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住職はシングルファザー!

2024年4月5日 住職はシングルファザー!

20. 息子、YouTuberデビューする

著者: 池口龍法

28歳で結婚。2児の父となったお寺の住職が、いろいろあって離婚。シングルファザーとしての生活が始まった。読経はお手のものだが、料理の腕はからっきし。お釈迦さまも、オネショの処理までは教えてくれない。かくして子育ての不安は募るばかり……。一体どうやって住職と父親を両立すればいいのか!? 「浄土系アイドル」「ドローン仏」などが話題の、京都・龍岸寺の住職によるシングルファザー奮闘記!

初めてのYouTube撮影

 そんな生活を1か月も続けているうちに、朝の勤行の時間が活気づいていった。

 特に成長に目を見張ったのが長男だった。離婚して早々の時期、就学前の長男を置いて出かけられず、檀家さんのおうちに一緒に連れて行っていたから、普段使いするお経はその頃すでに覚えていた。でも、小さな声でぼそぼそ唱える、あどけなく頼りない読経だった。小学3年生にもなると、はきはきと力強い声で唱えられるから、聴いていて心地よい読経に変わった。

 一緒に読経していたスタッフも、長男に魅かれるものを感じたようだった。ニヤッとした表情で「映像撮りましょう」と言ってきた。

 なるほど、丸坊主のお寺の子供が、一生懸命にお経を読んでいる姿は、抜群の癒し効果がある。素晴らしいおうち時間だときっと喜ばれるに違いない。

 不思議に思われるかもしれないが、カメラ、マイク、ライトなど、撮影に必要な機材はプロが仕事で使うレベルのものが、およそ揃っていた。住職にはオーバースペックであるに違いないのだが、お寺の魅力を正しく引き出せるよう準備しておこうと考えて、平素から少しずつ購入していたからである。

 そして、幸いなことに、スタッフは映像編集のスキルを持っていた。

 パズルのピースが揃った。

 コロナ禍のいまこそ、YouTubeチャンネルを開設すべきである。チャンネル名は「龍岸寺ナムナムTV」、長男のYouTube名は日頃家庭で呼ばれている名前をそのまま用いて「えんちゃん」、キャッチフレーズは「龍岸寺のマルコメ君」に決まった。

 一方の長男のほうは、突然の休校措置よりも衝撃の展開に驚くばかり。テレビCMで「マルコメ君」を見たことはなく、名前の由来もわからない。私とスタッフが意気投合して盛り上がっている様子に、戸惑うのみであった。

 本堂を舞台に行われた初めてのロケ。台本は大人たちが準備した。

 撮影するシーンは3つ。まずは冒頭のご挨拶と動画内容の説明。

 「こんにちは。龍岸寺のマルコメ君ことえんちゃんです」

 「僕はいま学校がないので、朝、お経を唱えています。今日は学校や仕事がないからスッキリしないなぁと思う人のために、朝のお経を伝えたいと思います」

 しかし、名前を言うだけでもカメラに向かうとドキドキしてしまう。何度も撮り直してようやく、爽やかな声が元気いっぱい響くようになった。

 次に、メインのお経。収録するのは、朝のおつとめで唱えている四誓偈(しせいげ)の一節。長さにしてわずか1分30秒ぐらいである。いつもなら経本など見ずともスラスラ唱えられるはずだが、カメラに向かってひとりで唱え、しかも私の真似をして木魚やおりんまでも鳴らさないといけないから、まったく勝手が違う。緊張のあまり詰まった回数は数知れず。ようやく収録し終えたときにはぐったりしていた。

 気力を振りしぼって最後にYouTube動画のエンディングに決まり文句の「高評価とチャンネル登録をお願いします」という締めの挨拶を収録し、ロケがすべて終了。

 数日後、「ぼくと一緒に唱えよう」という動画をYouTubeに公開し、私のSNSなどで紹介した。知り合いが「可愛い!」「一緒に唱えました」などと喜んでくれ、「龍岸寺ナムナムTV」にもチャンネル登録してくれた。

 えんちゃん本人は、これですっかり気をよくした。

 小学生の「なりたい職業ランキング」でYouTuberが1位になる時代だから、YouTubeはあこがれの世界。ロケ中こそ、やらされてる感が半端なかったが、どうやら内心ではYouTuberになれたことが嬉しくて仕方なかったらしい。毎日「チャンネル登録者数、何人になった?」と聞いてくる。「1人増えて90人になったよ。三桁が見えてきたね」などと教えてあげると、ニヤニヤが止まらない。

 YouTuberだと胸を張って言えるのは、チャンネル登録者数が1万人を超えたあたりだと考えるのは、あくまで大人の理屈。小学3年生の子供にとっては、チャンネル登録者数がわずか2桁でも、立派なYouTuber。1日に1人でも登録者数が増えたら、いつかはカリスマYouTuberになれると信じてやまないのであった。

親子そろって人気者に

 緊急事態宣言下のおうち時間のあいだを通じ、マルコメ君のロケは続いた。お坊さんらしく「写経」にチャレンジする様子も撮影した。

 私は確信していた。緊急事態宣言が解除になり学校が再開されたら、「YouTubeやってるから見てよ」と絶対友達に自慢するだろうと。久しぶりの登校前、「休校期間中になにやってたのって聞かれたらどう答えるの? YouTube撮影?」といたずらっぽく尋ねてみたら、たぶん恥じらいもあったのだろう、「どうしようかなぁ」と悩んでいる素振りを見せていたが、結果は予想通りであった。

 帰宅した長男に「言った?」と聞いたら、「仲のいい2、3人にだけこっそり言った」という。でも、「クラスメイトがYouTuberになっていた」ことは話題性たっぷりだったようで、あっという間にクラス中に知れわたった。毎日学校で一緒に過ごしているのに、家に帰ってからもわざわざYouTubeごしに顔を合わせる必要はないだろうと思うが、子供たちにとってYouTubeのなかは夢の世界であり、そこで友達が活動しているというのは羨ましいことであるらしい。

 YouTube には私も出演していたので、学校の友達たちは私にまで敬愛の眼差しを送ってくるようになった。道ですれ違えば、「えんちゃんのお父さんや。ナムナムTV見てます! チャンネル登録もしたで!」と声をかけてくる。うちに遊びに来るような親しい子なら、「僕もナムナムTV出たいです!」と志願してくることもあった。

 なかには「お経唱えてください」と頼み込んでくる変わったやつもいた。至近距離で子供に読経を懇願されるなんて初体験だし、読経することの意味が誤解されているようにも思ったが、ここは期待に応えてみようと「観自在菩薩…」と般若心経を唱えてあげた。すると「うわっ! 本物や!」と喜ばれるではないか。堅苦しいイメージを持たれがちなお坊さんだが、いったんYouTubeを経由することで百八十度変わるから不思議である。人間というのは、固定観念に振り回される生き物だというほかない。

 YouTubeを喜んでくれたのは、小学生だけではない。学校の先生も「お父さん、YouTube見てます」と言ってくれる。ご近所さんも「更新楽しみにしてます」と声をかけてくれる。

 檀家さんも、ご年配のご当主はYouTubeをご覧になられなくても、そのお子さんやお孫さん世代になると、お寺の情報を調べるときにYouTubeは欠かせない。そして、YouTubeが役に立つのは、意外にもお葬式の時である。

 田舎の実家に仏壇があることぐらい知っていても、宗派がどこか、菩提寺がどこかを知らない人は多い。普段は知らなくても問題ないが、お葬式に臨むときにはやはり気になる。

 「うちのお寺ってどこなんやろ?」「どんなお坊さんが来るんやろ?」と興味を抱き、まずはホームページを見て私のプロフィールをチェックする。YouTubeチャンネルの存在も知り、私がトークしている映像などを見ると親近感が湧く。

 葬儀会場でご遺族と話していると、「住職、YouTubeやってんねや。若いなぁ」と声かけてくる。「高評価とチャンネル登録よろしくお願いします」などと返す。他愛ないやりとりだが、お互いの距離感がグッと近くなる。

 離婚する前のあまり育児にかまってやれなかった時期、子供たちがYouTube漬けになっていたせいで、YouTubeには複雑な思いがあった。次から次へとおススメ動画をたどって中毒になるリスクは否定できないが、お寺の広報ツールとしては思いのほか使い勝手がいい。つくづくテクノロジーというのは、それ自体は善でも悪でもないのであって、要は使いようである。

 

*次回は、4月19日金曜日更新の予定です。

 

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

池口龍法

僧侶。浄土宗・龍岸寺住職。2児の父。1980年兵庫県生まれ。京都大学卒業後、浄土宗総本山知恩院に奉職。2009年、フリーマガジン「フリースタイルな僧侶たち」を創刊。2014年より現職。念仏フェス「超十夜祭」や浄土系アイドル「てら*ぱるむす」運営などに携わる。著書に『お寺に行こう!  坊主が選んだ「寺」の処方箋』が、共著に『ともに生きる仏教 お寺の社会活動最前線』がある。『スター坊主めくり 僧侶31人による仏教法語集』の監修もつとめる。Twitter: @senrenja

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