第18回 鰯(11月2日筆)
著者: 土井善晴
『一汁一菜でよいという提案』がベストセラーになり、「一汁一菜」を実践する人が増えてきました。土井先生の毎日の実践を、旬の食材やその日の思考そのままに、ぎゅっと凝縮するかたちで読みたい! というたくさんの声を背景に、土井先生に、日々の料理探求を綴っていただきます。四季折々にある料理の「基準」とはなにか、ぜひ味わって、そして、自分なりの料理に挑戦してみてください。
鰯を塩焼きにして大根おろしで食べる。鰯の腸は何度か食べてみたが、頭を落として腹を切り、内臓を除いた方が食べやすい。よく焼いた丸干しは腸もろとも頭からがぶり。庶民が青背の魚によく親しむのは、値が安いだけでなく、栄養があるからだけでなく、下ごしらえがしやすいから。
手の平に乗るくらいが中羽、その半分の指先くらいが小鰯。身が柔らかいから、手で頭をちぎり、腹を指で割ってかき出し、洗って、笊で水切り。さて、これを生姜で煮るか、手開きして酢にするか。
慣れてしまえば、これくらいあっという間のことで、今ではうちも二人だから支度は早い。昔のような、専業主婦が大家族のためにする料理支度はもはやプロの仕事の領域だと、今、書きながら思った。
生姜ひと塊りを千切りにして、その半分をアルミの雪平鍋に敷いて、鰯を並べる。酒を少しと水をヒタヒタに入れ、残りの生姜をかぶせて、砂糖、みりん、醤油で濃いめに味付ける。生姜は臭みをなくし、みりんは煮崩れを防ぐ。鮮度さえ良ければ問題なし。強火にかけ、煮立てば落とし蓋をして、煮汁が1/3くらいまで煮る「鰯の生姜煮」。
衣に醤油を垂らして、手開きした鰯を天ぷらにし、ウスターソースで食べる。時々食べたくなるのが、この鰯のおかずだ。
東京の市場に小鰯の姿はなく、大羽鰯ばかりで1尾200グラム超えのものもある。「魚へんに弱い」と書くほど鰯は鮮度が落ちやすく、店舗に並ぶ頃には鱗もついていない。それでもきれいな中羽か小鰯を見つけたら食べたくなる。
青背の鰯は、鮮度が悪いと生臭い。身体も喜ばないので食べない方が良いと思う。
*次回は、12月13日金曜日配信の予定です。
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土井善晴
1957(昭和32)年、大阪生れ。芦屋大学教育学部卒。スイス、フランス、大阪で料理を修業し、土井勝料理学校講師を経て1992(平成4)年、「おいしいもの研究所」を設立。十文字学園女子大学特別招聘教授、甲子園大学客員教授、東京大学先端科学技術研究センター客員研究員などを務め、「きょうの料理」(NHK)などに出演する。著書に『一汁一菜でよいという提案』(新潮文庫)、『一汁一菜でよいと至るまで』(新潮新書)、『くらしのための料理学』(NHK出版)、『味つけはせんでええんです』(ミシマ社)、『お味噌知る』(土井光さんとの共著、世界文化社)など多数。
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とは
はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。
「考える人」編集長
金寿煥
著者プロフィール
- 土井善晴
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1957(昭和32)年、大阪生れ。芦屋大学教育学部卒。スイス、フランス、大阪で料理を修業し、土井勝料理学校講師を経て1992(平成4)年、「おいしいもの研究所」を設立。十文字学園女子大学特別招聘教授、甲子園大学客員教授、東京大学先端科学技術研究センター客員研究員などを務め、「きょうの料理」(NHK)などに出演する。著書に『一汁一菜でよいという提案』(新潮文庫)、『一汁一菜でよいと至るまで』(新潮新書)、『くらしのための料理学』(NHK出版)、『味つけはせんでええんです』(ミシマ社)、『お味噌知る』(土井光さんとの共著、世界文化社)など多数。
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