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堀部安嗣「建築の対岸から」

2024年5月16日 堀部安嗣「建築の対岸から」

田瀬理夫に聞く、良いデザインとは? 後編

著者: 堀部安嗣 , 田瀬理夫 

前編はこちら

ビーバー的建築、ビーバー的デザイン

堀部 最近ビーバーがマイブームなんです。

田瀬 え、ビーバー?

堀部 ビーバーって川に巣をつくるんですけれど、それが治水になり、川の浄化につながるんです。

田瀬 ああ、ダムをつくるんだよね。

堀部 自分たちを守るための利己的な土木行為が、同時に周囲の環境に良い影響を及ぼす利他的行為にもなっているのがすばらしいな、と。

田瀬 環境政策としてビーバーを増やしている地域もあるよね。おそらくビーバーの巣づくりというのは、ディテールがちゃんとしているんだろうね。だから誰がやってもいい仕事になるんだ。

堀部 そのダムも堅固なものではなく、スコールがきたら壊れるくらいの強度だから、修復も早いみたいですね。そういうビーバー的な人間の仕事というと、徳島の吉野川の第十堰が思い浮かびます。あの堰も何年かに一度の大雨のときは壊れてもいいようにつくられている。

田瀬 そのぐらいがいいよね。先日、東日本大震災で津波の被害を受けた陸前高田にいったのですが、巨大なコンクリートの防波堤がドーンと聳えていて、内側は盛り土でかさ上げされたところに建物がポツポツと建っていた。もともとあった自然に対する配慮がまったくない。およそビーバー的な建築から遠い、ひどいものでした。

堀部 防波堤で一つの命は守れるけれど、命と引き換えに魚を獲っていた漁師は、防波堤にさえぎられて波の様子が見えなくなってしまう。さきほど山岳葬の話でもしたように、土地や命というのは、所有しているものというより、借りているものだと考える方が健全だと思うけれど、防波堤があることで、自然との関わりを感じとることができなくなってしまうのではないでしょうか。

田瀬 それにかさ上げ地のせいで、地下水が遮断されて、山の水が海に行かなくなり、磯焼けが起き、もともと問題のあった東北の河川の生態系がますます分断されていっている。これは復興ではなくて、利権の復旧だと思いますね。

堀部 ビーバーの仕事の真逆ですよね。何が何でも自然素材でなくてはいけないということではまったくないんですが、コンクリートという材の持続性にも疑問が残ります。ローマ帝国は、コンクリートの維持管理にお金がかかり過ぎて、どんどん建物が劣化していったため崩壊したとも言われている。材としての完成度を考えると、木とか石とか土の方が圧倒的に優れているんですよね。でもいまは時代の変化が激しすぎて、そうした良い材、もしくは良いデザイン、たとえば瓦のようなものが生まれにくい状況にあると思う。

田瀬 設計事務所に行くとカタログがあるじゃない。あれがよくないなって思いますよ。

堀部 ええ、商品化されてしまうことの弊害も大きいと思います。いっときはもてはやされても、結局メーカーの所有物だから、突然廃番になってしまったり、新しいものに置き換わったりして、全然持続しないんですよね。

3つの良いデザインの条件

堀部 あらためて田瀬さんがお考えになる良いデザインの条件を教えていただけますか?

田瀬 良いデザインには、日常性、公共性(社会性)、地域性の3つが同時に備わっていることが必要だと思います。

堀部 iPhoneはいいデザインだと思うけれど、3つ目が欠けてますね。具体的にこの3つを備えた身近なものって何が挙げられますか?

田瀬 最近のものだと、ひとつは私も参加している「藝大ヘッジ:GEIDAI Hedge」が挙げられるかな。上野公園にある東京藝術大学は、美術学部と音楽学部があって、その間に都道が通っているんですが、それぞれの学部は高いフェンスで囲われていた。それをすべて取り払って、植物の大きな刈込に変えてゆこうと、藝大のデザイン科の先生が中心になって取り組んでいる。

堀部 いつ頃からやっているんですか?

田瀬 2016年ですから、もう8年目です。

堀部 実際に上野にゆけば、見ることができるんですね。

田瀬 ええ。武蔵野由来の落葉樹や常緑樹約30種の苗木を、学生やOBや地域の方々と一緒にワークショップ形式で植え込むんです。腐食した鉄の柵で境界をつくるより、その土地らしい植栽で覆って四季折々の楽しみがある方がいいでしょう。藝大の周囲の植え込みは大体終えて、これから国立科学博物館の方まで延びてゆくかもしれません。

堀部 おもしろいですね。ほかに何かありますか? 

田瀬 調布にある味の素スタジアムの「みどりの広場」かな。2012年にサブグラウンドの外側に5千平米ぐらいのナチュラリスティックガーデンをつくったんです。もともと植わっていた木は残し、野芝を張って、大きな木だけ移植して。で、そのみどりの広場の草取りをみんなでするんです。

堀部 それはプロジェクトということ?

田瀬 ええ、緑地管理の仕様をつくろうとしているんです。いま自治体は公園や緑地を管理するにあたり、草刈は年に何回、肥料は何回、殺虫剤は何回というふうに管理項目とボリュームに基づいて契約している。だから広い緑地は在来種も帰化種も関係なく、機械で一緒くたに草を刈られてしまう。でもみどりの広場ではこの草だけと決めて草を取る。これを〈選択除草〉というんです。

堀部 それは誰がやっているんですか?

田瀬 学生や建築関係者たちと始めましたが、最近は役所の人たちも関心を持って参加してくれる。年に4回ぐらいやっているんですが、そのときごとに広場の植生を見極め、はびこったら困る帰化植物1種類を決めて、ひたすら取ってゆく。それだけで景色が劇的に変わるんです。

堀部 たった数時間、1種類の草を取ることで、広場の自然環境がグンと良い方向に変化する。自然への信頼を育む体験になりますね。

田瀬 選択除草は、子どもでも専門家でもほとんどミスしないでできるんですよ。ただこの草を取ってというだけだから。でもその探して取る行為に楽しみがある。普通の草取りとはちょっと違う脳みそと身体の使い方をするものなのです。管理項目とボリュームで契約するのは、相手を信頼していないということですよね。でも「緑地をある適正な状態に保ってほしい」という発注の仕方であれば、人間同士の信頼関係も生まれ、技能や技術の蓄積にもつながる。

堀部 その仕組みこそがデザインだということですよね。

田瀬 選択除草は、スタンドの芝や周囲の植栽の管理を請け負っている富士植木に協力してもらって勉強会形式で始めたんです。施設全体の管理をやっている東京スタジアムは、はじめあまり興味を示さなかったんだけれど、どんどん変化するみどりの広場を目にして、これはすごいことだって気づき、最近は応援してくれるようになった。緑地管理もたいていは5年ぐらいで打ち切りになるところを、契約更新してずっと富士植木が請け負っているんですよ。管理費が安いからとか、効率がいいとか、そういうことでなくて、信頼や技能を蓄積して、持続してゆくことはとても大事だと思う。

堀部 さきほどおっしゃっていた、良いデザインの条件に持続性も加えることができそうですね。もしくは日常性がイコール持続性といえるのかもしれませんが。

田瀬 そうね。多くの優れたデザインといわれるものでも、日常性が不足しているものは多いですからね。みどりの広場の選択除草も、もう10年以上続いていて、どんどん在来種の野草が育ち、虫や鳥も来るようになって、生物の多様性も高まっていっています。

パッシブ・アーキテクチャーと
アクティブ・ランドスケープ

堀部 田瀬さんの仕事にあこがれるような、造園や建築を志す人たちにはどんな言葉をかけたいですか?

田瀬 現場仕事のかたわら、いくつかの大学で講師を務めましたが、いつも〈Passive Architecture & Active Landscape with Nature〉という題で講義をしてきました。ランドスケープというのは生物・有機物を含めた自然のことで、時間で、季節でつねに変わってゆくものだからアクティブですよね。いっぽう建築は、そうしたものを支えるために受け身でなくてはいけないと思う。どちらが先とかそういうことではなく、その2つはセットで並走してゆくべきものだと思っていて、with Natureというのは、それぞれの地域の自然に寄り添ってということですね。

堀部 前に田瀬さんがおっしゃっていたのは、ランドスケープデザインは、年を取れば取るほど楽しくなる仕事ということ。

田瀬 それは大学の通信教育の受講生が言っていたんです。IT系で働いていた50代の方だったんですけれど。これからも続けられる仕事というのを調べていたら、ランドスケープデザインがいいんじゃないかって。でも実際そう思います。長く続けられる、楽しい仕事なんです。

堀部 ブルシット・ジョブ(社会に影響をもたらさず、働いている当人もそう感じている「どうでもいい仕事」の意。英国の人類学者デヴィッド・グレーバーが2018年に刊行した著書のタイトル。)の反対ですね。あとランドスケープデザインや建築の仕事って、ある地域を深く知ることができるのがいい。

田瀬 堀部さんは特にそういうのが好きだよね。

堀部 田瀬さんもそうでしょう。ある地域で仕事をすると、人との関りも多いし、そこが第2、第3の故郷になる。そういう仕事ってなかなかないと思うんですよ。

田瀬 それはそうですね。アクロス福岡(1995年竣工)という片側斜面が空中庭園になっている緑化ビルに関わったときに、そこを設計したエミリオ・アンバースという建築家が、「人為の砂漠の番人になるか、永遠不滅の何かをつくる魔術師になるのか」ということを言っていました。つまり、建築家は自分がつくったものが失われても、その次にまた始まるような永遠不滅のものを目指さなくてはいけないということですね。

堀部 田瀬さんと仕事をするとその時間軸というか、長期的視点にいつも驚かされる。ああ、案外自分は市場の原理でうごいているなあって気づかされます。「建築家は神に代わって風景をつくることを許された唯一の人」というギリシア時代の言葉があるように、そういう覚悟が必要だということですよね。ただ魔術師というのはちょっと。

田瀬 たしかにもう少しいい言葉がありそうですね。あ、ビーバーがいいんじゃないの。

堀部 〈永遠不滅のビーバー〉ならいいですね(笑)。

(おわり)

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

堀部安嗣

建築家、京都芸術大学大学院教授、放送大学教授。1967年、神奈川県横浜市生まれ。筑波大学芸術専門学群環境デザインコース卒業。益子アトリエにて益子義弘に師事した後、1994年、堀部安嗣建築設計事務所を設立。2002年、〈牛久のギャラリー〉で吉岡賞を受賞。2016年、〈竹林寺納骨堂〉で日本建築学会賞(作品)を受賞。2021年、「立ち去りがたい建築」として2020毎日デザイン賞受賞。主な著書に、『堀部安嗣の建築 form and imagination』(TOTO出版)、『堀部安嗣作品集 1994-2014 全建築と設計図集』『堀部安嗣作品集Ⅱ 2012–2019 全建築と設計図集』(平凡社)、『建築を気持ちで考える』(TOTO出版)、『住まいの基本を考える』、共著に『書庫を建てる 1万冊の本を収める狭小住宅プロジェクト』(ともに新潮社)など。

田瀬理夫 

造園家、ランドスケープデザイナー。1949年、東京都生まれ。千葉大学園芸学部卒業。株式会社富士植木勤務を経て、1977年に独立、株式会社ワークショップ・プランタゴを開設。公共施設のランドスケープデザインから、個人宅の造園までを手がける。おもな仕事に国営沖縄海洋博記念公園熱帯ドリームセンター(1979年)、藤が丘タウンハウス(1979年)、ゆりが丘ヴィレッジ(1986年)、板橋区立熱帯環境植物館(1994年)、アクロス福岡(1995年)、クイーンズメドウ・カントリーハウス馬付住宅プロジェクト(2000年~)、赤坂ガーデンシティ(2006年)など。


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