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料理は基準

2024年9月13日 料理は基準

第3回 ぬか床の手入れ(7月13日筆)

著者: 土井善晴

『一汁一菜でよいという提案』がベストセラーになり、「一汁一菜」を実践する人が増えてきました。土井先生の毎日の実践を、旬の食材やその日の思考そのままに、ぎゅっと凝縮するかたちで読みたい! というたくさんの声を背景に、土井先生に、日々の料理探求を綴っていただきます。四季折々にある料理の「基準」とはなにか、ぜひ味わって、そして、自分なりの料理に挑戦してみてください。

(写真提供:土井善晴)

 夏の間、毎日食べるものといえば、ぬか漬けだ。炊き立ての白いご飯があれば、これだけで十分に満足する。飽きないのは自然物(しぜんぶつ)だから。ぬか床の微生物が造るおいしさにある。うつろう自然の景色や花を見て、もう見飽きることはないのと同じ。一生つき合う食べものは発酵食品、ワイン・チーズ・パン・味噌・漬けもの・納豆か。

 ぬか床の材料は米ぬかと塩水で、夏の野菜を入れることで塩の中でもいられる菌が生き残る。そうした菌には、乳酸菌、酪酸菌が知られるが、きっと、もっとたくさん、健康な腸内細菌のように何百種類、何十兆という菌が、複雑な微生物の世界を作っている。漬けものの風味は、それぞれぬか床によって異なる未知の世界だ。

 ぬか床は一日に1度、手を入れて、底から混ぜて、適度に空気を入れ、環境を整える。あとは、樽の周りについたぬかを拭き取り、始末をつけて清潔を保つ。これを毎日するのが難しい。

 野菜は塩揉みして(茄子はさらに明礬(みょうばん)をまぶし)、ぬか床に入れ、昔のように皮の薄い胡瓜なら4〜5時間、皮の薄い茄子なら7〜8時間。今頃の野菜は前日に漬ける。

 これで良しと思うときを基準にして、ぬか床の塩加減や固さを維持する。ぬかを食べて確かめ、ぬかを足したり、塩を足したり、水分が重くなれば、重しを効かして水分を抜く。ぬか床の変化に対応し、管理できれば料理人としても一人前だろう。

 生き物を世話する楽しみは、人間の気持ちにちゃんと応えてくれること。人間とぬか床の気持ちがつながれば、まるで、ペットといるような愛情を感じられる。

 

*次回(第4・5回)は、9月20日金曜日配信の予定です。

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 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

土井善晴

1957(昭和32)年、大阪生れ。芦屋大学教育学部卒。スイス、フランス、大阪で料理を修業し、土井勝料理学校講師を経て1992(平成4)年、「おいしいもの研究所」を設立。十文字学園女子大学特別招聘教授、甲子園大学客員教授、東京大学先端科学技術研究センター客員研究員などを務め、「きょうの料理」(NHK)などに出演する。著書に『一汁一菜でよいという提案』(新潮文庫)、『一汁一菜でよいと至るまで』(新潮新書)、『くらしのための料理学』(NHK出版)、『味つけはせんでええんです』(ミシマ社)、『お味噌知る』(土井光さんとの共著、世界文化社)など多数。


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