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堀部安嗣「建築の対岸から」

2024年3月28日 堀部安嗣「建築の対岸から」

野池政宏に聞く、住まいの省エネとは? 後編

著者: 堀部安嗣 , 野池政宏

前編はこちらから

AIと省エネ住宅

堀部 野池さんは省エネ住宅の方法論についてはかなり確信を得ていると思うのですが、そうした間違いのないエコハウスをつくるための方法論にはAIなども含まれてゆきますか? たとえば自動で温熱や風量などのデータを測定して、日射が強くなったら自動でブラインドを閉じたり、エアコンを制御したり…。

野池 ええ、あり得ますね。ただ、これは原則AIにやらせる、これはやらせない、という仕分けをしたほうがよいと思っています。具体的に言うと日射のコントロールやエアコンの調整など直接身体の快・不快につながるものは人がやるべきです。そうすれば個人差の問題も少なくなるし、事実、自分で動いて快適性を獲得したほうが、機械の自動制御で得られた快適性よりも快適のレベルが高くなることがわかっています。日本人はこれまで四季折々に合わせ暮らし方を工夫してやってきたので、そういう部分は忘れてはいけないと思うんです。

堀部 月に1回ぐらいおにぎりとかハンバーガーを食べたくなるんです。たぶん直接手に持って頬張りたくなるんでしょうね。こういう直接的な触れ合いを欲するのって、人間のDNAに組み込まれた本能のようなものではないかと思う。最近の設計では、さきほど話した高気密高断熱を基本としながらも、一部に断熱性能を敢えて下げたスペース、自然と直接触れられる半戸外のような空間を設けたりしています。そこでは家にいながらもより原初的な身体感覚を取り戻せるし、建築も構造をそのままに見せた、より原初的で美しい姿にすることができるんです。これは科学技術の力によって高気密高断熱の家が実現できたからこその応用ともいえるのですが。

原子力発電は省エネか?

野池 人の本能みたいなものをきちんと見て、それを直感だけではなく科学でもとらえてより良い答えを導くという姿勢が重要なんだと思います。でもいま一般的に、科学や科学技術への信頼度ってどの程度あるんでしょうかね。

堀部 どうでしょう。私は野池さんとご一緒して、科学への信頼度がグンと上がったのですが。たとえばエネルギー資源に関して、原子力発電についてはどう考えればよいですか? 再生資源だからエコロジーだという人もいるようですが。

野池 原発については事故が起きたときのリスクが大きすぎるので、省エネだとか、クリーンエネルギーだとかいった利点も意味をなさないと思います。福島原発事故でもわかるように、戦争に近いような、地域のすべてをダメにしてしまう存在ですので。そもそも〈1985アクション〉の運動も、東日本大震災と福島原発事故がきっかけで始まったんです。生活をどう変えてゆけば原発がなくても豊かに暮らせるのかを考えて、いろいろ調べたところ、2011年当時は電力の3割程度を原発が担っていましたが、1985年当時の電力消費量に戻せば、その3割が数値的には不要となる、つまり原子力発電がなくても大丈夫な状況になるとわかったんです。もちろん当時も原発は稼働していましたが。それに脱原発のためだけでなく、温暖化の問題やエネルギー安全保障など日本が抱えている問題を解決するためにも、省エネルギーの運動によりギアを入れてゆかなくてはと思ったのです。

堀部 あと100年ぐらいで人類が滅亡してしまうなら、やけくそで原発を使ってもよいかもしれませんが、200年以上の長期的視点で考えたらやはり原発は使わない方がよいということですよね。

野池 そうですね。ただ突然やめることは不可能でしょうから、期限を決めて、ここまでにこれだけ減らそうという目標を立て、そのために何が必要か議論して、計画を立てて、実践するというのが正しいアプローチでしょう。そう考えたときに、今年(2023年)脱原発を実現させたドイツの実践性の高さには目覚ましいものがあります。一方で日本はうやむやに進んでいるのがとても悔しい。

堀部 エネルギー問題への取り組み方ともどもドイツはすごいですよね。当然建築の性能向上に関しても非常に厳格に取り組んでいる。だから温熱環境を考慮しない建築家はドイツでは犯罪者のような評価ですよ。その点日本では震災や原発事故などを経ても、この20年間省エネや脱原発を実現するための法整備はあまり進みませんでした。同じ世界大戦の敗者なのに、戦後ずいぶん差が開いてしまいました。ドイツのようなトップダウン方式は難しいかもしれませんが、日本なりの取り組みの方法を模索しなくてはならないと思います。

ライフサイクルコストの視点

堀部 これまでのお話は家庭の中でのエネルギー消費をいかに抑えるかということだったかと思いますが、それ以外でも無駄はたくさんありますよね。たとえば私は自動販売機やコンビニが多すぎるのではないかと思っている。あんなにたくさんあちこちに設置する必要ありますかね?

野池 いいポイントをつきますね。野ざらしで、冷やしたり温めたりしてたら、相当なエネルギー消費量だと思いますよ。コンビニだって建物の断熱をもっとできるはず。さきほどエネルギー消費量を4部門にわけてみると言いましたが、そのうち一番遅れているといわれているのが、業務部門です。

堀部 商売と結びついていますからね。たとえばリニアモーターカーや新幹線もCO2の排出が少ない乗り物と言うけれど、橋梁を建て、トンネルを掘り、街を開発して、トータルでいうと飛行機の方が排出量は少ないのではないでしょうか。数年で乗り捨てられるハイブリッドカーや電気自動車などのエコカーと何十年も使用された空冷式のポルシェではどちらが熱効率が良いのでしょうか? 空冷式のポルシェはスクラップにならず、いまだ高値で売買されています。

野池 経年で見てみないとわからないですね。建物の設計から竣工、維持・保全、解体までトータルでかかる費用を〈ライフサイクルコスト〉と言いますが、エネルギー消費量についてもそうした視点が必要でしょう。

堀部 こうした事業には既得権益者の思惑も絡んできますからね。私は公共建築の賞の審査員を務めることがあるのですが、そこでも皆免罪符のように省エネにいかに配慮しているかをアピールしてくる。しかしそれ以前に「この建築、本当に必要か?」「この大きさは必要か?」というツッコミを入れたくなってしまう。まるでカロリーが低いからといって大量に食べている人のよう。組織にいるとこうした本質的な疑問を抱けなくなってしまうのではないか。詭弁を重ねて建築も制度化させようという動きはいまむしろ加速化しているのではと思う。でも自然を破壊しないとか、温暖化をこれ以上進めないとか、最終的な目標は生物として本能的にわかっているはずですよね。

野池 そのはずなんだけれど、止められないんでしょうね。「もうええやん」と「もっとやろう」をメリハリ利かせられればいいのですが。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)は、CO2排出量削減対策について、どのぐらい、どこに投資して、どの程度のメリットとデメリットがあるかをかなり詳しく試算をしているんです。そうした情報にもっと皆が眼を向けてほしい。既存建築物の省エネ化と、エコカーの使用と、どちらがよりCO2の排出削減をできるかもそのデータをみれば、一目瞭然。建築物の省エネ化の方が圧倒的に効果的なんです。

建築家にのぞむこと

堀部 野池さんは20年ぐらい前から工務店や建築家向けに指導をしていらっしゃいますが、そうして少し距離のあるところから建築という世界をご覧になったときに感じるのはどういうことですか? 良いところでも悪いところでも。

野池 はじめに悪い点で申し訳ないですが、教育の問題を感じますね。日本の大学や専門学校の建築教育は、いかにかっこいい家や建物をつくるかがゴールで、それ以外のこと、私がやっているような住まいの温熱環境のことなんてほとんど教えないんです。たまに建築学科の学生に講義するとすごく面白がってくれて、つまり全然知らなかったという(笑)。環境系や構造系の研究室に行くのは、建築学科のなかでも、どちらかといえば落ちこぼれの人たちだなんて話も聞いて、本当にびっくりしました。

堀部 つまり建築学科で評価される人は、いかに科学的新知見を無視して、見たことのないような建築、あり得ないような建築を表現する人だということですよね。

野池 そのようですね。私はすべての建築物が心地よく、健康的に暮らせる温熱環境であるべきだと思うし、さらに省エネを実現するものであってほしい。これは建築の原理原則だと思うのですが。

堀部 ええ、そのとおりだと思います。私が省エネ住宅に取り組んでいることを知った人からよく、堀部は意匠の人じゃなかったのか、と言われるんです。でも障子も瓦も畳もみな性能が高いから、長く使われ、生き続け、結果意匠になったんですよね。縁側だって別に情緒のための場所ではなくて、性能あってこその場所だったんです。〈性能〉とかいうと建築の世界ではまだ色眼鏡で見られがちですが、それもおかしな話で、本来良い建築や住まいの歴史には、その時々で、真摯に性能の向上につとめた結果が刻み込まれているものなのです。だから最近私は堂々と〈性能の人です〉と言うようにしている。

野池 そうですよね。建築の本来的なおもしろさというのはさまざまな分野の知見を集約した総合実学である点にあると思う。科学的な新知見も、すぐに取り入れて、実体化できるんです。もちろんその科学というのはかなりややこしいものでもあるので、付き合い方の第一歩として、評論家でも研究者でもいいけれど、誰か一人、科学の主治医ともいうべき信頼できそうな人を見つけることが大事だと思います。

堀部 そういう意味で私にとって野池さんは主治医です。本当に信頼できる人を見つけるとそこからまた知識と人脈も拡がってゆきますからね。

野池 ええ、自分でできることや、判断できることなんて本当に僅かですからね。ただそのチョイスや人選にその人の生き方や人柄みたいなものが出てくるのでそこはおもしろい。

堀部 これからは縦割りではなく、横の繋がりをもたなければなりませんね。

野池 そう、主治医なんて要らない、私は独学です、なんて言っている建築家は信用できませんね。

堀部 ええ、だからいろんな主治医を知らないといけないと思って、こうやって連載をしているんです。

(おわり)

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

堀部安嗣

建築家、京都芸術大学大学院教授、放送大学教授。1967年、神奈川県横浜市生まれ。筑波大学芸術専門学群環境デザインコース卒業。益子アトリエにて益子義弘に師事した後、1994年、堀部安嗣建築設計事務所を設立。2002年、〈牛久のギャラリー〉で吉岡賞を受賞。2016年、〈竹林寺納骨堂〉で日本建築学会賞(作品)を受賞。2021年、「立ち去りがたい建築」として2020毎日デザイン賞受賞。主な著書に、『堀部安嗣の建築 form and imagination』(TOTO出版)、『堀部安嗣作品集 1994-2014 全建築と設計図集』『堀部安嗣作品集Ⅱ 2012–2019 全建築と設計図集』(平凡社)、『建築を気持ちで考える』(TOTO出版)、『住まいの基本を考える』、共著に『書庫を建てる 1万冊の本を収める狭小住宅プロジェクト』(ともに新潮社)など。

野池政宏

住まいと環境社代表。株式会社暮らしエネルギー研究所代表取締役。Forward to 1985 energy life発起人。1960年、三重県生れ。岡山大学理学部物理学科卒業。高校の物理教員を経て、「住まいと環境」のテーマに取り組む。温熱・省エネ・パッシブデザインに関する講演や講義、工務店・メーカーへのコンサルティング、執筆活動や各種媒体への情報提供を行っている。著書に『小さなエネルギーで豊かに暮らせる住まいをつくる』(学芸出版社)、共著に『本当にすごいエコ住宅をつくる方法』(エクスナレッジ)など。
https://www.sumaitokankyosha.com/


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