シンプルな暮らし、自分の頭で考える力。
知の楽しみにあふれたWebマガジン。
 
 

安田菜津紀の写真日記

甲斐賢人くんが履いていた小さな靴。

 小さな靴の先には、わずかに擦れた跡が残されている。1歳2か月であれば、きっとまだおぼつかない足取りで、けれども懸命に、歩く練習をしていたのだろう。
 2016年3月11日、東京都内の認可外保育所で、この靴を履いていた甲斐賢人くんが亡くなった。賢人くんは別室で一人、うつぶせで長時間、呼吸を確認されないまま寝かされていたことが明らかになっている。当時の施設長はじめ、職員たちの保育経験がまだ浅かったにも関わらず、困ったときや問題が起きたときに、本社に十分に相談できる体制は整えられていなかった。
 その命が、その死が、省みられないことがあってはならない。ファインダー越しに託されたものを、私のカメラの中だけに留めてはいけない。けれども繊細なものを写した写真を「消費」することがないように伝えるにはどうしたらいいか。やはりじっくり、それぞれのペースで見てもらうことができる、写真展ではないか。そう思うようになった。
 賢人くんの親御さんはじめ、これまでご遺族の取材をさせて頂く中で、心の扉を無理やりこじあけてはいないかと、何度も自分に問いかけてきた。「締切があるから」「今日の紙面に間に合わせなければならないから」と相手のペースを自分に合わせさせるのではなく、相手の心の歩幅を大切にできているだろうか、と。出会ってからシャッターを切らせて頂くまで、数年の月日が経っていた方もいる。
 今月26日まで、賢人くんの靴の写真をはじめ、震災、事故、戦争などで亡くなった方の使っていた品々や、その人にとって身近な方を写した写真展「照らす 生きた証を遺すこと」をオリンパスギャラリー東京(新宿区)で開催している。小さな画面だけでは伝わり切らない、遺品の細部に刻まれた、その人の生きた証を、ぜひ受け止めてほしい(東京以外での開催は随時、Dialogue for Peopleのサイトに掲載予定)。

2016年3月11日、陸前高田市。悼む気持ちを忘れずに。

 

君とまた、あの場所へ―シリア難民の明日―

君とまた、あの場所へ―シリア難民の明日―

安田菜津紀

2016/04/22発売

シリアからの残酷な映像ばかりが注目される中、その陰に隠れて見過ごされている難民たちの日常を現地取材。彼らのささやかな声に耳を澄まし、「置き去りにされた悲しみ」に寄り添いながら、その苦悩と希望を撮り、綴って伝える渾身のルポ。

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考える人とはとは

 はじめまして。2026年7月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、松本太郎と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただき、ありがとうございます。

 2002年7月4日、季刊誌「考える人」が創刊されました。

 目次には当代随一の執筆陣がずらりと並び、B5判240ページの誌面の隅々から知の香りが立ちのぼってくるかのようでした。

 当時、入社3か月の営業部員だった私は、見上げるような思いで手に取り、発売日には編集長の松家仁之さんと創刊のご挨拶のために書店にうかがいました。

 まだ書店訪問にも慣れておらず、編集長ともほぼ初対面の中、次のお店の約束の時間に間に合うだろうかと時計ばかりが気になって、終始、そわそわしていました。そんな私に松家さんがやわらかな笑顔で接してくれたこと、そして、新雑誌の門出を祝うようなすっきりと晴れた一日だったことを覚えています。

 あれから四半世紀が過ぎ、ウェブマガジンとして衣替えした今でも、創刊時に掲げられた「Plain living, high thinking(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という言葉は古びていません。AIに尋ねれば瞬時に答えが返ってくる時代だからこそ、それらしい言葉に飛びつくのではなく、自分の頭で考え、心の声に耳を澄ませることの大切さは増しているように感じます。

 創刊号には、養老孟司さんのロングインタビューが掲載されています。養老さんはその中で、恩師である中井準之助先生の口癖だった「人の心がわかる心を教養という」という言葉を紹介しています。

 読んだ瞬間に立ち止まり、さまざまな思いが湧き上がってくるような文章に、楽しみながら出会える場であり続けたいと思っています。

「考える人」編集長
松本太郎

著者プロフィール

安田菜津紀

1987年神奈川県生まれ。認定NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『写真で伝える仕事 -世界の子どもたちと向き合って-』(日本写真企画)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。

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