シンプルな暮らし、自分の頭で考える力。
知の楽しみにあふれたWebマガジン。
 
 

安田菜津紀の写真日記

熊本の空。何かが空に昇っていく。

 ハロウィンのメロディーが、肌寒くなりはじめた小路に漏れ聞こえる。街中がどこかカラフルで楽し気になるにつれ、暗澹とした気持ちになっていたかつての自分を思い出す。浮かれて見える人々を横目に、どこか自分だけ取り残されたような気になっていた。10月最後の日、父の命日だ。
 
 既に別々の暮らしが始まっていた父の死は、家に突然送られてきたFAX一枚で知らされた。目にしたこともない乾いた言葉が並ぶ中に、父の名前と「死亡」の文字を最初に見つけたのは私だった。妹に察せられないように母を呼び出し、「お父さん、生きてる?」と声を絞り出した途端、涙が止まらなくなった。母は私を黙って抱きしめながら、言葉を必死で探しているようだった。長い沈黙のすえ、たった一言、「私たちには、明日があるから」と語りかけてくれた。葬儀に声はかからなかった。

 それから悲しい日であり続けた10月のこの日が、少しだけ私にとって変わったのは、心を開ける友人の誕生日でもあると知ったときだった。イラク人である彼は今も避難生活を送っている。「きっと僕は生き延びる。だって君のお父さんにも見守ってもらっているんだから」。あの時の彼の微笑みを忘れない。

 時折、「もしもまた、会えたら」と考える。本当は「ありがとう」と一番伝えたいはずなのに、何度も「ごめんね」と口にしてしまう。「守れなくてごめんね」「もっと優しくできなくて、ごめんね」。だからこれからの出会い、別れの中で、「もしも会えたら」と考えなくてもいいように、毎日全力で人を愛したいと思う。その気持ちがきっと、父からもらいうけた、最後の贈り物だ。

10月の表情も多様なのだと考えられるようになった。一大行事、熊本のみずあかり。光の道。
君とまた、あの場所へ―シリア難民の明日―

君とまた、あの場所へ―シリア難民の明日―

安田菜津紀

2016/04/22発売

シリアからの残酷な映像ばかりが注目される中、その陰に隠れて見過ごされている難民たちの日常を現地取材。彼らのささやかな声に耳を澄まし、「置き去りにされた悲しみ」に寄り添いながら、その苦悩と希望を撮り、綴って伝える渾身のルポ。

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

安田菜津紀

1987年神奈川県生まれ。認定NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『写真で伝える仕事 -世界の子どもたちと向き合って-』(日本写真企画)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。

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