
幾重にも重なる家族の生きてきた証を、勝手に二分し、どちらかを切り捨てろと迫るものはなんだろうか。
私の父はかつて、兄を認知していなかった。それだけ書くと冷徹な親だと思われるかもしれない。それが父の兄に対する、彼なりの愛情だと気がついたのはずっと後になってからだ。
父親は在日韓国人として生を受けた、いわゆる在日二世だった。そんな父の長男として兄が生まれたとき、今とは国籍法が違っていた。生まれた子どもは父親の国籍となる。韓国籍として生まれるか、それとも認知を受けない子どもとして生まれるのか、どちらがこの社会の中で幸せに生きられるだろう。父の中でこの二つを天秤にかけたとき、後者が勝ったのだった。
父が「在日」として、どんな厳しい経験を経てその決断に至ったのかは分からない。気がつくのが遅すぎた、と悔やむことがある。死者に尋ねることはもうできない。戸籍に残された痕跡に、どんな想いが託されたのか。その宿題と向き合う日々は続く。
戸籍は彼の、遺書だった。

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安田菜津紀
1987年神奈川県生まれ。NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)所属フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『写真で伝える仕事 -世界の子どもたちと向き合って-』(日本写真企画)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。
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*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。
「考える人」編集長
松村 正樹
著者プロフィール
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- 安田菜津紀
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1987年神奈川県生まれ。NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)所属フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『写真で伝える仕事 -世界の子どもたちと向き合って-』(日本写真企画)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。
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