ。それは重々わかっているので、別のことをやっておくことにした。優先順位トップはもちろん息子たちの進学だが、幸いなことに、二人とも目標に向かって連日取り組むことが出来ている。それであれば次は、義理の両親だ。新しい年を迎えて、二人の生活も次のフェーズに入ってきているように思えた。義父は不思議なことに日に日に体力を蓄え、精神的にも強くなってきているように見える。自分がしっかりしなければならないという責任感だろう。一方で義母は、徐々に認知症の症状が進行してきているように感じられる。
両親が、日常を楽しむことが出来ていないなと感じられたのは、正月が明けたころだ。デイサービスからは、年末からキャンセルが続いているという報告を受けた。キャンセルが続くと、介護チームからも、連絡も入り始める。「デイサービスには行ってほしいんです。それでないと認知症が進行してしまうのは確実です」、「お二人で家に籠もってしまうのは心配です。なんとかデイサービスに行くように説得していきましょう」、そんな言葉を聞き続けていたら、なんだが疑問がムクムクとわいてきてしまった。
もし二人が、デイサービスに行くことが苦痛であるなら、休ませてあげてもいいんじゃないかと思いはじめたのだ。義父に話を聞くと、「相談しようと思ってたんや」ということだった。「みんなが一生懸命考えて、スケジュールを組んでくれたことはよくわかっている。でも、デイサービスがあると考えると、前の晩から嫌でたまらなくなる。行きたくないんや。この家で、自分のしたいことをして、ゆっくり暮らしたい。週に二回も、ほぼ一日中、デイに行くのは辛くてたまらない。母さんの面倒はわしが見る。だから、もう勘弁してくれ」
義母はすでに、デイサービスに通っていることすら、忘れがちになっている。
こんな話を聞いて、すっかり気の毒になった。私だって行きたくないと言うだろう。デイサービスが楽しくないとか、楽しいとか、そういうことではなくて、決まった日に、ほぼ終日、必ず行かねばならないとなったら、それはまるで学校じゃないか。私は学校が嫌いな子どもだったので、そう考えたらぞっとしてきた。私が年老い、デイサービスに行く必要がある状態になったとしても、たぶん、「行かない」と突っぱねる。子どもが何を言おうとも、私の人生に口出しするなと、たぶん、言う。よかれと思ってやってくれるのはありがたいけど、重い! 強引! ほっといて! と大声で文句を言って騒ぐだろう。想像できるだけに笑える。
「それは考え直されたほうがいいです!」と一生懸命言ってくれるケアマネさんや看護師さんに頼みこんで、デイサービスを変えてもらうことにした。午前から午後まで時間を取られるタイプのサービスではなく、一日数時間、運動をメインに時間を過ごせる場所はどうだろう。それも、週一回だけ。もしそれも嫌なら、数か月、休ませてあげたらいいじゃないか。「休みはじめたら、二度と通えなくなります」……たぶんそうかもしれない。でも、その時はまた次の一手を考えていいですか?
それは辞めたほうがいいと言われれば言われるほど、「それじゃあ二人の気持ちはどうなんですか?」という疑問がわいてくる。二人にはまだ心がありますよ。苦しいのなら、楽にしてあげればいいじゃないですか。そこで何か起きたとしても、それは二人の人生なのではないでしょうか……精一杯支援して下さる介護チームのみなさんに、こんなことは決して言えないけれど、でもやはり、私は今の状況は両親にとって息苦しく、辛いものだと思うので、辛いことは全部、やーめた! と思う年始なのだった(仕事は辞めないよ)。
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村井理子
むらい・りこ 翻訳家。訳書に『ブッシュ妄言録』『ヘンテコピープル USA』『ローラ・ブッシュ自伝』『ゼロからトースターを作ってみた結果』『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『子どもが生まれても夫を憎まずにすむ方法』『人間をお休みしてヤギになってみた結果』『サカナ・レッスン』『エデュケーション』『家がぐちゃぐちゃでいつも余裕がないあなたでも片づく方法』など。著書に『犬がいるから』『村井さんちの生活』『兄の終い』『全員悪人』『家族』『更年期障害だと思ってたら重病だった話』『本を読んだら散歩に行こう』『いらねえけどありがとう』『義父母の介護』など。『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』で、「ぎゅうぎゅう焼き」ブームを巻き起こす。ファーストレディ研究家でもある。
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とは
はじめまして。2026年7月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、松本太郎と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただき、ありがとうございます。
2002年7月4日、季刊誌「考える人」が創刊されました。
目次には当代随一の執筆陣がずらりと並び、B5判240ページの誌面の隅々から知の香りが立ちのぼってくるかのようでした。
当時、入社3か月の営業部員だった私は、見上げるような思いで手に取り、発売日には編集長の松家仁之さんと創刊のご挨拶のために書店にうかがいました。
まだ書店訪問にも慣れておらず、編集長ともほぼ初対面の中、次のお店の約束の時間に間に合うだろうかと時計ばかりが気になって、終始、そわそわしていました。そんな私に松家さんがやわらかな笑顔で接してくれたこと、そして、新雑誌の門出を祝うようなすっきりと晴れた一日だったことを覚えています。
あれから四半世紀が過ぎ、ウェブマガジンとして衣替えした今でも、創刊時に掲げられた「Plain living, high thinking(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という言葉は古びていません。AIに尋ねれば瞬時に答えが返ってくる時代だからこそ、それらしい言葉に飛びつくのではなく、自分の頭で考え、心の声に耳を澄ませることの大切さは増しているように感じます。
創刊号には、養老孟司さんのロングインタビューが掲載されています。養老さんはその中で、恩師である中井準之助先生の口癖だった「人の心がわかる心を教養という」という言葉を紹介しています。
読んだ瞬間に立ち止まり、さまざまな思いが湧き上がってくるような文章に、楽しみながら出会える場であり続けたいと思っています。
「考える人」編集長
松本太郎
著者プロフィール
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- 村井理子
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むらい・りこ 翻訳家。訳書に『ブッシュ妄言録』『ヘンテコピープル USA』『ローラ・ブッシュ自伝』『ゼロからトースターを作ってみた結果』『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『子どもが生まれても夫を憎まずにすむ方法』『人間をお休みしてヤギになってみた結果』『サカナ・レッスン』『エデュケーション』『家がぐちゃぐちゃでいつも余裕がないあなたでも片づく方法』など。著書に『犬がいるから』『村井さんちの生活』『兄の終い』『全員悪人』『家族』『更年期障害だと思ってたら重病だった話』『本を読んだら散歩に行こう』『いらねえけどありがとう』『義父母の介護』など。『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』で、「ぎゅうぎゅう焼き」ブームを巻き起こす。ファーストレディ研究家でもある。
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