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堀部安嗣「建築の対岸から」

2023年4月5日 堀部安嗣「建築の対岸から」

序文 もう建築はいらない?

著者: 堀部安嗣

数々の住宅や公共施設を手がけてきた建築家・堀部安嗣さんが、「つくることありき」の建築の世界を抜け出て、文学、医療、経済、政治……など、建築外のジャンルの人々に、「いま、なぜ建てるのか?」という根源的な問いをぶつけます。より有機的な、持続可能な建築や住まいのあり方を探るヒントがここに――!

 私は二つの環境に興味をもち建築を設計してきました。一つは〈建築を包み込む〉環境で、これを〈大きな環境〉と呼ぶことにします。そしてもう一つは〈建築に包まれる〉環境で、これを〈小さな環境〉と呼ぶことにしましょう。気候風土といった自然環境に、経済、法律、流通、治安、価値観といった人為的な環境が複雑に絡み合って大きな環境を形成し、建築をすっぽり包み込んできます。この環境は決して私一人の力で制御することはできません。しかしこの大きな環境の実体と現実を正確に知ることで、より良い小さな環境をつくり出すことができるのです。例えば大きな環境、すなわち気候風土が寒く厳しい場所でも、その気候風土をよく理解すれば、建築の力で、暖かく穏やかな小さな環境に変換することができます。しかしその過程で自然環境に悪影響を与えたり、多大なエネルギーを消費してしまってはならないことは言うまでもありません。大きな環境を人の居場所に相応しい小さな環境に無駄なく無理なく変換させることが私の大きな関心事であり、そのような意識を持って住宅、寺社、宿泊施設、店舗、公共建築などをおよそ30年にわたって設計してきました。

 さて、建築の設計図はどこか未来予想図を描くことと似ていると考えてきました。何もない更地に建てたらその土地や地域や景観はどうなるのか。建主が歳をとったとき、家族が増えたとき、病気になったときこの間取りで大丈夫だろうか。10年後は建主も自分もこの建築に飽きていないだろうか。そんな未来の予想を立てながら設計図を描くからです。

 しかしどんなに頭の良い建築家や設計者でさえも未来を正確に予想したり描いたりすることは決してできません。歴史を振り返ってみると理想の設計図通りに建築が使われ続け、建ち続けることはきわめて稀であるとわかります。

 戦後から現在にいたる日本を振り返れば、未来予想図を高らかに示し先進的と言われた建築は驚くほど早く衰退し、あっという間に取り壊されてきました。綿密に計画され、あんなに栄え賑わったニュータウンもわずか数十年でゴーストタウン化しました。そしてスクラップ&ビルドを繰り返すと多大なエネルギーとお金を浪費し自然を破壊することを知りました。熾烈な価格競争に巻き込まれると、こんなにも建築をつくる人の精神がすり減るのかと実感しました。職人の数もめっきり減り、また資材の入手もままならなくなり脆弱な供給体制が露呈しました。人にも国にも時代にも調子の波が当然あるものです。

 では調子が悪く希望を見出しにくいとき、人であれば何を考え何をするでしょう。まず、不調の原因を探ることからはじめるのではないでしょうか。食生活や睡眠や運動といった生活習慣に問題があったのかなど、過去を見つめ直すことで心身の正確な〈現実〉を知ることをします。現実を否認してカンフル剤を打ち続けても改善策や治療方法が見つかるわけがありません。

 そう考えると、現在の日本の建築の惨状について、「時代のスピードが速すぎた」というのは言い訳であって、もし建てる前にもっと過去を見つめ反省し、そして人の心身やそれを取り囲む大きな環境を冷静に捉えていればここまでには至らなかったと思います。過去や歴史を軽視し、未来の設計図の無謬性を信じた時代はすなわち〈人を正確に知ることをしなかった時代〉と言い換えられるのではないでしょうか。

 これからの建築の設計とは予測できない未来を描くのではなく、過去の反省や行動の記録として、または過去から学んだことを記すため、あるいは人を正確に知るために描くことが大切になってくるのかもしれません。もしかしたらそのような姿勢で設計する方がより持続する建築が生まれ、暖かく穏やかな人の居場所が生まれる可能性を感じるのです。そして過去や現実を見つめるまなざしの〈質〉が高ければ、その先に新しいデザインが自動的に生まれてくるのです。建築は本来、人々の〈より良い環境〉のために必要とされ、つくられてきました。しかしいま、より良い環境のために建築はつくらないほうがいいという選択も現実的に考えられる時代になってきました。なぜ建築が必要なのか、なぜ建築を新しく建てなければならないのか、そんな原初的な問いを設計に重ね合わせなければなりません。もう浪費できるエネルギーもお金も材料も底をついたのです。

 さて、〈建築島〉という建築をつくることが大好きな人たちが集まってくる島があるとします。そこでは建築をつくるための技術や文化が高いレベルで醸成しました。島外にも建築島でつくられたものが高く評価されました。そんな表面上の光の部分が強調される一方、島は幾多の問題を抱えるようになりました。次第に島の人口も減ってゆき新しい島民も入って来なくなりました。どうも島の調子がよくないのが現実のようです。しかし声の大きい島民は現実を否認して栄光の部分のみを見つめ強調します。そしてさらにより大きなものをこれからもまだまだつくれるはずだ、と島民を鼓舞します。狭い島内で声の大きい人に身近に接していると知らず知らずのうちにそうした考えに染まってしまいます。そんな状況から最近は島を出て対岸から島を眺める時間が増えました。建築島を包み込む環境、すなわち大きな環境の実体が島に居ては正確に捉えることができなくなったのです。小さな環境の〈質〉は大きな環境の把握と理解に深く関わっています。小さな環境をしっかりつくるためにも対岸から、例えるなら島の上に横たわる雲の姿と動きを眺めることが必要になってきたのです。

 そして今回、自分だけでなく他の分野で活躍し信頼できる同伴者と共に、さらに広くその景色を眺めてみたいと思うようになりました。その同伴者は過去や歴史を真摯に知ろうとし、現実を正確に知ろうとしています。さらにはより深く〈人〉を知ろうとしています。ゆえに分野を超えた様々な共通点や気付きが生まれるはずです。考えてみれば建築に関係しない分野などありません。芸術も社会学も経済学も政治学も科学も医学も歴史も全て建築に深く関係し、大きな環境を形成しています。このことを改めて認識し、重責を感じながらもいくつもの分野を横断しながら建築を、そして人を深く知りたいと思っています。

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

堀部安嗣

建築家、京都芸術大学大学院教授、放送大学教授。1967年、神奈川県横浜市生まれ。筑波大学芸術専門学群環境デザインコース卒業。益子アトリエにて益子義弘に師事した後、1994年、堀部安嗣建築設計事務所を設立。2002年、〈牛久のギャラリー〉で吉岡賞を受賞。2016年、〈竹林寺納骨堂〉で日本建築学会賞(作品)を受賞。2021年、「立ち去りがたい建築」として2020毎日デザイン賞受賞。主な著書に、『堀部安嗣の建築 form and imagination』(TOTO出版)、『堀部安嗣作品集 1994-2014 全建築と設計図集』(平凡社)、『建築を気持ちで考える』(TOTO出版)、『住まいの基本を考える』、共著に『書庫を建てる 1万冊の本を収める狭小住宅プロジェクト』(ともに新潮社)など。


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