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私、元タカラジェンヌです。

2022年10月6日 私、元タカラジェンヌです。

最終回 咲妃みゆ(後篇)全力で生き切ったから、もう二度とタカラジェンヌはできない

著者: 早花まこ

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早霧せいなさんとの出会い

 新人公演や小劇場公演のヒロインに立て続けに選ばれ、自分の立ち場が上がっていくことは自覚していた。それでも咲妃さんにとって、役はステップアップの道具では決してなかった。

 「今演じている役に全力で取り組んだら、その先にやっと一筋の光が見えてくる。その繰り返し。『この役をやれば安定した立場にいられる』なんていうことは絶対にないんです」

 その考え方は、今も変わっていない。豪華な大作の舞台に立っても演じることで精一杯で、誇らしさよりも不安が付き纏うという。

 「お芝居には、正解がない。ゴールもないから、どれだけやっても足りないように思えてしまう…」

 彼女はそう、呻くように語った。それでも舞台に立ち続けるのは、どうして? その問いに、彼女の瞳がきらりと光った。

 「舞台に立たせていただけることは、しんどくても、嬉しいからです」

 後に雪組トップスターとなった早霧せいなさんに初めて声をかけられたのは、組替えが決まってすぐ、雪組公演を観劇に行った時のことだった。失礼がないよう楽屋で静かに座っていた彼女を見つけた早霧さんが、「おおー、来たね! よろしく!」と満面の笑みで呼びかけてくださった。あたたかくまっすぐなその声は、組替えへの気負いと緊張を一瞬で拭い去ってくれた。それに、同じ九州出身ということにも勝手に親近感を持っていましたと、秘密を打ち明けるように教えてくれた。

 そんな早霧さんと初めて共演したのは、咲妃さんが雪組へやって来てすぐ、全国ツアー公演「ベルサイユのばら」だった。緊張感でいっぱいになりながら、「ベルサイユのばら」のお稽古場へ組替えの挨拶に行くと、全国ツアーチーム以外の雪組生まで集まって、咲妃さんを笑顔で迎えてくれた。みんなに囲まれると「動物園のパンダになった気分」だったが、心細さが一気にほぐれた出来事だったという。

 私が初めてお稽古場で見た咲妃さんは、華奢な体をいっぱいに使い、丁寧に演技をする瑞々しい娘役さんだった。月組から来てすぐのヒロイン役だったが、驕った態度は少しもなく、雪組の下級生として勉強したいという姿勢が随所に感じられて、下級生ながら彼女を見上げる気持ちになった。このお稽古期間中に、咲妃さんは早霧さんの相手役として、雪組トップ娘役に就任することが決定した。

何があっても向き合い続ける

 トップコンビのプレお披露目となった日生劇場公演「伯爵令嬢−ジュ・テーム、きみを愛さずにはいられない−〜細川智栄子あんど芙〜みん作「伯爵令嬢」(秋田書店刊)より〜」、そして宝塚大劇場、東京宝塚劇場でのお披露目公演「ルパン三世―王妃の首飾りを追え!―」「ファンシー・ガイ!」を終え、咲妃さんは雪組のトップ娘役として走り出した。

 トップコンビは毎回、重要な関係性の役柄同士を演じ、「組の顔」として常に最高の演技を求められる。どちらかが良くても、2人のコンビネーションがうまくいかなければ魅力的な舞台にはならない。

 早霧さんは芸事を追求し、雪組を背負う強い気迫のある方だった。相手役にも高度な技術と表現を求めたが、それは咲妃さんの魅力を最大限に引き出すためだった。早霧さんが、「ゆうみちゃんは、どれだけ厳しく注意しても次の日には魂入れ替えてお稽古場に来るんだよ。だから私も、本気で頑張るしかないよね」と苦笑いを浮かべて話していたことが思い出される。咲妃さんにそう話すと、「私というより、ちぎ(早霧)さんが、毎日新たな心で私を迎えてくれたんです」と首を横に振った。

 「何があっても、絶対に、ちぎさんと向き合い続ける。そう誓っていました」

 だから、どんなに叱られても、翌日にはまた早霧さんの懐に飛び込んでいった。あまりに指導に熱が入り、シリアスな状況に耐え切れなくなった早霧さんが、途中で笑い出してしまうこともあったという。涙を流している自分との対比が可笑しくて、咲妃さんにも笑いがこみ上げたが、流石になんとか(こら)えたそうだ。

泉を演じて学んだ日々

 これまで簡単に演じこなせた役はひとつもなかったが、中でも極め付けだったのが、「星逢一夜(ほしあいひとよ)」の(せん)役だという。

 江戸時代中期を舞台にした物語、咲妃さんは子ども時代から母になるまで、幼なじみの2人の男性の間で揺れ動く泉を演じた。『月雲の皇子』のときと同様、脚本と演出を担う上田久美子先生の指導は厳しかったが、「先生のように、私も絶対に妥協はしない。何が何でも喰らいついていく」と決意していた。

 「今までの経験と知識が、泉の演技を、どうか助けてくれますように。そう、ずっと思っていました」

 お稽古場に一歩足を踏み入れれば、そこから「星逢一夜」の世界が始まる。その全ての瞬間に魂を込めていく、そんなお稽古期間だった。「否定されればされるほど、心が燃えた」とまで語る彼女は、上田先生と早霧さんに挑むように、泉という役を突き詰めていった。

 大きな助けとなったのが、幼い頃の体験だったという。豊かな自然の中で育った咲妃さん自身の五感の記憶が、九州地方の里山で暮らす泉の息吹となった。物語の後半、貧しい身なりで子どもの世話をする泉の姿は、宝塚のトップ娘役のイメージとは程遠い「疲れた母」そのものだった。疲労感をにじませながらもぬくもりのある「お母さんの声」は、意図的に作りこんだわけではないと、彼女は打ち明けた。

 「声を変えてるねって言われても、無意識でしたね。役を演じると、その人物がボールになって、声帯の位置をすとんと落とす…そんな感覚」と。

 この「星逢一夜」でもそうだが、咲妃さんはトップ娘役就任後も、新人公演に出演していた。トップ娘役は多忙を極めるため、研7以下でも新人公演の出演を取りやめることが多いなか、体力的には辛くても、同期生や学年が近い生徒と一緒に新人公演に参加出来ることが、彼女は嬉しくて仕方がなかったという。「おこがましいのですが…」と遠慮がちに語ったのは「台詞のない役の楽しさ」だった。台詞という制約がなければ表情や動きを自由に付けられると改めて気が付き、わくわくして演技を作り上げたという。それは、本公演でヒロインを演じる時にも役立つ貴重な経験だった。

 本公演ではどれだけ集中しても上田先生の高い要求に届かず、多くの注意を受けていたという咲妃さんだが、東京公演の最後の10日間、「泉が分かった」と感じたという。それは「誰の指図も受けずに、自分の意志で舞台に立ち演じている」という意識でもあった。咲妃さんがお芝居をしてそう感じたのは初めてだったそうで、その日から先生からのダメ出しが減った。過酷なお稽古と公演を乗り越え、お芝居に取り組み続けた末に、ついに咲妃さんは泉という人物を掴み自らの意志を確かめることができたのだ。

 「そのはずだったのに。1年半後に、えらい目に遭いました…」

 2017年、「星逢一夜」は選抜メンバーにより中日劇場で再演されたのだが、初演の千秋楽で「これ以上の演技はできない」とまで感じた咲妃さんにとって、この公演は過去の自分との闘いだった。

 「『あの時は出来たのに』って、なんて残酷な言葉なんだろう…。本当にしんどかったです」

 もがき、苦しみながら再び役と向き合ったものの、「泉が分かった」と感じられた2年前の感覚までは到達し切れなかったという。再演の難しさをつきつけられた経験だった。

どうしても声が出ない

 咲妃さんは、「どんな役でもこなせる」というイメージの一方で、トップ娘役をつとめるなかで苦労したことも多かったという。そのひとつが、公演の制作発表だった。記者の人たちから様々な質問をされると、下級生の頃のように「正しいことを言わなくては」と身構え、言葉が出て来ない。トップ娘役に就任して初めての制作発表の前には、その場での質疑応答が著しく苦手な彼女だけ、特別に事前練習させられたほどだった。

 そんな咲妃さんの苦手意識とは裏腹に、制作発表やインタビューでの早霧さんとの掛け合いは「面白い」「夫婦漫才みたい」と話題になった。早霧さんの言葉に対する咲妃さんの生真面目な返答がかえって可笑しく、仲の良さを自然に醸し出していた。そして2人はそれぞれの愛称から「ちぎみゆ」と呼ばれ、絶大な人気を得ていく。

 「お客様の応援が、すごく励みになりました。『ちぎみゆ』っていう言葉を耳にすると、いつもこそばゆくて、何より嬉しかったです」

 まるで初恋を思い出すかのように、咲妃さんははにかんだ。

 「私の宝塚人生を語る上で、この作品を外すことはできませんよね」

 覚悟を決めたような面持ちで彼女が語り出したのは、「るろうに剣心―原作 和月伸宏『るろうに剣心―明治剣客浪漫譚―』」のことだった。大ヒット漫画の舞台化とあっていつも以上に注目を集めた作品で、彼女が演じた神谷薫は、少年漫画のヒロインらしい快活で健気な剣術の師範代。長編漫画を3時間足らずのミュージカルに仕上げ、そのテンポ感が爽快な活劇だった。

 だがここで咲妃さんは、壁にぶつかってしまった。剣術への熱い思いや剣心との恋…薫の複雑で繊細な気持ちを丁寧に演じようとすると、観客をわくわくさせるスピーディーな展開にどうしてもついていけない。役作りに悩んだ咲妃さんは、過度の疲労と心労が重なり、自分の体調をコントロールできなくなってしまった。やがて声帯の状態が悪化して、どうしても声が出ない症状に襲われた。周囲は出来る限りのサポートを考えたが、実際に舞台で声を発さなくてはならない、しかもヒロインという責任のある立場で闘う咲妃さんを、真実助けるには至らなかった。慰めや励ましの言葉をかけようにも、かえって傷つけてしまうのではと、私自身、思い留まってしまった記憶がある。

 この辛い経験は、痛みと悲しみと共に、咲妃さんに忘れがたい学びをもたらした。お客様や組のみなさん、関係者の方々に申し訳なかったと語った上で、

 「どん底を経験すると、人は強くなれる。経験しないに越したことはないけれど、私には必要なことだったと、今ようやく思えるんです」

 それまでは強い気力だけで、疲労や体調不良を乗り切っていた彼女だが、「気持ちだけで頑張ると、体がついてこられなくなる」と身を以て知った。各方面から心配の声が上がる中、彼女はプレッシャーに耐え抜き、逃げずに舞台に立ち続けた。

 「逃げなかったというより、私には…逃げる場所なんてなかったですから」

 今はもう明るい口調で語る彼女だが、その一言には、精神と肉体が過剰に追い詰められた過去の重みがあった。

 在団中の息抜きや気分転換について質問すると、咲妃さんは「ないです」と即答した。休日にマッサージを受けていても「ああ、ここが凝ってるな。ということは、ショーのあの振り付けがうまくいっていないのかも」というように、公演や舞台のことが頭から離れなかった。舞台のことであまりにも心身が煮詰まっていた時、心配した知人が「気晴らしに」と海へ連れて行ってくれたことがある。でも、

 「せっかく海を見たのに、自分でも驚くほど、楽しめなかったんです…」

 「自然を見ると心が和む」というアドバイスは有効な時もあるけれど、やっぱり私はとことん舞台のことを考えるしかなかったのだと、咲妃さんは笑って振り返る。

 どんな役でも、咲妃さんが扮すると「そこに生きている」ようだった。その演技で多くのファンを魅了し「天才肌」と呼ばれた彼女が「これはあまりお話ししたことがないのですが…」と語り始めたのは、驚くような言葉だった。

役を作るということ

 「宝塚では、自分自身で『こういうふうに演じたい』と思って演じたことは、一切、ありませんでした。私は、自分で役に色付けすることが出来ないし、したくないです」

 演出家の思い描く人物になるために台本を読み込み、与えられた指示を守り、他者からのアドバイスと知識を自分の中にたくさん溜めこむ。そして舞台に立つ。感情豊かな名演技だったと言われた多くの役を、彼女は「ロボットみたいに演じていた」と語る。

 誰かが想像する人物を正確に体現することは、鋭い感性と驚異的な表現力がなくては出来ないと、私は思う。人は誰でも主観的に物事をとらえ、表現するとなれば、なおさらそこには自己主張が入り込む。「演出家の考えた人物」を演じても、その役の中にはちゃんと咲妃さん独自の表現が活きていたと思うのだ。そう伝えると、「確かに!」と、彼女は頷いた。

 「じゃあ、私も少しは自分で役を作っているのかな」

 嬉しそうに話す咲妃さんだが、卒業後も実力派と言われる俳優の言葉とは思えず、つられて笑ってしまった。

 そうやって、華やかな舞台の裏側に自分自身を隠すようにして、咲妃さんはがむしゃらに宝塚の舞台に立ち続けた。

 「宝塚にいた時、私は、両親にも親族にも安心して欲しかった。宝塚に入るのに猛反対した祖母に『これでよかったんだ』って思って欲しかった。応援してくれるみんなに、後悔して欲しくなかった…」

 だから彼女にとっては、トップ娘役がゴールではなかったのだ。

 「両親は、私がトップ娘役になれば安心してくれるわけじゃない。だからトップ娘役になっても、私は走り続けるしかありませんでした」

宝塚には一生懸命な人しかいない

 トップコンビに決定したすぐ後、誰もいないお稽古場で、早霧さんと咲妃さんは2人で言葉を交わしたことがあった。早霧さんは、「私の後ろから前を見るのではなく、横に並んで前を見て欲しい。同じ景色を、同じ視野で見よう」と咲妃さんに語りかけたという。その言葉を胸に、3年半、夢中で駆け抜けた咲妃さんは、「実際は、後ろからついていく私を幾度となく助けてくださる、その繰り返しだった」と振り返る。

 「私は、早霧さんの相手役をさせていただけたことが誇りです。私の人生の中で数少ない、誇れることの、ひとつ」

 早霧さんと共に宝塚を卒業することが発表されてから、「宝塚歌劇団に感謝している」と、咲妃さんが何度も口にするのを聞いた。その言葉には、「トップ娘役として」などという立場上の発言を超える真実味が込められていた。

 「一番の感謝は、両親が喜ぶ瞬間をたくさん作ってくれたこと。次に、応援してくれる方々と出会えたこと。諦めないことを学んだし、大切な仲間と出会えたし…感謝することばっかりです」

 400名を超える生徒がいる宝塚歌劇団で、「咲妃みゆ」の居場所をもらえた。「自分は必要とされている」と感じられた日々は、彼女の人生でたとえようもなく幸せな時間だったという。

 そして、自分の意見を伝えることが苦手だった咲妃さんが、雪組へ来てからは少しずつ、他者とのコミュニケーションを怖れなくなっていた。気持ちを打ち明けられる仲間との出会いが、咲妃さんを変えていったのだ。

 「宝塚には、一生懸命じゃない人がいないんです。少しの浮き沈みはあっても、いつも全力で頑張る人たち。そんな人たちと一緒に8年間もお仕事させていただけたことに、感謝が尽きません」

 そして宝塚から巣立った今、自らがいた劇団が多くの人に愛され続けていることに勇気をもらえるとも語った。

 「だから前向きな意味で、『宝塚には、もう帰らないぞ!』って思って、頑張り続けたい」

 宝塚を恋しがって涙したりするもんか。その気持ちは、大好きな宝塚へ捧げる、咲妃さんの最大級の感謝なのだ。

 2017年、「幕末太陽傳」「Dramatic”S”!」の千秋楽、咲妃さんは宝塚を卒業した。宝塚音楽学校に入学した時から、きっと彼女は、自分自身でいるよりも誰かを「演じていた」時間の方が長かったに違いない。生き急ぐように宝塚を駆け抜けた娘役であり、役者であった。彼女の演技を心に焼き付けた多くの人々が、宝塚を巣立つその姿を見送った。

思うままに生きたい

 宝塚を卒業後、咲妃さんは俳優としての活動を始めた。テレビドラマ、映画に加え、「ゴースト」や「NINE」、「千と千尋の神隠し」など大作ミュージカルへの出演が続いている。作品作りは出演者とスタッフの方々との試行錯誤がつきもので、当初の演出プランが大幅に変更されることも多々あった。卒業してすぐの頃は、宝塚とは違うやり方に不安や戸惑いがあったものの、初日の幕が開いて舞台を楽しんでくださる大勢の観客を見た時に、「はじめの計画通り完璧に出来なくても、それは失敗ではない」と理解できたという。

 「だから、今のモットーは『何とかなる』。数年前の私なら考えられないことですよ」

 宝塚にいた時は、自分自身を含む誰もが「こういう娘役さんが見たい」と思う人物になろうと、努力していた。その時は自然にそう振る舞っていたから、「服装や声の出し方を変えている」という意識はなかった。

 「宝塚は楽しくて幸せで、素晴らしい時間を過ごせました。でも、ありのままの自分でいることは、私には難しかったですね」

 非日常の世界が守られているからこそ、宝塚の舞台は夢のように美しいのだと、咲妃さんは語る。

 「私はそこで生き切ったから、もう二度と、タカラジェンヌは出来ない」

 卒業した今では「等身大の咲妃みゆが見たい」と望まれていると感じるので、自然体でいることが増えた。宝塚を卒業して5年経ち、自分がどんな人間なのか解明している最中だという。

 「今は、思うまま生きたいです。会いたい人に会って、行きたい場所に行って、見たいものを見たい」

 人によっては当たり前に感じるかもしれないことだが、宝塚在団中は自由に言動を選ぶことがどれだけ難しかったかが分かる言葉だ。それは、「卒業してから、舞台で呼吸が出来るようになった」という彼女の言葉からも感じられる。

 「それだけ、宝塚って『隙がない世界』なんですよ。それが、宝塚の美しさ。在団中の私はその隙のない世界を追求しようとしたし、したかったんです」

目指すは「面白い俳優」

 咲妃さんは、これからどんな人生を歩みたいと思っているのだろうか。

 「これからも、役者を続けたい。そう思っています」

 無邪気な少女から気高い女性まで様々な役を演じてきた彼女だが、好きな役柄は、「母親役」だという。子どものいる役に扮すると、不思議なほど熱い母性がこみ上げてくる。血が繋がっていないのに子ども役の役者さんが愛おしく思えて、自分でも驚くそうだ。

 「私自身が、母からいっぱい愛情を注いでもらったことが、影響しているんだと思います」

 そう言って、彼女は柔らかな笑顔を見せた。

 「この役がやりたい」「主演をやりたい」という具体的な望みはないが、母という役柄にはこれからも挑戦していきたいと語った。

在団中も「学年は離れていたけど、仲良しだった」というお二人。撮影も終始和やかでした。

 咲妃さんがめざすのは、「面白い!」と思われる俳優だ。お稽古場でも舞台でも全力で演技をして、失敗する姿を曝け出しても「この役者、また観たい」と思ってもらえるようになりたい。そのためにはこれから年齢を重ねても、「元トップ娘役」という肩書があっても気遣い無用で、欠点を指摘してもらえる人間にならなくてはと思っている。

 宝塚の娘役らしさを追求した反面、咲妃さんの台詞の言い回しや演技には、宝塚歌劇団独特の雰囲気は感じられない。実際に、宝塚在団中も現在も、「宝塚っぽくないね」と言われることが多いという。その理由を、彼女特有の頑固さゆえ、宝塚に染まりつつも生来の気質を失わなかったのだろうと自己分析している。

 彼女が下級生時代にその頑固さをずばっと指摘されたように、宝塚では、舞台を良くするために厳しいダメ出しをされるのは日常茶飯事だった。だが、卒業してからはそういった指摘やダメ出しをされる機会が減ってきているため、今はますます様々な言葉を真摯に受け止める強い覚悟を持っている。

 「俳優というお仕事は私の表現したいことであり、切実なことを言うと、自分自身を養うために必要なんです。精神的にも、現実的にも…」

 「そんなの、夢がなさ過ぎるかな!」と、咲妃さんは心配そうな表情で微笑んだ。

言葉にできない「答え」

 咲妃みゆさんにとって、宝塚とは何ですか?

 この質問に、彼女は黙って考え込んだ。たっぷり1分以上、深く思考した後、彼女は静かに目線を上げて言った。

 「ああー…この答えにこんなに迷うとは思ってなかったです。思いつく言葉はあるけど、それだけでは言い切れない」

 全速力で走り続けた在団中の日々が過ぎて、今はより冷静に宝塚歌劇を見つめられる。

 「宝塚が大好きだけど、でも、『第2の故郷です』って簡単に言えない気持ちもあります。なんでだろう」

 最後の質問の、答え。それは言葉にできない、咲妃さんの宝塚人生そのものだった。彼女が真実「宝塚を振り返る」ことが出来るのは、もっと先なのかもしれない。生きる力の全てを注いで心を燃やした咲妃さんの日々は、5年の歳月で消化できる重量ではないのだろう。それでも、宝塚を巣立った彼女が歩んできた5年間は咲妃さんの内面を深く広く充実させ、宝塚への感謝と情熱を再確認させてくれている。

 「離れれば離れるほど、思いが募る場所だなあ。宝塚…」

 そう呟いた咲妃さんは、突然、あ! と、声を上げた。

 「今、実感しました。私は、宝塚を卒業したんだって」

咲妃みゆ(さきひ・みゆ)
1991年生まれ。宮崎県児湯郡高鍋町出身。
俳優。元宝塚雪組トップ娘役。宝塚卒業後は舞台や映像、歌など幅広いジャンルで活躍している。
オフィシャルサイト https://sakihimiyu.com/
インスタグラム @miyusakihi

『私、元タカラジェンヌです。』は今回で最終回となります。ご愛読ありがとうございました。

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

早花まこ

元宝塚歌劇団娘役。2002年に入団し、2020年の退団まで雪組に所属した。劇団の機関誌「歌劇」のコーナー執筆を8年にわたって務め、鋭くも愛のある観察眼と豊かな文章表現でファンの人気を集めた。BookBangで「ザ・ブックレビュー 宝塚の本箱」を連載中。
note https://note.com/maco_sahana

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