シンプルな暮らし、自分の頭で考える力。
知の楽しみにあふれたWebマガジン。
 
 

安田菜津紀の写真日記

1月に見舞った国内避難民の少女、ナブラス。ガンのため、この5日後に亡くなった。

 時折シャッターを切る度に、心が打ち砕かれていくような、そんな感覚にとらわれることがある。とりわけ死に向かっていく子どもたちを、ファインダー越しに見つめるときだ。その写真を見返す度に、考える。写真の中の彼ら、彼女たちは、確かに生きているのに、と。生きて、生きて、と心で念じてシャッターを切っても、写真という手段が直接彼らの命を救えるわけではない。ふと、そんな間接的な手段を手放してしまいたくなるときがある。

 今年の5月、イラク滞在最後の日。この日は郊外のアパートに身を寄せるシリア難民のご家族の元で夜を過ごしていた。うっすらと日の光が家々を照らし始めた頃、何やら家の中がざわめきだす。寝ぼけ眼の私に、お母さんが慌てた様子でささやいた。「娘が産気づいたわ」。

 無事出産を終え、母になった娘さんはまだ16歳。疲れをにじませながらも「もう二人目が欲しい気持ちよ」と優しく微笑んだ。シリアで当たり前のように支えてくれていた親戚や友人はここにはいない。それでもいつか、「故郷をこの子に見せたい。新しい夢が出来たの」と小さな手を握った。

 イラクに来て初めて、喜びが心から溢れる中でシャッターを切れた瞬間だった。「伝えることを諦めないで」と、その子が私の背中を押してくれたようにさえ感じた。名前もまだない小さな命に、心の中でこう、語りかけた。「ようこそ、世界へ。君が生まれてきてよかった、と心から思えるような未来を、私たち大人が築いていくからね」。

次に会いにいくときに、この子にどんな名前が与えられているのだろう。

●現在、イラクを支援する JIM-NET(日本イラク医療支援ネットワーク)の皆さまのご協力を得て、難民の暮らしをVR映像(360℃カメラで撮影したもの。ヘッドセットなどを使ってその映像を見ると、まるでその場に自分がいるような感覚にぐっと近くなります)を用いて取材させて頂き、日本の子どもたちに体感覚に近い形で伝えていくプロジェクトを進めています。実現のためのクラウドファンディングが始まりました。よろしければご協力、お願い致します。

君とまた、あの場所へ―シリア難民の明日―

君とまた、あの場所へ―シリア難民の明日―

安田菜津紀

2016/04/22発売

シリアからの残酷な映像ばかりが注目される中、その陰に隠れて見過ごされている難民たちの日常を現地取材。彼らのささやかな声に耳を澄まし、「置き去りにされた悲しみ」に寄り添いながら、その苦悩と希望を撮り、綴って伝える渾身のルポ。

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

安田菜津紀

1987年神奈川県生まれ。認定NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『写真で伝える仕事 -世界の子どもたちと向き合って-』(日本写真企画)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。

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